消えるもの、残されるもの
第二階層



私は罪人がいた場所をしばらく眺めていた。
ミニエルの鎌によって首を落とされた罪人は刹那にしてその体を消滅させた。まるで、初めからそこには居なかったかのように。そこにあるのは消えるまでに流れ出た血溜まり。
彼は私の胸には残り続けるだろう。私が最初に裁きを下した相手として。その判断の是非を永遠に問い続ける役割として。
早まっていく心臓の鼓動を押さえつける。知らない間に涙が頬を伝って流れていた。

「シャル、よくやったな」

ミニエルはポン、と私の肩に手を置いた。大きくゴツゴツした、男らしい手。今までに何人もの罪人を裁いた手。しかしそこには確かに、温もりがあった。
いまだ実感が湧かず立ち竦んでいると、セラが息を整えながら歩いてきた。呼吸こそ荒いが汗や髪の乱れ等は全く見られない。

「調査結果を報告します。例の男の部屋から聴取の通り、紙片と毒を発見しました。紙片は第一階層のスタンプラリーカードでした」

今回の件の実行犯は毒を拾ったという。つまり毒を置いたもう一人の犯人がいるはずだ。

「つまり第一階層から繰り上がってきた人が犯人ってことになるのかしら?」

「いえ、第二階層の囚人でも休日は遊びに行っていいことになっています」

「じゃあ今日までに休日だった奴を洗えばいいんじゃないか?今月分のスタンプラリーが始まったの二日前だからな」

「いえ、それがこのスタンプラリー、二ヶ月前の物なのです。確かあの月は新アトラクションが次々と出来たのでかなりの囚人が遊びに行っていたはずです」

一ヶ月分まるまるの人数を一人一人洗うのは現実的ではないだろう。更にその月は新アトラクションが次々と出来たので、遊びに行った囚人の数もいつもより多かったとセラは言う。

「別に俺が全員に聞いて回ってもいいぜ?能力の副作用とかもないし、時間はかかるだろうがきっと見つかるだろ」

「私は様子見を提唱します。こういったケースは恐らくまた繰り返すでしょうし、その都度新しい情報を手に入れて追い詰めていくのがベターだと思われます」

「うーん、その方法もアリだな。オレが面倒臭くないし。シャルは何か提案はないか**って調子悪そうだな」

「うん……」

一応考えようとはしている。しかしここにいると思考がまるで深い霧の中を彷徨い歩くようにアッチコッチとまとまらない。それだけ私は目の前の液体に注意を向けられていた。

「シャルもこんな感じだし今日は帰るか」

そうしてくれると嬉しい。今でも胸がいっぱいいっぱいだ。

「では私は業務に戻ります」

「一応シノブを近くに待機させとけよ」

「了解いたしました」

このようなことがあっても微塵も動揺する素振りを見せない二人に安心感と、ほんの少し恐怖を感じた。私もいつかこんな風に人の死に対してあまり感情も抱かなくなるのかと思うと。
私はエレベーターに乗り込み鏡を見た。なるほど彼の言葉通り、私の顔は疲れ切っているようだった。その影響かエレベーターの外で何かがこちらに手を振って……。

「んん!?」

慌てて後ろを振り返るが誰もいない。無情なエレベーターによってもう一度確かめることは出来なくなった。

「今の黒いのは……」

「ん?……ああ鏡でシノブが見えたのか」

ミニエルは髪を整えていた。ハネが気になっているようでしきりに梳かしているが何の成果も得られていない。

「シノブは第三階層の担当の獄吏だ。本体は基本的に三層にいて、アイツは自分が生み出した分身を他の各階層に配置しているんだ。気配を消すのも得意で実はさっきまでオレ達の後ろに張り付いていたんだぜ?」

「ええ!?」

確かに助けてくれた時も消えたり現れたりを繰り返していたが、あれは気配を消すどころの話じゃないと思う。空間移動の能力を持っていると言われてようやく納得出来るクラスだ。

「先日の件以来、分身には影からお前の警護をしてもらっている。知ってる通り第一階層の奴らなら束になっても勝てないだろうな」

分身でこれなら本体はどれくらい強いのだろうか。

「一人で山の神を討伐したり一国を落としたりしたと聞いてるぞ。おかげで神々に目を付けられて特殊部隊を送り込まれ、ここに収容されたともな」

「……やりたい放題ね」

人間だったころから神を倒すとは恐ろしいやつもいたものだ。神霊化させたら神の中で最強と言われるあの人とどちらが強いのだろう。でもあの人の本気見たことないしなあ。そのように考えていると自然と笑みがこぼれてきた。

「少しは元気になってきたようだな」

「え?」

言われてみると気分も大分落ち着いてきた。体の強張りや胸の突っ掛かりも幾分無くなって軽い。本調子とは言えないが考えたり頭の中を整理したりは出来るだろう。
エレベーターが止まった場所は第一階層だった。昨日と同じ騒がしい歓声、陽気な音楽のはずなのに、今日の私の心にじんわりと染みついていく。

「ほら、今日の残りは遊んで気分晴らしでもしてこい」

後ろから腰を軽く押されてエレベーターを追い出される。振り返ったころにはもうエレベーターの扉は閉ざされていた。
彼は気を遣ってくれていたのだろうか。シノブの武勇伝みたいな話も、背中を押さなかったのも。ただ本人は嘘が嫌いだそうだからシノブの話は脚色していない実話だと予想される。

「……それはそれで怖いわね」

私は手近なメリーゴーランドに向かった。これはジェットコースター、観覧車に次ぐ遊園地の花形とも言えるだろう。
入り口の近くには遊具の説明の看板とゴーグルが並べかけられていた。

「仮想メガネで他では味わえないリアルな乗馬体験を、あなたに。マーベラス社より夢をこめて……」

またマーベラス製品と聞いて嫌な匂いがプンプンするが、今乗っている罪人たちは心底楽しそうに跨っている。彼にしては珍しい当たり製品なのだろうか。

インターバルが来たので私はゴーグルを手に馬の遊具に乗り込んだ。私が選んだのは白馬だ。何故かラクダや自転車、ダチョウなどの選択肢もあったが乗る人はいるのだろうか。
アナウンスが入り自動でベルトが閉められる。かなりキツめのようで下半身は身動き一つ出来なかった。過去に事故が多発したため強制的に装着させるようになったそうだ。
次にゴーグルとヘッドフォンの着用を指示され私は目を見開くことになった。きつね色の大地に、点在する背の低い木。カラッとした太陽が本当に現実の私の喉を乾かせるかのごとくジリジリと照りつけている。ゴーグルの解説によると一般的にサバンナと呼ばれているらしい。
更に他にも視点はあるらしくボタンを押すと青々とした草原、砂漠、高山、砂浜、街中、レース場等、視点が次々と切り替わった。このアトラクション一つで様々な旅が出来るといっても過言ではない。
私は草原を練り歩いた。流石に風に抱かれる感覚はないが自然音と風景がその代役を大いに果たしてくれている。自転車とラクダがさっき走っていたが気にしないことにしよう。
私は十分間という長くも、短い体験を終え余韻に浸っていた。マーベラス製だからと疑ってごめんなさい。欠点のないすばらしい製品もあるんですね。

「……おい、お前大丈夫か?」

「うう……レースで最下位取ったらよ、自分の乗ってた馬が食肉に加工されていく映像を見せつけられたよ……」

やはりマーベラス製は期待は裏切らなかった。罪人たちの会話により私の晴れ晴れした心に再び暗雲が差し掛かった。

「ちょっとそこのアンタ」

複雑な心境で次のアトラクションを探していると背後から声をかけられた。少し身構えながら後ろを見ると小さな女の子が不機嫌そうな顔でこちらを見ている。

栗色の髪に毒々しい印象のバイオレットのリボン。着用しているドレスもまた毒カエルをイメージしたような奇抜な配色のデザイン。囚人服ではないので訪問者と取れる。

「アンタ見た感じ獄吏関係の人よね。今すぐここの責任者呼んでもらえるかしら」

「所長を、ですか?」

「あんなウソ発見器にしか使えなさそうな奴に用はないわ!この遊園地の責任者を呼べって言ってんのよバカ!」

プチンと頭の中で何かが切れる音がした。

「失礼ですがあなたのような口の悪いガキにわたくしから申し上げられることは何もございませんわ」

「ガキ!?アンタ、このアタシ『ミラクルマター』リーゼロッテをガキ呼ばわりするの!?」

「たいそうな肩書きですが、そんなものあなたを守ってくれはしませんよ。そうだ『ダークマター』とかどうです?これならその名を聞いた者は恐れおののき、あなたにひれ伏すかもしれませんよ」

相手は顔を真っ赤にして今でも噴火しそうだ。それにしても罵りを混ぜつつ敬語で話すのは相手を煽るのにうってつけだ。前世で執事がたまにやってきたから、いつか自分もやってみたいと思っていた。想像以上に楽しい。

「わ、わ、わー!シーちゃん何やってるの!」

「落ち着いてリゼちゃん!」

マルクとメルクが血相を変えて駆け寄ってきて相手の口にわたあめを突っ込む。すると不思議なことに耳まで赤く染めていた少女がみるみるうちに沈静化していった。

「顔は覚えたわ。次会ったら覚悟しなさいよ」

尚もイライラしながら彼女は獄吏二人を引き連れて去っていった。いったい何だったのだろうか。二人の親友ってわけではなさそうだし。
いまいち再び遊ぶ気になれなかった私は居住区へ帰ることにした。時間もいい頃合いだ。夕食を作ることにしよう。

「おー、帰ったか」

扉を開けるとミニエルがダイニングで冷凍みかんを食べながらくつろいでいた。それよりも似たような光景を昼頃に見たばかりなんですが。

「しかも勝手に人の冷蔵庫開けてるし」

「小腹空いてたんだよ、許してくれよー」

全然悪びれた様子は見られないがいろいろと世話になってるしこれくらいは見逃そう。私は冷蔵庫と相談して献立を決め、食材をキッチンに運び込んだ。
ミニエルは好きなスポーツ番組をポチポチと切り替えていた。

「で、ここで何してるの?」

「ん?夕食出来るの待ってる」

はい?

「お前俺に言ったよなシャル。食生活を改善したほうがいいって」

「う、うん」

「俺には改善の仕方が分からない。じゃあ言い出しっぺのお前に作ってもらおう。あれ、これ一石二鳥じゃない?って流れ」

一石二鳥なのはアンタだけなのだけれど。私は二人分の料理で苦労も二倍だな、って感じです。
しかし確かにこれは私の責任でもある。今日だけは作ってあげて、明日からは料理のレシピでも渡しておいて自分で作ってもらおう。
私は材料を追加して調理に入った。食材アレルギーや嫌いなものは無いそうなので存分に好き放題出来る。嫌いなものがあったとしても無理してでも食べさせるけど。

「ところであのボードゲーム何だ?悪趣味だなあオイ」

アルク持って帰ってなかったのね。ていうかよく見たらサッカーゴールも置いていってるし!

「アルクの置き土産よ……」

「なに、あいつ来てたのか。挨拶くらいして行ってくれればいいのに」

ミニエル側も特段アルクを嫌っているわけではないようだ。やはり彼らの能力と性格が見事に噛み合っていないだけなのだろう。こんな感じで長い間共存してきたというのだから驚きだ。

「あっ、そういえば第一階層で遊んでいた時、すごく口の悪い女の子がマルとメルに訪問してきてたみたいなんだけど知ってる?」

「口の悪い、ねぇ。名前は聞いてないのか?」

「え、えーっと確か……キイテネーヨ、みたいな?」

確かに暴言を吐く奴だったがそんな暴言みたいな名前ではなかったと思う。

「……ああリーゼロッテか!」

「そうそれ」

むしろ今のでよく分かったわね。

「あいつはアレだよアレ。ああ見えて第五世界の管理者なんだぜ。……ってどうした?」

私は味見していたおたまを落とした。




終わった……。






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