仲間第二階層
私の一日は朝食から始まる。
まず起きて私が真っ先にすることが朝食を作ることだ。健康に良いというのもあるが、私としてはまだ寝ぼけている頭に活を入れるために行っている部分がある。
ようやくスープが出来上がった。私はサラダやパンと一緒にトレイに乗せてテーブルへ運ぶ。匂いと音でうつらうつらとしていた三人が続々と目を覚ました。
「苺ジャム取ってー」
「僕はブルーベリーの!」
「パンにジャムとかお前らまだまだ子供だな」
「ミニエルはチェミーの砂糖禁止よ」
彼から問題の砂糖をひったくる。悲壮な顔をして固まる彼の顔を見て小指の先ほどの心が痛んだが仕方がないことなのだ。
この三人は今後は毎日私の料理を食べたいと言ってきた。どうやら今までは料理ができる者がおらず、主に第一階層のフードコートで食べていたらしい。確かにあそこの料理は美味しかったが毎食あれでは身体に良くない。
そういうわけで私が作ることになったのだが、相手は何にでも例の粉をふりかけたがるミニエルと好き嫌いの激しいマルメル。毎度毎度注意するのも面倒なので『私の気分を害したらもう作らない』と言ってみたのだが意外と効果はあるようだ。
「ごちそうさまでしたー」
「したー」
マルクとメルクは朝食を掻っ込み飛び出していった。マーベラスと新しいアトラクションについて打ち合わせがあるらしい。大方またロクでもない代物だろう。
台所で後片付けをしていると警報のような音が背後から聞こえてきた。慌てて振り返るとダイニングルームにいるミニエルから発信されているようだった。
「ん、貯まったか」
彼が袖を捲ると見慣れない腕輪が彼の手首に取り付けられていた。
「何それ?」
「オレ専用の魔力増幅器だ。魔力が一定量まで回復したらこうやって知らせてくれる。そしていつでもエクステリア全域に『罰』が発動出来る状態になるわけだ」
「ぜっ、全域?」
エクステリアは全五層。高さも含めて小国くらいはある大きさの施設の全域をカバーするにはとてつもない魔力が必要なはずだ。魔法使い数十人を動員してようやく発動する結界クラス並みに。
「こう見えてもオレ『分霊』だぜ?アルケビュースやカーヴィンと一緒の最上位階級なんだからな」
「……そういえばそうだったわね。威厳の欠片もないからすっかり忘れていたわ」
「オイオイ酷い言い草だな。やけに親しみやすいから気づかなかった、とか少しはオブラートに包めよなー」
考えてみたらアルケビュースからも全く威厳を感じたことはない。彼は七割の悪ふざけと二割の嫌がらせ、そして一割の優しさで構成されている。出来れば半分は優しさで出来ていてほしいものだ。
「おはようございます」
セラが開けっ放しにしたままの扉をわざわざノックしてから入ってきた。片腕には小さな小包を抱えている。
「完成したんだな」
「はい。予定時間より多少遅れたのでちょっとした制裁を下そうと思ったのですが、しっかり不眠不休で仕事をしていたようなので構いなしにしておきました」
「相変わらず厳しーなお前んとこは」
私は席に着くシャルに紅茶を差し出した。ミニエルも目で何か訴えてきていたので仕方なしにカフェオレを入れてあげた。
「どうせすぐ使うのにここまで梱包しなくてもいいのにな……よし出てきた」
彼が広げたのは二着のドレスだった。カラスの濡れ羽のように真っ黒に染められたそれを見て私は昨日のことを思い出した。
「それ、私の……?」
「ああ、お前だけの獄吏服だ」
私はミニエルの持っていた一着を掻っ攫い寝室に飛び込んだ。まるで欲しかった服を買ってもらった子供のように今すぐ着てみたいという衝動に駆られたのだ。
鏡で最後の確認をしてダイニングに向かう。さっそく二人に感想を聞くとミニエルはあっさりとしたもので少し拍子抜けした。まあセラのように息を荒げつつ服のいろんな箇所を触りながら事細かに褒めるのもちょっと嫌なのだが。
けれど自分の服と二人の服を見比べて、また一歩私は彼らの仲間に近づけた気がした。
「しっかし胸の部分ちょっと出し過ぎじゃないか?そんなに大きくないし悪目立ちしてる気がするな」
「……セクハラで訴えていいかしら」
私がまだ温厚な方で命拾いしたわねミニエル。もし私の友達にそれを言っていたら地の果てまで追いかけられて半殺しにされると思うわ。
「じゃ、獄吏服の事も解決したし昨日の話の続きに移るか」
彼はトントンと指で座るように促してきた。
「議題は言わずもがな、昨日の毒殺事件だ。改めてシャルの意見を聞きたい」
「私の?」
ミニエルは私の問いに小さく頷いた。彼が言うにはどうやらこの二人が議論をすると平行線のまま結論が出なくなるらしい。
「鶏が先か卵が先かで数年ほど論争したこともあったな」
「懐かしいですね。私に言い負かされるたび必死に新たな論辨を持ち寄ってくるボスの姿にはある種の愛おしさを感じたものです」
確かに子供のように何度も突っかかってくる彼を想像すると微笑ましくなる。でもそんなことで数年も費やさなくていいから。それに分霊ならその答えくらい知ってるんじゃないの?
「あ、あの時のことは忘れろと言っただろ!」
自分から話題出したくせに。このまま狼狽えるのを見続けるのもいいがいつまでも弄る訳にもいかないのでそろそろ本題に入るとしよう。
「私なりに今回の犯行をみると、犯人は自分の足がつく可能性を限りなくゼロにしようとしている気がしたわ。これによって突発的犯行だった線はない。これを踏まえて計画的犯行だと考えた時、そのような用意周到な人だと次も万全の態勢で犯行に及ぶと予測出来るわ。このままボロが出るのを待つのもアリだとは思うけど確実性には欠けるわね」
犯人が捕まるまでに何人もの人間が犠牲になるのは想像に難くない。このままの方法ではあまり推奨できない。
「次に一人一人調べ上げていく方法ね。これは時間がかかるけど確実性は少なからずある。でも相手の実力が未知数なのが怖いわね。もし犯人がミニエルの『嘘を見抜く能力』を出し抜く方法を持っているとしたら?」
自分でも考えすぎだとは思う。けれど少しでも不安要素は潰しておきたい。
「確かに第二階層以降は特殊能力持ちや鬼才クラスの罪人がいるからあり得なくはねーな。それで、詰まる所お前の案はどんなものだ?」
「基本はセラの考えと同じよ。ただ、私は向こうに牽制をかけたいと思うわ」
「牽制?」
「そう。まず今回の事件をこの階層の全員に知らせる。どうせほっといても今頃噂で広がっているだろうけど、私たちが公表することに意味があるの。次に、今後事件を起こした犯人の情報を教えてくれた人には褒賞を与えると宣言するの」
大半の人間はこれでこちら側についてくれるはずだ。もしかすればこの時点で、犯人が毒を置いた瞬間を見ている人もいるかもしれない。
「なるほど。罪人にも手伝ってもらおうということか」
「しかしそこまですると犯人は完全に戦いの場から引っ込んでしまうのではないでしょうか」
「多分それはないわ。なにせ今回のは『不特定な対象を狙った計画的犯行』なのだから。恐らく相手にとってこれは遊び感覚なのよ」
楽しい遊びは飽きるまでやる。これは意志あるもの全てに共通する欲だ。抗うことはできないし、抗う理由もない。
「それで捕まってくれれば良いのだけど、実はこのシステムにはもう一つ段階があるの。それは犯人がグループを作ること」
セラは私の意図にピンと来たようだ。対してミニエルはキョトンとした顔で思考停止しかけていた。さっさと説明だけしておいて話をまとめてくれているセラに任せた方が良さそうだ。
「ひ、一人で動くのは危険だと分かったら犯人は多少リスクを冒してでも仲間を作る方向に進むとね、私は思うわけ」
まずい。既にただ首を縦に振り続ける人形になりつつある。
「でもそれは大きなミステイク。仲間の動きまで完璧に管理はしきれないからそこから出たボロを追跡しようとね、言うことね。これでおしまい!」
私の話をまとめ終えたセラがこれでいいかと紙を手渡してくる。チャート式に要点だけ整理されていてとても分かりやすかった。私もこれくらい出来たらなと思いつつミニエルに回す。彼の視線が紙の上から下に移動するにつれ、呆けていた顔は少しずつ締まった顔に変化していった。
「なるほど。まず第一の戦法として罪人たち同士で監視するシステムを作る。そしてもし犯人がグループを作ったら第二の戦法として団体行動に生じるだろう隙を狙うということだな!」
書いてあることを読んだだけだが何故かミニエルは自慢げだ。まあ理解してくれただけ良しとしよう。
「だがシャル、本当にいいのか?このやり方だと**」
「最低でも一人、最悪のケースだと何十人と犠牲になる可能性がある、でしょ」
自分でも分かっていたこと。そしてこれは、出来ることならされたくなかった質問。私は汗ばむ手を握りしめ深呼吸をした。体に取り込まれる冷たい空気が私に冷静さを与えてくれる。
「構わないわ」
私は自分に言い聞かせるように、言葉一つ一つを噛み締めるように続けた。
「私に、ひたすら理想を追い求めることなんて出来ない。何もかもを守れるなんて、思っていない。多数を守るために少数を斬り捨てる、そんな考えをするちっぽけな人間よ」
これ以上の被害者を出さないのが一番だとは分かってる。しかしその考えでいくと犯人を捕まえられる可能性がグッと低くなる。この二つを天秤にかけると、私の中では可能性のほうが大きなウェイトを占めていた。
理想は捨て、最も現実的なものを選択する。これが私の信念だ。
「ならばこの案で行ってみることにしよう。異論はないなセラ」
「全くもってありません」
「じゃあこの話は終わり!ちょっと休憩!」
彼は猫のように大きく伸びをして体をほぐし始めた。動くことのほうが好きな彼にとってこの時間は酷く退屈なものだったのだろう。そんな姿を見て私も肩の荷が下りた気がした。
セラはというと早くも次の行動に出るという。彼女は私たちに軽く頭を下げたのち足早に部屋を出ていった。
「そうそう。これからのシャルの仕事だけどな」
喉が渇いたのか、ミニエルがすっかり温くなってしまった紅茶に手を伸ばす。案の定、冷めることで強まってくる渋みに苦い顔を浮かべた。どうやら彼の舌にはまだ早いようだ。
「しばらくは第一階層に配属するから」
「ここまで事件に関わらせておいて!?」
そんな殺生な。これから二層に行って怪しい点や人物を捜査していこうと思っていた矢先だったのに。
「実はな、第二階層は物騒さで言うとエクステリア一なんだ。大量殺人をした奴やテロリストなんかが主に収容されてるからな」
罪人間でのリンチや殺し合いも度々発生しておりその都度オレ達が裁きにいっている、と少し疲れた様子で彼は語った。私が見た限りは普通の工場にしか見えなかったが。
「……事件の新しい情報が入ったらすぐに教えなさいよね」
「ああ、それは約束する」
彼は残りの紅茶を一気に飲み干して「まじー」と呆れるように首と手を横に振った。
正直なところ、この判断についてまだ私は納得していないわ。ミニエルが心配してくれている事と私が力不足なのは分かるけれども。だから待ってなさい、心配性のあなたでも何でも任せられる獄吏にすぐなってみせるから。
あなたたちの隣に立ってみせるから。
「あーあ、一度くらい長期休暇欲しーなー」
……でも何千万年と不休なのは御免ね。
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