7.句馬という男
白ヤギさんと黒ウサギさんと





あれ、ヤマキさんは?
ああそう。帰った。

まあ、ここから先はヤマキさん門外漢だしね。

全く、人形が見たいがためによくやる。
結局のところ彼が一番イカれてるんじゃないかって偶に思うよ。
一歩間違えたら黒ウサギさんの格好の餌だったろうなあ。

うん。掃除も終わった所だし。

さてマサグチ君。
君、本当に運が悪かったね。
よく分からないかい?
でも、もう君は何も出来ないだろうし、そのまま聞いてくれ。
なぁに僕の独白のようなものさ。
だから分からなくてもいいんだ。
どうせ君はもう、何も出来ないんだから。

何から話そうかな。
こう見えて僕は結構饒舌だったりするものだから、折角だから色々と君に教えてあげたいんだ。

分からなくてもいいよ。

ああすまない。いい加減しつこかったかな?
まあ、いいか。
どうせ君はもう、何も出来ないんだら。

そうだね。実は僕、超能力者なんだ。
おいおい笑うなよ。言ってるコッチが恥ずかしいじゃないか。

なんだろね。物心ついた時から、物に込められた想いみたいなのが、なんとなく視える。
調子がいい時は人間の気持ちだって視える時がある。
あっ、勘違いしないでくれ。
今の君の心が解るのは、別に僕の調子がいいからじゃないぞ?

なんだろねえ。
能力は違えどスズコちゃんの白ヤギや黒ウサギと似たようなものなんじゃないかって、最近は思ってる。
僕の場合は何だろう?コウモリあたりかな。それっぽいだろ?

コウモリは物の想いを何でも視せるし、声だってする。
キーキーとキーキーと!芸術品なんか、特に顕著だね。あれらは煩すぎる。悲しい事だ。
僕は静寂の中で芸術を愛でていたいのに、声がいつだって邪魔をする。

そこで、ある時出会った殻屋ゲンマの作品!
打ち震えたよ。作品からの声がとてもとても小さい。
そんなの初めてだった。

だから考えた。
僕にも作れないかって。
もっと、もっと完璧な、声も想いも視えない、純粋な作品を!

いろいろと試したけどね。殻屋ゲンマもこの方法で彫刻作ってたんだろうなって思うよ。

ほら手鏡見るかい?
外の置物にそっくりだろう?
あ、見えない?
そうだね。確かに置物に目なんてないや。これは失礼。

黒ウサギさんも酷いものだ。
左眼の白ヤギは文字を、右眼の黒ウサギは人間を食べるって言いながら、
結局は一番美味しい魂しか食べちゃいない。グルメなものだ。

だからね。人間ってのは魂があるから人間たり得ている。
魂が滅べば肉体も滅ぶ。逆もまたしかり。
ただ、魂だけを強引に食べられちゃったりしたもんなら、
肉体のほうはビックリして滅ぶどころじゃない。
あたふたしてる内に人間じゃないカタチになって固まってしまう。
そうそう。今の君の状態がそれだ。

へえ。魂がないならこの自分は何なのか?
いい質問だね。声が小さいから危うく聞き逃す所だったよ。
君は、いわば魂にこびりついた意識?
ほら、さ、フィルムとかの原理で焼け付いた…あれ、何て言うんだっけかな。語彙が乏しくて申し訳ない。
全く、何のために本を読んでるんだか、笑っちゃうね。
いわば君は魂が抜け落ちた後の搾りかすみたいなものさ。

順を追って説明しようか?
まず、スズコちゃんはね。本が好きで好きで、だから食べたくなっちゃって白ヤギさんを作った。
だけど最初に食べたのがあんまり美味しかったのがいけなかった。
それからどんな本を食べても心から満足できない。

小説ってのは、自分の中の『おもしろい』を、いかに文章に書き起こすかってことだよ。
その技術に差はあれど、本来の『おもしろい』は誰もそう変わらないんじゃないかって僕は思ってる。

きっとスズコちゃんも同じ考えだったんだろうね。
黒ウサギを作って次は人間を食べようとした。

でも、流石に人間を食べちゃあ大事だ。
だからお祖父さんは、死して尚。お腹をすかせた可愛い孫のために御飯を用意するようになった。
それが君だ。

あ、うんうん。いい勘してる。
マサグチ君、君が見てたあの彫像こそゲンマ氏の遺作にしてゲンマ氏の成れの果てだ。
殻屋ゲンマの魂の搾りかすが、それでも孫のためにって訳。泣かせるよね。
やってる事は言うなれば寄生バチかな?もはや動物でもないね。

あの像に魅入られたら、どんどん存在を削られる。そいつが社会から居なくなっても誰も気にしないくらい、ガッリガリに削られる。
孫贔屓の爺さんは怖いもんだ。
僕も危うく魅入られそうになった事があるし、そのせいで高校までの友人みんな僕のこと忘れてしまっているよ。

この前なんて傑作でさ。餌が存在を削られすぎて、僕らまで餌の存在を忘れちゃってさあ。
もう黒ウサギさんが怒ってなだめるのが大変大変。
像に近い僕らにまで忘れられたらもうオシマイだ。存在を維持できない。
爺さん張り切りすぎだっての。
君を忘れる前に黒ウサギさんに差し出せて良かった良かっためでたしめでたしってね。


…おっと、長話が過ぎたかな。明日も仕事だし、そろそろお別れだマサグチ君。


何を言ってるんだい?
最初のあたりでちゃんと教えた筈だよ。僕は純粋な作品を作りたいって。

君の意識が少しでも残っていたら、目障りだから。最後の一欠片まで食べ尽くしてしまわないといけない。
ヤマキさんもその辺り敏感だからね。ちゃんと仕上げないと彼にも失礼だ。

心配しなくていい。どうせ君はもう、何も出来ないんだから。


じゃ、ハイエナさん。後はお願いします。



「ええ。いただきます」





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