獄吏第一階層
獄吏の専用施設はすごい。
まず、無駄に広い居住区。第五階層にあるのだが、この監獄はタワー状なので実質あの第一階層とほぼ同じ広さということになっている。そんな大きさに各人の個室、所長室、温泉などが作られているが、もちろん全ての空間を使いきれるはずもない。よってこの階層の九十九パーセントは未使用となっている。
次に設備。といっても温泉しかないのだがこれがまたすごい。どんな傷でもじっくりと治してしまう温泉に、人をダメにするマッサージチェア。マーベラス製のマークを見て嫌な予感がしていたがそんなことはなかった。ただ絶対に自分の意思では離れたくなくなるだけのごく普通のマッサージチェアだっただけのことだ。そのおかげで三時間もくつろいでしまった。今夜も癒されに行くとしよう。
「汚染されてますよ」
「はっ!?」
セラに呼び止められて我にかえる。危うくまた座りにいくところだった。あれは認識災害も引き起こすかなり危険なブツだ。本当にマーベラスの作品は警戒しておいたほうが良さそうだ。
「ここが所長室です。では私はこれで」
振り向くともうそこにセラの姿はなかった。今後のスケジュールをチェックしたり時間を気にしたりと彼女はとても忙しいようだ。
所長室の扉を開くとミニエルが椅子にもたれかかってくつろいでいた。口にはいつものロリポップがある。
「おー、身体の調子はどうだ?」
「激しく動かしたりするとまだ痛むけど、簡単な動作は出来るようになったわ」
「さすがは『癒の湯』といった所だな」
私は麻酔で眠ったあと、居住区で簡単な処置を受けたらしい。背骨の一部の骨折と内臓に損傷を負う『軽傷』だったそうだ。ここでの重傷がどんなものなのか気になるものである。
「にしても初日から濃い一日だったな。間違いでここに来て、罰を受けて、脱獄の人質にされてと、一体何をしたらこんな不運が重なるんだと運の神様に聞いてみたいぜ」
「……多分ネガティヴな気持ちになったからって言われると思うわ」
私の知っている運の神様だったらね。
「あと脱獄を考えた奴だが、シャルの言った通り上層行きで我慢してやったぜ」
「ウィルのこと?」
「そう、そいつだな。他の奴らは唆されて参加しただけだったからマルとメルにお灸据えさせただけにしといた」
加担していたとはいえ、彼らがウィルを止めてくれなかったら私は奈落送りになっていたかもしれないことを考えると良い対応だと思う。あの悲鳴からしてマルとメルのお灸がどれほど悲惨なものだったのかは分からないが。
「ま、今回は被害者本人が奈落送りにしなくて良いって言ったからしなかっただけだ。オレや他の奴らだったら間違いなく奈落を選ぶだろうな」
彼はいつものようにロリポップをバリバリと噛み砕いた。
「要するにオレが言いたいのは、自分のやりたいことをやれ。信念を貫くのも大いに結構。だが後悔だけはするなってことだな」
「肝に銘じておくわ」
彼は満足げに頷きコーヒーを啜る。私はアメばかり食べている彼の意外な面に正直驚いていた。
「ん、お前も飲むか?」
「良ければ」
彼は手馴れた様子でコーヒーを淹れ始めた。あのコーヒーメーカーは確か第一世界でも最先端の超高級品だ。マーベラス製ではないからそこは安心である。
「ほら、出来たぞ」
カップを受け取りまず香りを堪能する。スパイスを嗅いだときのような鋭い感覚が全身を刺激する。こんなコーヒーは初めてだ。私は恐る恐るそれを口に流し込んだ。
「んぐっ!?」
私は今すぐにでも口から吐き出したいそれを懸命に飲み込んだ。早く、さっさと胃まで流れていけとひたすら苦い顔をしながら願った。
一言で表すと、これはコーヒーではなかった。簡単に例えるなら練乳を直接飲みやすい液体状にしたものだ。間違ってもコーヒーではない。これをそう言い張るならそれは愛好家に対する冒涜、いや暴力だ。一撃でノックアウト出来るだろう。
「砂糖どれくらい入れたの?」
「スプーン一杯だけだぞ?『チェミー』の特殊調味料だけどな」
第五世界『チェミー』か。化学がおかしな方向にめざましいほど発達したと言われる世界だ。私はまだ行ったことは無いが、管理者もマーベラス並みの変人だというし正直あまり関わり合いたくないのが本音だ。楽しいといえば楽しいだろうが。
「とにかく今からでも食生活を改善したほうがいいわ。こんなものばかり飲んでたら普通の食事が出来なくなっても知らないわよ?」
「おいおいハッキリ言ってくれるな。お前はオレの保護者かよ」
彼の言葉で自分の厚かましさにようやく気づいた。昨日出会ったばかりの部下にお節介な発言をされる上司の身を思うと良い気分ではないことは猿でも分かることだ。
「まあ、忠告として受け取っておこう。嘘のお世辞を吐かれるよりは遥かにマシだからな」
彼の機嫌の変化に少しビクビクしていたが特段気分は害してはいないようだ。しかし気分が良いわけでもないらしく、私を追い出すように手を振りながら仕事を始めた。
私はそそくさと所長室を出て自分の部屋に向かった。なんとか切り抜けられたことにホッとしていると腹の虫が鳴った。とりあえず、差し当たっては腹ごしらえだ。マッサージチェアのせいで朝食も食べないまま昼になりかけてしまっていてもう空腹でたまらない。
「やあシャル。元気?」
もうブランチでもいいやと思いながら部屋に入るとダイニングのほうで少年が椅子に腰掛けていた。こちらに気づき軽く手を挙げる。
「アァ〜ルゥ〜クゥ〜!」
彼の名前はアルケビュース。先日言ったように私の以前の上司に当たる人物だ。そして全ての元凶である。
「あはは、通常運転で何より何より」
彼の頭を掴みグレーの髪をワシャワシャと揺らすが意にも介していないようだ。ただこれ以上やると後が怖いので不本意ながらも追及をやめることにした。
「……アンタ、私がここに来るよう誘導したでしょ」
「聞き捨てならないなあ。十ある選択肢の中からここを選んだのは君じゃないか」
少しずつ思い出してきた。他の仕事はゴーストバスターズだったり謎の宗教の布教だったりしたからこれしか選択肢が無かったんだった。
「君の友達のフルなんか千ある書類の中で運に任せて選んだんだからね」
「まさか、変なとこに送ってないでしょうね!?」
「やだなあ、図書館だよ図書館」
それを聞いて安堵と同時に少々の不安が生まれる。あの子底抜けのバカだけど図書館勤務など出来るのだろうか、と。
この仕事が落ち着いてきたら休暇貰ってちょっと様子を見に行こう、そうしよう。
「もう一人の友達は世界一のラーメン作るとか言っていろんなラーメン屋で修業してるっぽいよ」
「あっちは相変わらずね……」
彼女のその自由奔放さに私たちは惹かれたのだけど。
「でさ、何か作ってくれない?もうお腹空いちゃってさ」
こいつは勝手に人の部屋で伸び伸びしてた上に昼食の催促までするか。別に追い出してやっても良かったが、どうせ一人分も二人分も変わらないので一緒に作ってやることにした。
「ここでの生活はどう?やっていけそう?」
アルクは勝手にテレビのチャンネルを切り替えている。私は昨日起きたことを話そうかと思ったが彼は意外と心配性なのでやめておいた。
「今のところ大丈夫そうだわ。他の獄吏の人たちとも仲良く出来そうだし」
「それは良かった。実は僕、ミニエル苦手なんだよね。冗談が通じないというか、何もかも見透かされてしまうからというか」
別に仲が悪いってわけじゃないんだけどね、と彼は否定しながら付け足した。
「本人も自分のその能力を持て余しているそうだから気の毒なんだけど……。なんにせよ、何でも正直にズケズケ言う君とは相性良いのかもね」
「彼の能力って……」
ミニエルのことを聞こうとしていると外からドタドタと何かが走ってくる音が近づいてきた。足音からして複数のようだ。
「匂いの元はっけーん!」
「シーちゃんの部屋だ!」
マルクとメルクがひょこっと扉から顔を出してきた。あまり匂いの出る料理は作っていないのだが一体どういう鼻をしているのか。
「アル君だー!遊ぼ遊ぼ!」
「遊んで遊んで!」
「よーし、遊ぼうか」
二人はアルクのことを知っていたのか。それよりも基本面倒くさがりのアルクが子供の相手をするとは思わなかった。彼の眷属の子の世話もしっかりしているし、子供には優しいのかもしれない。
仕方ない。ミニエルのことは暇な時に本人にでも聞くことにしよう。
「シュウウウ!決まったァァァ!」
「……って何やってんの!?」
いくら部屋が広いからって唐突にサッカーするのはやめてくれる!?あとどっからゴール持ってきた!?
「あそこのおねーちゃんが後で怖いから他のことにしようか」
「うん……」
「仕方ないね……」
え、今の私が悪いの?私がテンション下げちゃったの?
今度は三人でボードゲームを始めたようだ。多分これならワイワイと、かつ安全に出来るだろう。
「マルクは会社が経営不振のためリストラの憂き目に遭った。救済の退職金をゲット」
「アル君は身体に良いと触れ込みをした普通の水を売ることにした。噂を聞きつけ報道をしたメディアの力も相まって商品は爆売れ。巨額の収入を得た」
ま、まあ人生ゲームのようなものだったらこんなマスも少なからずあるだろう、うん。
「メルクは就職に漕ぎ着けず、最終手段だった水商売をすることになった。意外にも天職だったようで彼女は店の看板娘となる。毎月多額のお金をゲット」
「いや何そのボードゲーム!?さっきからお金の獲得方法嫌らし過ぎない!?」
その後も突っ込むとこだらけのボードゲームに気を取られつつも、なんとか昼食を作り終えた。二人だったらまだしも四人分になると流石に疲れるものだ。
「おいしー!」
二人はパンケーキタワーを気に入ってくれたようだ。嬉しそうに食べてくれるとこちらも作った甲斐がある。アルクに至っては久しぶりのマトモな食事だったらしく黙々と、だがよく味わって食べていた。
作るのにはあれほど時間がかかったのに食べ終わるのはあっという間だ。私は食べ終わった皿の洗浄に取り掛かった。三人は静かに二杯目のスープを飲んでいる。
「さて、僕はそろそろ仕事に戻るかな」
アルクが少し憂鬱そうな顔で腰を上げた。彼は今新しく開拓する世界の事前準備に追われているらしい。しっかりした食事を出来なかったのもその影響のようだ。
「ほらこれ、イニーに渡してね」
「いやあ、何から何まで悪いね」
パンケーキを入れた箱を彼に渡す。タワーで食べさせてあげられないのは残念だが彼女ならそれでも喜んで食べてくれるだろう。
「それじゃあごちそうさま。また来るね」
彼はマルクとメルクの頭を軽く撫で急ぐように部屋を飛び出していった。別にもう来なくていいが、来たときはご飯くらいは作ってあげようかな。
「失礼します」
彼と入れ替わるようにして今度はセラがやってきた。彼女を見るなり椅子に座ってだらーんとしていた双子がピシッとするのが分かった。
「シャルル様に少しご同行願いたく参上しました」
「は、はい!」
あまりかしこまった話し方をされるのは苦手だ。こっちもつい緊張したような会話をしてしまう。
「ありがとうございます。ところで、そこの双子はいつまで仕事をサボっているのでしょうか」
セラが一瞥しただけで二人は彼女の横をピューッと逃げるように通り過ぎていった。無理もない。まだここに勤めて日数の浅い私でも彼女の気から分かる。
この人に逆らったら何されるか分からない。
「では参りましょうか」
「ひゃい……」
獄吏の彼女に、ビクビクし体を縮こませて連れられていく今の私の姿は罪人そのものだ。
「あ、あのー、今少し不機嫌でいらっしゃったりします?」
エレベーターを待っている間私は恐る恐る彼女に問いかけた。少し前、所長室の前で別れた時とは明らかに雰囲気が違う。何かを押さえつけているかのようなピリピリとした空気。
「分かりますか?ああ安心してください。確かに不機嫌ですが貴女のせいではありませんので」
私はそれを聞いて吐息をこぼした。自分へのヘイトじゃないと分かっただけで体の緊張の五割ほどが解けていく。
到着したエレベーターに乗り彼女は二階のボタンを押した。幽遠地がある一階、居住区の五階以外はまだ知らない私にとっては初めて見る、未知の階層だ。
「……いや」
セラは振り返ると私の背後の壁に手を突いた。お互いの息がかかるような距離で、ただ私の目だけを見つめていた。
「やっぱり貴女のせいですね」
それが彼女が私に見せた初めての笑みだった。
- 11 /19-
[*前] | [次#]
■にじくも小説投稿地■
ALICE+