揺れ動く……第二階層
「おっ、お前っ、よりにもよってリーゼロッテに喧嘩売ったのかっ。やるなあ」
料理を中断して私は机に向かってうなだれていた。向かいでは私の話を聞いたミニエルが大爆笑している。が、今の私には彼の声などほとんど耳に入ってこなかった。
神の世界では管理者に嫌われることは死を意味している。まずブラックリストに入れられその世界の入国許可証が発行されなくなる。また管理者同士の横の繋がりは強いので、他の世界でも入国不許可まではいかないまでも良くない噂が広められるのは間違いない。
「で、何でお前は怒ったんだ?」
「口が悪くてイライラしたから。そして……ミニエルを嘘発見器くらいにしか使えない奴って言われたから」
私は仲間や友達が貶されるのを黙って見過ごすことが出来ない。この性格のせいで、過去に何度も衝突や問題を引き起こしてきた。でもそれらは親友達や上司の協力のおかげで乗り越えてきていた。
「でも、後悔はしてないんだろ?」
「……うん」
暴君の設定だったころの頑固さとワガママっぷりは今でも私の一部として生きている。それが果たして良い方向に働くのか悪い方向に働くのかは今の私にはまだわからない。
要するに、自責の念はないということだ。
「それならいい。反省はしてもいいが後悔はするな。堂々と自信を持って自分の信念を貫け」
彼は私の頭に手を置いた。こんな歳にもなって撫でられるのは恥ずかしいものがあるが、振りほどきはしなかった。いや、振りほどきたくなかった。
「そうすりゃ何があっても自分を見失ったりしねえ。オレたちの、皆のシャルルマーニュは、そこに居続ける」
彼は私の顔をくいっと引き上げる。そこには優しく微笑んでいるミニエルの姿があった。いつものふざけている時や小馬鹿にしている時とは違う、その柔らかい表情に私は目を奪われた。
「だからよ、安心しろって。リーゼロッテにはオレが制裁加えとくからさ。俺の陰口を叩いた罪と、ついでに俺の可愛い部下を困らせた罪のな」
パシパシと軽く私の頭を叩きながら笑うミニエル。その仕草、顔にいつもの彼らしくない照れが見え隠れしていた。
「……そんな大げさに言うようなことじゃないでしょ」
「はははは、そうかもしれねえな」
私は逃げるように厨房に向かった。これ以上彼の顔を直視したくなかった。これ以上今の私の顔を見られたくなかった。今日一日気を遣われてばかりじゃないか。次々と膨らんでくる気持ちに私の胸はで今にも弾けてしまいそうだ。
やっぱりこの人は、ずるい。
トントンと無心で野菜を刻んでいると扉の開く音が聞こえてきた。横目を向けるとマルクとメルクがふらふらとした足取りで入ってきて、近くの壁にずるずるともたれかかった。
「僕もう疲れたよメル……なんだかとっても眠いんだ」
「マル……!?マルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「そこ、うるさいぞ」
コッテコテの芝居にミニエルが興味なさげにツッコむ。
「死ぬかと思ったんだよボス!リゼちゃんにわたあめの効きが悪くてさ!」
「リゼちゃん道行く人に薬品ぶっかけ回ってたんだよ!私たちずっと説得しながらその後始末してたんだよ!」
「うっせーって言ってんだろ実況聞こえねーじゃねーか!」
バックでギャーギャーと騒ぎ始めるのを聞いて私は自然と口から笑みがこぼれた。まだ二日目なのにこの光景がとても暖かいものに感じる。一般的で、家庭的で、日常的な光景。
私も彼らの一員に加われたってことなのかな。
「シーちゃんなんで笑ってるの!」
「元々シーちゃんのせいなんだからね!」
「二人とも、それ以上騒がしくしたら晩御飯抜きにするわよ」
双子はピタリと口を止め、カクカクした動きで椅子に座った。常に動いていないと死ぬような二人だ。身体をプルプルさせながらも必死に衝動を抑えているのだろう。
「……というかお前四人分作ってたんだな」
「来ることは予想ついてたからね」
彼は少し心配そうな顔をしていたので私は笑い返した。もう大丈夫だよ、ありがとう、と。
いつか来るかもしれないその時まで、私はこの日常を大切にしていきたい。
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