語り部の少女
第四章 教えて








激しい戦いは、ロウに己の無能さを体感させました


戦いの意味も分からずに戦火に飛び込んだ自分の愚かさ
守るべき相手の気持ちも知らず守り続けることしかできない自己中心な行為

一人ではどうしようもない現実を思い知りました



おのが弱さを痛感したロウは「知」を求めました

争うことの無意味さ、平和の素晴らしさを自分の口から世界に伝えるために、彼女は猛勉強を始めました

世界中の書物を読みあさり、様々な現象を体感し、色んな思想・理念に触れ
頭で 体で 心で
この世界を学び始めたのです


それは長い

とても永い
見聞の旅でした


「知っている」もの以外は、全て「知らない」ものです
この広い地球は知らないものだらけ
とてもではありませんが学びきれません

それでもロウは学び続けました


戦争が平和の「手段」ならば、戦争以外にも平和を手に入れる「手段」があるはず・・・


幾万の日の出と夜を感じながら、ロウはひたすらに旅を続け知識を深めていきました



見聞の旅を続けながら、ロウは人々に様々な話をして歩きました

自分が地上を見てきて楽しかったこと、好きだった街、美味しかった食べ物、美しかった景色、色んなことを語って回りました

思い出話と共に、長い年月を生きてきて自分が学んだこと、感じたことも人々に伝えました


ある村で村長から直々に学んだ、伝統的な爆薬を用いた漁法

ある街の宿屋の女将が作る、とても美味しいパスタソースの作り方

ある国同士で領土をめぐって起きた、終結まで長きに渡った悲惨な抗争

ある海洋学者と共に調査し、発見した古代竜の化石とそれまでの道のり


人々の役に立つものから、ちょっとした小話まで ロウは語り歩いていました



同時にロウは、自身の考える「平和への道」を語り歩いていました

ロウの実体験から基づく平和な人生を送るための心構えや、平和に人と接するための気の持ちよう等です

断定的に
「ああすれば救われる」
「こうしていけば平和になる」
と言うことはありませんでした

悪い言い方をすれば大まかで漠然とした、良い言い方をすれば優しさのこもった、ロウなりに平和へ向けたひとつの指針でした



ロウは世界中を旅しつつ、人々が集まる場所を見つけては、こうした話を通りゆく人に語りました



ロウの言葉に聞き入る者もいれば、暴言を返す者も多くいました

「お前の考えは偽善だ!間違った考えだ!」

「平和に生きられるものか!ホラ吹きめ!」

罵る声は絶えませんでしたが、ロウはそれを真摯に受け止め、自身の糧としました


ホラ吹きでごめんなさい
偽善でごめんなさい

それでも私は平和を目指します

あなた方に平和に生きて欲しいから・・・



ロウが語り部として旅をしていると、相談を持ちかける者も現れました

自分の意見を聞いて欲しい!
こんな時はどうすればいい?

ロウはロウなりの答えで彼らに答えました
ロウなりの優しさを込めた言葉で、漠然と彼らに指針を示しました



ロウには宗教的な思想を広める気は毛頭ありませんでした
ですが、ロウの言葉は宗教的な形をもちました

ロウのやんわりとしたアドバイスを受け、うまくいったもの達からは「あなたの言葉を信じて救われた」と崇められ、言葉を信じて失敗したものからは「嘘吐きに騙された」と罵られました

ロウが望むでもなく、ロウの言葉には信仰が生まれていたのです



やがてロウの周りには、彼女の言葉に感銘を受けた熱心な信者が集まるようになっていました

最初、ロウは彼らを拒みました


自分と行動しても迫害を受けてしまう
苦しむのは自分だけでいい
あなた達はその気持ちを胸に秘めるだけでいい


彼らは退きませんでした
皆、ロウの考えに心の底から賛同し、緩やかな平和への歩みを望んでいました
例えどんなに迫害を受けようとも、例え自分たちが殺されても、この教えを後世に伝えるための礎となる、と

彼らの想いは本物でした


ロウは仕方なく、でも、心の底から喜び 彼らを歓迎し、共に旅をすることにしました





旅は果てしなく続きました


幾千の山を超え 幾万の谷を下り 幾億の人と出会い 幾兆の足跡を残して、広大な大地を旅して回りました

別の宗教団体から石もて追われ、国から命を狙われることもありました

意見の相違から離反するものや、旅の途中息絶えるものも少なくありませんでした


ですがロウは語り部の旅を止めませんでした


自分の知らない知識が山のようにある
救いを求める者が世界中にいる

私に出来ることが
まだまだたくさんあるのだから
私の目指す世界は
まだ見えていないのだから・・・






コンコン

とある村の宿で本を読んでいるロウのもとに、扉を叩く音が聞こえました

戸を開けると、そこには灰褐色の肌をしたガーゴイルがマグカップを両手にしていました

ロウの教えに慕い、付き添う集の一人、ガルアという名の石柱族の青年です


石柱族は非常に長命な種族であり、彼自身種族内では若い身ではありながら、数千年という時を既に生きています


信者の中でもロウとの旅を最も長く続けている者の一人であり、事実上のロウの片腕とも言える誠実で勤勉な青年でした


「ロウ様、お飲み物をお持ちしました 少し休まれてはいかがですか?」

ロウは笑顔で彼を部屋に迎え入れました


ロウはホットミルクの注がれたマグを口にしました
甘く優しい香りが口の中に広がります


「・・・最近、無理をされてはいませんか?」

ガルアは視線をロウに向けました

「何もあなた様が直々に世界を周り、教えを伝える必要はございません」

「我々があなた様に変わって、世界に平和を説いましょう」


実質、教えを伝えているのはロウでした
迫害を受けるのも、国から制裁を受けるのも、元凶とされる ロウだけでした


ロウはフゥ・・・と息を吹き、少し笑みを浮かべながら、ガルアにチラリと視線を向けました



ありがとう
その気持ち、とっても嬉しいよ

でも、私は大丈夫

私はまだ、知りたいことが沢山ある
私の口から伝えたい言葉が沢山あるの・・・

私の目で平和を見届けるまでは
私は語り続けるよ
私なりの思いを 私の手で みんなに・・・

それで少しでも
悲しみが減らせるなら・・・

いつかきっと
本当に平和な世界で
みんな暮らせるはず・・・



ロウの見せる優しい笑顔に、ガルアは心配そうな目を向けました



もしも・・・私がいなくなってしまったら
あなたちの手で あなたたちの気持ちを人々に届けて

できるだけでいいから・・・

・・・お願い



「・・・!・・・この命に換えても!!」


ガルアの敬礼に、ロウはフフッと笑みをこぼしました
それは彼の口癖だったからです


ロウは腕に巻かれたブレスレッドを撫でました

旅の途中 小さな工芸品店で購入した、真球に紐が繋がれた 簡素な腕輪です

取り付けられた真球は「結界石」という特殊な鉱石でできています
結界石はマナが循環しやすい性質を持っており心地よく、ロウはこのブレスをとても気に入っていました



ロウがマグの中身を飲み干すと、ガルアはロウのそばへ詰め寄りました

「ロウ様・・・ひとつ提案があるのですが・・・」

「我々の思想を理解してもらうには、それをより明確な形にしなくてはなりません」

ロウは首をかしげました


・・・と、言うと?


「正式に教団を創りましょう!」

ガルアはロウの両手を握り締め、顔を近づけました

「国に・・・世界に、より広く、我々の思いを伝えるのです!」

ガルアの勢いにロウは目を丸くしました


・・・ありゃあ・・・





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