最初の審判第二階層
「着きましたよ、ここが私の担当です」
第二階層『清算工場』。約一万五千人の罪人を抱える、エクステリアで第二位の収容数を誇るエリアだ。この監獄のアパレル産業、食品加工、金属加工などの製造は全てここで行っているという。第一階層の連中が基本遊んでいるためここにシワ寄せが来ているらしい。
つかつかと早足で歩くセラに着いて行きながら私は周囲を見渡した。ミルクでも零したかのように床も壁も天井も、作業員の服や機械でさえ一面純白に染められた世界。ガラスの向こうでは流れてくる麺をひたすら仕分けする作業が進められていた。
「何でここは白一色なの?」
「汚れを分かりやすくするためです。作業は清潔な環境で行うのが何よりも大事ですから。なにせ製造はこの階層だけで回しているのでひとたび問題が起きると一大事になります」
そうか、もし問題が発覚してここが業務停止になるとここも含め、他の階層にも物資が行き届かなくなってしまうのか。フードコートから大半のメニューが消えてしまうと考えるとかなり深刻だ。
その後私とセラは無言で歩き続けた。実のところ、今の私は早る気持ちでいっぱいいっぱいだった。エレベーターでかけられた彼女の意味ありげな言葉は何だったのか。もしかするとヤバい場所に呼ばれようとしているのではないか。しかし彼女のあの笑顔から悪意は感じられなかった、と思う。そう逆説的に考えるとあのシチュエーションからして、別の意味で危ない気もするが。
しかし私はこの前相手を信じ、受け入れていこうと誓った。もちろん全てを全てそうするわけではないが、仲間ですら信じられない奴にそんなことが出来るわけないに決まっている。
だから仲間を、友達を、人を大切にしていこう。あの時の思いはもう、したくないから。
「こちらです」
角を曲がった所にある一室に入る。中では一人のおじいさんが黙々と何かの作業をしていた。服は他の人と同じ白なので罪人だろうか。
「要望通り連れてきましたよグラン」
「ようやく来おったかい」
作業を止め、おじいさんはゆっくりと私の前に来た。少し小柄だがそのガッシリした体には目を見張るものがある。肉体年齢なら若者にもまだまだ食らい付けていけるだろう。
頭は寂しいことになっているが。
「なるほどなるほど」
彼は私をあらゆる角度から眺めながらしきりに頷いていた。まるで値踏みするかのように、頭からつま先まで余すことなく。
「ふーむ、もうちょっと欲しいところだなあ」
彼の手が私の胸に触れた。それはあまりにも突然な事だったので何をされたのかすぐには頭が理解できなかった。
「っ何すんのよ!」
私は渾身の回し蹴りを放ったがエロジジイは両手で私の足を両手で受け止めた。やはり筋肉は伊達ではない。
「ふっ……なかなかの蹴りだな……アダッ!」
「なにカッコつけているんですか」
ゴッという鈍い音を立てセラのチョップがジジイの脳天に直撃する。ジジイは地面に倒れピクリとも動かなくなった。流石に壁を軽々とぶっ壊した彼女の攻撃をモロに受けたとあったら心配になってくる。
「し、死んだりしてないよね?」
「手加減はしました。八割くらいの力で」
「脳みそ揺れたわボケェ!」
彼はフラフラしながらもなんとか立ち上がった。
「このゴミムシは奈落行きで構いませんね?」
「構いません」
「待て待て待て!わしが悪かった!ちょうど良い大きさに訂正しよう!」
問題はそこじゃないのだがこれ以上やっても不毛になりそうだったので、構えを取っていたセラを引き止め彼の話を聞く事にした。
「ありがとよお嬢ちゃん。そういや自己紹介がまだだったな。わしはグラン。ここで獄吏の服を製作しているしがない老人だ」
「え、獄吏の服ってここで作ってたの!?」
「はい。獄吏の服は特殊な繊維を使う分簡単に出来るものではないものでして。……気に入りませんが彼の技術なしでは作れないのです」
でもセラさんはその技術の持ち主を結構本気で奈落行きにしようとしてましたよね?
「あれ?けどグランって罪人なのよね?」
「……ああ、罪人だ。わしはずっと罪人のままが良い」
どこか遠くを見つめるような目でグランは小さく呟いた。彼の話からして罪は清算したがそれでもここに居座り続けているのだろうか。
「ともかく、シャルお嬢ちゃんの情報はセラから聞いた。だが身長の数値や見た目だけ言われてもその人向けの服の形は決められんからな。だから悪いが直接来てもらったというわけだ」
「それで、これで作れるのでしょうね?」
「ああ。明後日までには間に合わ……」
「明日です」
「いや……」
「明日です」
セラの威圧にグランは折れて明日までに作ると項垂れながら話した。もしこういう人に言い詰められたら私も断れる自信はない。
「ここで折れる時点で不可能なことではないんですよ。本人に死ぬ気で働く気概があるかどうかです」
最終的に死ぬまで働けと言われそうだ。
ブツブツと文句を垂れながら作業を始めたグランにしばし同情の眼差しを向け私たちは部屋を出た。
「おう、服は出来そうか?」
外で待ち構えていたミニエルを見て足がたじろぐ。彼は身の丈ほどある大鎌を背中に携えていた。
「明日には出来ます」
「一日か。お前のことだからどうせ無理言って期日縮めたんだろ?」
私は大鎌から目を離せなかった。どす黒く不気味な見た目だが、どこか安らぎを感ぜられる。二人の会話など毛頭耳に入ってこない。
「シャル!行くぞ」
私は何かに背中を押され、前を進んで行く二人の後を追った。よく分からないが、あの鎌を見るのはやめたほうが良さそうだ。都合がいいことにセラの体があれへの視界を妨げてくれていた。
滅菌か何かのガスを浴びた後私たちは生産ラインの現場に入った。ここの作業員は流れてくる缶詰の中身の量を調整しているようだ。
「ここなんだな?」
「流れを考えるとこの工程以外の可能性は限りなく低いかと」
「そうか」
ミニエルは小さく吐息を漏らし、靴を鳴らして周囲の注目を集めた。
「作業しながら聞け。今さっき第一階層でここの缶詰を食べたやつが死亡する事件があった」
彼の言葉に作業員たちは一瞬動きを止めた。彼らが明らかに動揺しているのが見てとれる。
「あら、貴女は意外と驚かないんですね」
私の耳元でセラが囁いた。
「……死は身近にあったからね」
斬殺や撲殺などの処刑を始め、謀殺や毒殺等ももちろん身近で起きていた。全ては我が一族繁栄のために、と。
あの頃の私は本当にただの人形だった。
「だからこれから犯人を捜し出す。といってもお前らはオレの問いに『はい』か『いいえ』だけ答えてくれりゃあいい」
彼は一番左側にいる青年に近づいた。青年は指示通り作業を続けているがその体は小刻みに震えている。
「お前がやったのか?」
「……いいえ」
「よし。じゃあ次」
ミニエルは同じことを一人ずつに聞いて回った。もしかして自白を求めているのだろうか。自分から罪を告白する可能性などほぼ存在しない気がするが。
「……ここにはいねーな」
「では夜勤組か休日組でしょう。居住区から呼び寄せるので少々お待ちを」
彼女は電話をかけ始めた。なんでもライン一つ一つにそれぞれリーダーを用意しており、彼らとは常に連絡を取れるようにしているそうだ。普通の看守と囚人にはまずあり得ない光景である。
「すぐに集めると言っていました。外に出て待ちましょう」
数分と待たないうちにぞろぞろと人がやってきた。ざっと数えて十四人はいる。眠っているところを叩き起こされたのか半目で髪も整えていない人もいる。セラは彼らに理由を説明し一列に並べた。
そしてさっき同様一人一人にミニエルが質問していく。
「左から五番目のテメェ以外戻っていいぞ」
「はぁ!?俺!?」
三十代くらいの男性一人を残して団体は帰って行った。その残された男性はというと非常に焦った様子であたふたしている。
「じゃあ早くいろいろとゲロっちまえ」
「いやいや俺そんなことやってねえって!だって毒だろ!?俺にそんなもの作れると思わないだろ!」
「騒ぐな」
必死に反論する彼の首元に大鎌の刃がピタリと当てられ男は静かになる。さっきまで真っ赤だった顔を急に真っ青に転換しつつしきりに唾を飲み込んでいた。背中からではミニエルの顔を見ることは出きないが、いつもの少し能天気な彼ではないことは雰囲気で分かる。
「オレは相手の言ったことが嘘か真実か分かるめんどくさい体質でね。わざわざお前に説明することではないがうちの新人には言っとかないと後で何言われるか分からないんでな」
つまり彼は嘘を見破る能力といったところなのだろうか。そう考えているとさっきアルクが話していたことを思い出して合点がいった。お調子者で冗談の多いアルクにとっては嘘を見抜くミニエルとは話しづらいのだろう。
「ど、毒は、拾ったんだ……」
彼は一言一言絞り出すように話しだした。
「『麻痺毒』とだけ書かれた紙と小瓶が、缶詰ラインの外の長椅子の上に、置かれていたんだ。今は俺のベッドに、隠してる」
ミニエルがこちらに一瞥をくれるとセラがどこかへ走っていった。誰もが憧れるアイコンタクトというやつだ。
「俺はそんな人死にが起きるなんて思わなかった!ただストレスが溜まってたからちょっと入れてみただけなんだ!」
「経験だ、シャル。今回はお前が決めろ」
私は大きく息をつき目を閉じた。昨日と同じ状況。ただ昨日とは明らかに違う。被害者は私ではなく見ず知らずの罪人だ。しかしそれでも命だ。人間や、神や、他の罪人と同じ、一つの命なのだ。それが理由もない、本人曰く殺すつもりはなかった行動で失われてしまった。私はこのことを客観的に、冷徹に見なければならない。
きっとミニエルは私がどんな判断をするのか分かっているのだろう。分かっていて、下したくない判決を私にさせようとしている。私に自分の下した裁決の重みと責任を味わわせようとしている。
目の前の男を見る。涙と鼻水をだらしなく流し懇願するように首を小さく横に振っている。私はその光景を見て怒りよりも同情よりも、苦笑が浮かんできた。
「判決は……」
振り向くミニエルと目が合う。彼の瞳が私を待っている。言葉の続きを待っているように、同時に急かすように。
全ては私のためだというのは分かっている。分かっているつもりだ。でもこの人は、ズルいや。
「奈落行きよ」
刹那、私の前を風が吹く。
背中越しではミニエルの顔ははっきりと見ることが出来ない。けれど私には彼の口元が笑っているような気がした。
- 12 /19-
[*前] | [次#]
■にじくも小説投稿地■
ALICE+