人間第一階層
私はフードコートの隅で食事をとりながら考えていた。お昼になったので徐々に客が増え始めているのが見てとれる。仲間と談笑しながら食事をする人もいれば昼だというのに酒を飲んで既に出来上がっている人もいた。こんな状態でアトラクションに乗らせると本人も周囲も地獄だろうな。
パスタをぐるぐると巻き取りながらため息をつく。私はこの『コアくんのびっくりパスタ』を注文したことに後悔した。ここのマスコットの一人である、コアラの着ぐるみを模したパンの腹から麺が飛び出す仕組みのそれは非常に悪趣味で、しかし美味しいという何とも評価しづらいものだった。他のマスコット系の料理もいろんな意味で少し気になってきた。
で、何でこんな所に一人でいるかというと。
「うーん、仕事してもらうならやっぱり獄吏服じゃないとなあ。でもアレ作るのに数日かかるし」
「ボスー、これならあるよ」
「シーちゃんのサイズにぴったり!」
マルとメルが取り出してきたのは第一階層の囚人服。案の定というか、服の色は彼らの要望たってのもの。
「それだ」
「ええ!?」
そういう経緯で現在に至る。もちろん抵抗したのだが違う視点からのアプローチも時には必要、お前にしか出来ないなどと言われたらもう断れなかった。
やるせない気持ちで周囲を眺めていると料理を持ったまま右往左往している男の子と目が合った。座る席が無かったのであろう、手招きすると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ありがとお姉さん」
「いいのいいの。こんな混雑してる中一人で使うのも悪い気がするし」
彼は美味しそうにピザを食べ始めた。それにしてもここのフードコートの充実っぷりは目を見張るものがある。ジャンクフードのみならずサラダやデザート、果てはケバブなど何でもござれな状態だ。
「私シャルっていうの。よろしくね」
「よろしく!僕はウィルだよ」
爽やかな笑顔が似合う少年だ。髪は手入れされずボサボサだったり服も擦り切れていたりするのをみるに、身だしなみなど気にしない活発な子なのだろう。
「シャルは最近来た人だよね?初めて見かけたし」
「今日来たばっかりよ」
来たばっかりなのに潜入調査をさせられたり酷い目にあってるよ。
「じゃあまずは寝床探さないとね」
「寝床?」
「うん。居住区がもういっぱいいっぱいだから皆寝る場所に困ってるんだよ」
この第一階層だけで全囚人の半数ほどが生活しているとのことだ。寝床がない人はショーエリアに寝袋を敷いたりして寝ているらしい。生活環境は要改善だ。
「僕たちは居住区の廃墟の一つを寝床にしてるんだ。子供の溜まり場って感じだね」
「子供達だけで暮らしてるの?」
「そうだよ。知り合いならともかく見ず知らずの大人を入れるよりは子供同士のほうが安心するからね」
確かに。大人に暴力を振るわれたら子供では勝てないだろうし近い年齢同士のほうが気軽に話しかけやすいだろう。この生活においてはベストな方法かもしれない。
「でもやっぱり子供だけじゃいろいろと限界があるんだよね。だからお姉さんが来るっていうなら歓迎するよ!」
「うーん、考えとこうかな」
おそらく夜になったらミニエル達が迎えに来てくれるだろうから約束はできない。……迎えに来てくれるよね?なんかあの三人遊ぶ気満々だったけど大丈夫だよね?
「じゃあ僕は仕事に戻るから考えといてね!」
大きく手を振る彼を見送り、私は一人このエリアを直に見て回ることにした。自身で直接見て、感じないと分からないことがある、というとある友人の精神を見習ってのことだ。もっとも彼女の場合、そのせいで放浪癖がついてしまっているのだが。
「あれ?」
黄一色の中、真っ赤に染まったド派手な衣装を着込んでいる人を見つけた。燃えるような赤毛、斜に構えたような独特の立ち居振る舞い、周囲の視線を悪い意味で釘付けにするあの人は**。
「マーベラスさん?」
「そう、私の名はDr.マーベラス!誰よりも先に進み、誰よりも先に笑う者だ!」
この独特なノリの彼はマーベラスという神様だ。第一世界『エギン』の管理者をしているマッド・サイエンティストである。私は一時期彼の職場でバイトをしていたので顔見知りであった。
「んー?よく見るとシャル君ではないか。なんだアルク殿のオヤツでもつまみ食いして投獄されたのか?」
「……違うけど機嫌悪い時にやったら本当にやりかねないわね」
「かくいう私も管理者になる前に一度彼に投獄されたのだがな!嵐を起こす画期的なドライヤーをプレゼントしただけなのにな!」
この人の怖いところは善悪がついていないところだ。自分が面白いと思ったことはすぐに実行し他人にその結果、または過程をばら撒く。これに関して本人は「創造は一人でも出来るが評価には他者が必要だろう?」と話していた。
ただ彼の機械技術は超一流で彼の世界では人間と同じくらいの知識を有したロボットが地上で暮らしていたり、はたまた宇宙では巨大ロボットが闘いを繰り広げていたりしている。もちろん全てを彼が考案したわけではないのだが、八割ほど完成した青写真を途中で『飽きた』という理由でよく社外に流出させた結果ああなったという話を聞いたことがある。
「作る過程の方が楽しいのだ、私は。というよりも『終わり』というものがただ嫌いなだけかもしれないな」
神様は数多くいれど、あまりの寿命の長さに考えることをやめてただ淡々と自分の役割を果たすのも多いという。だが彼のように情熱や揺るがない『何か』を持っているタイプはイキイキとしているように見える。その分危険人物扱いもされるのだがそこはご愛嬌。
「それで、ドクターは何をしにここへ来たの?」
「おや、マルクとメルクより聞いていなかったのか。ここの設備の大半は私が設計したのだよ。なので私はフリーパスを使って時折気分晴らしに来ているのさ」
いつもやりたい放題のあなたにストレスなど無縁なんじゃ。それより気分晴らしはあなたのところの副管理人にさせたほうがいいと思います。毎日あなたの写真を貼り付けたサンドバッグに恨み言を垂れながらぶつかっていましたし。
「むむ、殺人級ジェットコースター『ミナコロくん』が空いたようだな。ではシャル君、またな」
大丈夫その乗り物?死ぬ予知夢見たりしない?
彼と別れてからしばらく歩いているとようやくエリアの端まで来ることが出来た。遊園地エリアを全て回るには一日では足りなくなるほどの規模だ。ただマーベラス作と聞かされたせいであまり遊ぶ気にはなれない。
私は次のエリア、居住区に踏み込んだ。この辺りになると遊ぶ人たちの歓声やテーマソングは遠くなり、落ち着いた雰囲気となっている。休憩するならこちらのほうが良いだろう。
しかし建物がいくつもある中、わざわざ外で横たわって眠っている人々が度々見受けられる。これがウィルの言っていた寝床のない者か。普通の人と比べてもあまり差はないようだが安全性を考えると早急に解決するべきことだ。
「来たんだシャル!」
ウィルがほうきを持って嬉しそうに近づいてくる。よく見ると少しの間に頭や服に埃を被っている。
「あぁ、ほらこんな埃まみれにして」
パパッと彼から埃を払い落とす。ついでに髪も直してやろうと思ったがもうこの髪型がクセになってしまっているようだった。
「さっきまで家の掃除してたからね。まあ全て終えるまでにはまだまだかかりそうだけど」
「しょうがないわね。私も手伝ってあげるからさっさと終わらせるわよ」
「ほんと!?じゃ今すぐ行こう行こう!」
彼は私の手を取り嬉々として歩き始めた。今日の掃除の仕事も日当が良くないからやる気がなかったらしい。余談になるが一番儲かる仕事はショーだったりするという。
彼に引っ張られ連れて行かれた先は教会だった。しかし壁は所々剥がれ落ち、屋根にはいくつか穴が空いている。今すぐに倒壊することはないだろうが生活するには少し不安が残る廃墟だ。
「こんなんだけどさ、寝床があるだけマシなんだよ」
今にも外れそうな大扉を開け中に入ると、外観とは違い綺麗に手入れをされた礼拝堂に目が留まった。流石に天井付近は掃除できていないが長椅子などは特に入念に修復されている。
「これ私居なくてもほぼ終わってるんじゃない?」
「この部屋がまだなんだよね」
案内されるがまま入った部屋はごく普通の小部屋だった。別にこれといって汚れているわけではなく、むしろ隅々まで掃除が行き届いていると言ってもいい。ただ窓がないからか少し息苦しさを感じるくらいだ。
本当にここなのかと彼に聞こうとしたとき、不意に背後からものすごい衝撃を受けた。地面に体を叩きつけられたと思うと、追い打ちをかけるように背中にズシリと何かがのしかかる。ぐえ、と短い悲鳴と共に酸素を求めて大きく喘いだ。
「おいウィル。さっきの話本当なんだろうな」
「ああ、間違いない。こいつは『あっち側』のやつだ」
頭を上げようとすると床に叩きつけられた。額から脳へ響き頭がグラグラし視界が一瞬歪む。
「ちょっとの間だから我慢してね、お姉さん」
誰かが私の手と足を縛りつけているのが分かる。縛り方を知っているのかあまりにも慣れた手つきだ。私の手足はあっという間に一寸たりとも動かせなくなってしまった。それを確認して頭にかけられていた圧力と背中の重さがパッと無くなった。
私は落ち着いて状況を分析した。相手は目の前に一人、乗っかっていた奴が一人、手と足を縛った奴それぞれ一人ずつの最低四人はいる。部屋は密室に近く、大声を上げたとしても助けなど来ないだろう。むしろ場合によっては聞きつけた囚人が来ることによって敵が増えるかもしれない。なにしろ相手は私を獄吏だと知っているのだ。
「お姉さん意外に静かだね。もっとパニック起こしてると思ったんだけど」
「……あいにく過去に似たような事があったんでね」
一部はさっき追体験してきたばかりだし、ね。
「アンタらの目的は何?」
「もちろん、脱獄さ。その為にもお姉さんにはこれからしっかり働いてもらうよ。交渉材料にしたり情報を聞き出したり、ね」
「つまり人質ってことね。……ふふっ」
薄笑いを浮かべるウィルを見て私はおかしくてたまらなかった。作戦とも言えないほどの、あまりにも単純で子供っぽい何か。開始時点で失敗が確定している無意味な内容。
「残念ね。私は今日赴任してきたばかりの新米。情報も持っていなければ人質にする価値も無い。まあ、もっとも」
ああ、今のコイツの顔を見てみたい。
「何か知っていたとしてもアンタ達なんかに絶対漏らさないわ」
直後、脇腹に彼の靴が思い切り突き刺さる。じんじんと痛みが広がって行こうとするのもつかの間、背中を何度も踏みつけられる。間隔が短く呼吸することすらままならない。
「おいやめろウィル!そいつ死んじまうよ!」
最後の一撃が背中から身体中に伝わり私は絶叫を上げる。ぐりぐりと彼の足が背中を押し潰すごとに味わったことない鈍い痛みが身体を突き抜けていく。
「そう、だな。まだ完全に使い道が無くなったわけじゃないからな」
息を切らす彼に皮肉の一言でも言ってやりたかったが、声を出すどころか呼吸をするだけでも耐え難い苦痛が私に襲いかかっていた。
このまま意識を失えたらどれだけ幸せだろう。そしてそのまま死ねたら今度こそ苦しみのない世界に行けるのだろうか。
「……大丈夫?」
思いふける私の目の前に、突然黒い服で身体を包んだ青年がかがみ込んでこちらを見ていた。ほんの一瞬前までそこには誰もいなかったはずだ。扉の近くで話し合いをしているウィル達にも気づかれずこの部屋に入ったのだろうか。
「今、助け呼ぶ」
彼はすっくと立ち上がり近くの壁をコンコンと叩いた。
「誰だお前は!?」
その音に気付いたウィルの発声と同時に轟音が鳴り響き壁が崩れ去った。気がつけばさっきの青年はもう見当たらなくなっている。
「相変わらずシノブの仕事は迅速かつ正確ですね」
吹き飛ばした瓦礫を踏んで現れたのは黒スーツのよく似合う女性だった。まさか彼女が壁を破壊したのだろうか。
「初めましてシャルルマーニュ様。わたくしは第二階層担当の獄吏、セラ・コーストと申します。以後お見知りおきを」
彼女は私の目の前に律儀に名刺を置いた。どう見ても今はそれどころじゃないのだが天然なのだろうか。
「ご、獄吏だぁー!」
「お、おい待てお前ら!」
ここからは見えないがウィル以外は逃げ出したようだ。もしかすると主犯格はウィルで、他は彼に便乗していただけなのかもしれない。
「おや、よくよくお見受けするにかなり苦しんでおられるご様子。今楽にして差し上げましょう」
彼女は私の手足の拘束を解き、自由になった右腕に噛み付いた。急な出来事に私はギョッとしたが、時間が経つにつれ身体がポカポカすると同時に痛みが少しずつ引いていくのを感じた。
「今のは?」
「麻酔のようなものです。じき身体中に周り眠気がやってくるでしょう。そうしたら治療を致しますからね」
彼女の見立てではそこそこ重傷という。獄吏をやっていたら百年に一度くらいは負う怪我らしい。早くもここでやっていけるかちょっと不安になってきた。
「くそっ、離しやがれ!」
彼女の力を借りつつなんとか動かせるようになった身体でウィルのほうを見る。彼はまたどこからか現れた青年に地面に取り押さえられていた。さっきまでの私と同じ状態だ。
「シノブ、他の囚人は?」
「マル、メル、遊んでる」
耳をすますと礼拝堂のほうから愉快な笑いと悲鳴が微かに聞こえてくる。何が起こっているかはあの悲鳴からして知らない方がいいのかもしれない。
「ではこちらの問題を片付けましょうか。この罪人は奈落行きで問題ありませんね?」
「……奈落ってどんな場所なの?」
以前、少し聞いたことがある。人間が死ぬとその魂**霊体とも呼ばれる多くは天国や地獄に行くことになる。そこで魂の修復をしたり次の転生先を決めたり、罪を償ったりしている。
だけど、僕たち『神』や君たち『霊体』が死ぬと奈落に落ちるから気をつけるんだよ、と。
「平たく言うと無の世界です。ここに落とされた者は自我を失い、何もない無限の世界を延々と生きていくと言われています。このことから神々の間では魂の終着点とも呼ばれています」
「怖いですね……」
「怖いと思っているうちはまだ大丈夫ですよ。一時は疲れた神々が次々と自ら命を絶って奈落に落ちる暗黒時代があったと聞きます。自殺防止のための相談窓口なども作ったそうですよ」
神も人間と同じような悩みを持っていたのね。
「でも、それなら彼を奈落行きにするのは早計だと思うわ」
「獄吏に危害を加えた者は奈落行きとミニエルが決めているのです。それをきっかけに次々と襲われてはかなわないので見せしめとして、ですね」
顔色一つ変えず淡々と彼女は説明する。きっと彼女たちは今までに何人も奈落送りにしたのだろう。またその是非を問うとそれが適切な対応だと回答する人も多いに違いない。
「それでも私は奈落送りには反対するわ。どんな人でも長い時間を過ごすうちに、思いがけない出来事で生まれ変われる可能性があるって信じているから」
自分のやりたいことが見つかった、目標が生まれた、大切な人が出来た。思い、考える心を持っている限り人間には無限の可能性が、きっとある。
「それにほら、今の私は獄吏じゃなくて罪人だし」
擦り切れた囚人服を見て小さく笑う。もしあの場所に連れて行かれず、元々来るはずだったこの収容所に来ていたら今の私は生まれていないだろう。
「被害者の貴女がそれでいいというのなら別に構いませんが。しかしまた狙われるかもしれませんよ」
「その時は、私の考えが間違っていたと受け入れるわ……」
身体が温まるにつれだんだんと眠たくなってきた。誰かに守られているような安心感と心地よさが私を包み込んでいる。
「分かりました。今はとにかくゆっくり眠ってくださいね」
ため息をつき少し呆れ顔の彼女の顔を見ながら私はゆっくりと意識の底に沈んでいった。
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