モップ(犬(使い魔))
せかいをつくるもの



田舎の噂話は広まるのが早い。絶対数が少ないことからによる仲間意識がそれに拍車をかけているのだろう。そしてそれは、誰かと共同生活を送る場合にも言える事で……。

「はぁ……」

もう何度目か分からないため息が部屋を埋めていく。気分晴らしにと窓を開けても、横殴りの雨が僕を出迎えてくれた。急いで窓とカーテンを閉め、またため息を漏らす。

「入るぞー。元気……そうじゃあないなどう見ても」

気がつくとラークが部屋に入ってきていた。扉をノックしたが返事がなかったので勝手に入らせてもらったらしい。ノックなんて気付かなかったな……。

「昨日はいろいろと悪かったな、ホント」

「いえ……」

僕が夕食を作っている間にそれは起きた。傷だらけのバッシュを見て怪我の理由を問い質したキール。彼はあの後結局ツァディに生殺しにボコられていたのだ。しかしそこで彼は自分が見た有りのまま全てを話してしまったのだ。こうなってしまった過程を全て。
もちろんそれには僕への誤解が混ざっていた。すぐにラークが弁解してくれたそうだが、みんなに知られることとなってしまったのは覆しようがない。黒歴史としてしばらくは僕の心に残るだろう。

「お前はツァディに気に入られているらしかったからな。何とか事を収めてくれるんじゃないかと思ってカイムに言ってみたんだが……本人であるお前にも言うべきだったな。本当にすまん!」

要は生け贄だったということか。どのみち街一つ滅ぼすような人に暴れられるわけにも行かないし、この選択で良かったのかもしれないな。

「一応誤解は解けたし、もう大丈夫ですよ」

「……そう言ってくれると助かるよ」

彼は少し冷め始めた紅茶をグイッと飲み干し一息ついた。そう、彼は悪くない。悪いのはツァディだし、元を辿れば悪いのはバッシュだし、さらに元を辿れば悪いのはツァディなのだから。

「でさ、この際だから聞くけど……フラクタルは狙っている女とかいるのか?」

「いませんね」

「回答早いなオイ!」

そう言われてもいないものはいないのだから仕方がない。僕は渋くなってきた紅茶を喉に流し込んだ。

「というより家の都合上、恋愛について全く無頓着なものでして。狙っている人、と言われても自分でもよく分からないんです」

「あー、そういやお前貴族だったか。あれか?予め結婚相手が決められていたとか、そういうのか?」

「近からず遠からず、ですね」

確かに結婚相手は決められていた気がする。しかし僕はその人と話したことも、ましてや会ったことすらもない。姉に比べれば僕とその結婚相手なんてほんの小さな価値しかなかったのだろう。
僕は時間が経って赤くなりつつある紅茶を片付けた。

「そういうラークさんはどうなんですか?」

「俺か?まあこの中には好きになりそうな奴はいないな。自由人とかが好きだからな」

ツァディーレなら当てはまりそうだけど、と彼に聞いてみるとどうもあの人は彼のイメージと違うらしい。彼の言う人物とは何でもかんでも好きにやる自由奔放な人、ということでは無いようだ。

「ま、三年あるしその内に好きな人見つけてみるかなあ」

移住者が増えれば増えるほど彼の求めるタイプの女性が現れることだろう。そんな目標を立てて開拓を進めていくのもいいかもしれない。

「じゃ、俺はトレーニングに戻るとするかな」

話を切り上げたラークがドアノブを捻ると外から小さなものが転がり込んできた。

「だ、大丈夫かウルル?」

「はい。平気です」

少し赤くなった鼻を抑えながらウルルは立ち上がった。骨帽子の厚さのおかげで顔面強打だけはなんとか免れたらしい。

「そっか。じゃあ俺は邪魔になりそうだしとっとと退散するかな〜」

意味ありげに含み笑いをするラークが視界から消え、小さな部屋に僕とウルルだけが取り残された。

「どうぞ上がってください」

「はい」

靴を脱いで上がり込んだ彼女はちょこんと僕の隣に座り込んだ。そう、テーブルの向かいもその左右も空いているのに何故か僕の隣に座り込んだ。いったい何を考えているのだろう。
ウルルは特に僕への態度がおかしかった。昨日袋から出た僕が皆に小突き回された中彼女だけは何も言わず、帰るまでピタリと僕の側にずっと張り付いていた。当初は落ち込んでいたのであまり考えていなかったが、あの時彼女は何を思っていたのだろう。

「フラックはその、積極的な女の子は嫌いですか?」

あの時と同じく無言のままにいた彼女がやおらその口を開いた。

「積極的……?」

「えーと、スキンシップが少し激しい人のことです」

スキンシップが少し激しい、か。おそらく僕の姉さん辺りかな。ツァディーレは少しというレベルじゃないし。で、そんな人が嫌いかどうかという話か。

「仲良くなりたいって気持ちで触れてくれるのなら僕も嬉しい……ですよ?」

質問の意図を計りかねる結果、自分でもよく分からない回答をしてしまった。

「なら、良かったです」

何が?と聞く前に彼女は身体を寄せてきた。伸びた指が僕の手のひらの上に置かれる。今までにも何度か触れた、小さな手。

「何か嫌なこととかあったらいつでも話してくださいね。私はフラックの友達ですから」

彼女は慰めていてくれたのだと僕はここでようやく分かった。無言で側にいてくれたのも、このぎこちない所作も、どこか遠慮をしているようにも見える姿も。それらはすべて、彼女の精一杯の励ましだったのだ。

「ありがとう」

僕は置かれたウルルの手を握った。彼女の温もりが手を通じて流れ込んでくる。また力を入れるに応じて相手もそっと握り返してくれた。
そんな応酬を繰り返していると部屋の扉がノックされた。ウルルが言うには少し前からノックされていたみたいだ。慌てて開けに行くとそこにはピンクのナイトキャップを被ったライツが立っていた。しかも何故か半泣きだ。

「すみません、ウルルがここにいるって聞いたんですけど」

「はいはい、いますよ」

「ウルルいたー!調合手伝ってー!」

ウルルを見つけた彼女はパアッと明るい顔になって助けを求めた。素材は集まりはしたものの錬金ができる人手が足りないらしい。それを見たウルルは仕方ないですね、と腰を上げ彼女の部屋に向かっていった。
ウルルとライツ、そしてシオンの三人は昨日女子会を開いて一気に距離が縮まったという。全員が魔法に関わっていたというのも仲良くなった一因のようだ。ちなみに僕はシオンに言われてコーヒーと茶菓子だけ用意させられていた。
そうだ。せっかくだからまた何かお菓子を持って行こう。外が大雨でも関係なく仕事をする彼女たちへのささやかなプレゼントだ。いや、せっかくだからみんなの分を作ろう。
ウキウキ気分で食堂に入った僕にどんよりした空気がのしかかってきた。まあよくある事だ。食事の時以外の食堂は大概何かしらイベントが待ち受けているとこの短い生活内でも学ばせてもらった。まったく今日は一体どうしたというのか。

「おうおうおう!ここは今上位神たちの会議スペースだ!部外者は出て行きな……あっ、そこ掴まないで」

駆け寄って威嚇してきたモップの首根っこ……多分首根っこ辺りを掴み持ち上げる。それより久しぶりに見た気がするなこのモップ。

「うう……怒鳴りたいのに安心感から怒鳴れない……」

やはり見た目通り犬は犬らしい。これからノワールがうるさくなったらこうするとしよう。

「というより最近見かけなかったけどどこ行ってたの?ウルルの使い魔じゃなかったの?」

「ちと後輩の様子を見に帰郷してたんだよ。そしたら何かとんでもない事に巻き込まれそうになってすぐに帰ってきたんだ。あと下ろして」

ノワールの頼みは無視して僕はこの淀んだ空気の元凶であるカイムとテトラトリィに近づいてみた。二人して何か呪詛のようなものを呟いていてなかなか僕に気づいてくれない。

「何があったの?」

「第二世界の生態系の圧倒的トップに君臨していたドラゴンが突然引退したんだよ。勝負を挑んできた奴に赤子の手をひねるような扱いをされた上、プライドをズタズタにされたってな。そして次のトップの座を取ろうと様々な種が争いを始め大混乱しているってわけだ」

「へ、へぇー」

どうしよう。こんなことになってしまった元凶にすっごい心当たりがある。そしてまたあの人なのかと呆れてくる。

「大丈夫や!心配する事はあらへん!」

入り口から元凶、ツァディーレが堂々登場してきた。冒険にでも出かけるような格好をし、その背中には大きなバッグを背負っている。

「要は暴れてる奴ら全員黙らせればいいっちゅー話やろ!」

「お願いだからもう何もしないでください先輩!」

肩を震わし涙を流すカイムのその姿に、僕は不覚にももらい泣きしそうになってしまった。またカッコいい男の涙というものも学ばせてもらった。
彼は涙を拭きトボトボと自室に向かって歩いていった。明日の未明に急遽帰ることにするそうだ。せめてものお土産として今日の夕食は彼の好物にするとしよう。

「フラクタル君、実はまだ話は終わらないんだ」

「え!?まだツァディが何かやらかしたんですか!?」

「失礼やなフラ君。ウチをトラブルメーカーみたいに言わんといてやー」

もし百人に聞いたら九十九人があなたをトラブルメーカーと呼ぶ事でしょう。

「うん、こっちの話はツァディのせいじゃなくてね。でもツァディはトラブルメーカーなのは否定しないよ」

怒る気力ももう残っていないのかテトラトリィは疲れたような表情のまま続けた。

「実は一年間食料を提供してくれるはずだった第二世界、カイムさんの世界が食料危機に陥っていてね。しばらく供給を停止させてほしいんだそうだよ」

この時の僕は、このままだと食料が無くなる!やいつから再開されるの?といった考えよりも先にある気持ちが生まれていた。
あの人の世界可哀想すぎやしないだろうか。

「あー!他の世界の管理者に頼むのも気が引けるしどうすればいいんだよー!」

焦燥からか自分の頭をわしゃわしゃするテトラトリィ。この人はいつもストレスを抱えているように見えるが大丈夫なのだろうか。

「ここはウチの人脈の出番やな!」

張り切ったツァディがどこからともなく電話を取り出す。この光景、少し前にも見たぞ……。

「……あっ、もしもし先輩?今ちょっとウチら食料的な意味でピンチなんやけど助けてくれへんやろか。うん、農具と種持ってきてくれたら好きにやってくれてかまへんでー。んじゃ頼んます。ではー」

電話を切り、彼女は僕たちに向かって自信満々に親指を立てた。さっそく明日から来てくれるそうだ。彼女のこの人脈の広さだけは尊敬したいと思う。
だが今回は一つ気がかりがある。それは彼女が呼んだ人物が『彼女の先輩』だということだ。前々魔王のことじゃないから安心してやーとは言うが問題はそこじゃない。トラブルメーカーであるツァディの先輩だというのが問題だ。
案の定、誰が来るかは当日のお楽しみと彼女は逃げた。テトラトリィにも彼女の言う先輩が誰のことなのか分からないみたいだ。でもどうせかなり上の立場の人物なのだろうなと既に彼の胃痛との闘いは始まっていた。

「ところで、食料危機に陥った原因は何なんでしょうか」

「ああ。どうやら水の精霊が酔っ払ってまた大水害を引き起こしたみたいだよ。しかも今回は前回と比べて二倍以上の規模だったみたい。前任の精霊も遊びに来てたからね」

「い、いったいどんな精霊なんですかね……」

カイムの話では雨を欲しただけで大水害を引き起こした奴だったっけ。ウチでいうツァディみたいな存在なのかな。

「小心者とは聞いたことあるけど実際に見たこと無いから分からないねえ。前任ならほら、そこにいるけど」

彼は真っ直ぐ僕の方を指差した。いや違う、厳密には僕じゃない。彼の指は僕の持っていたそれを指差していた。

「え……?」

指差されたノワールは僕に首根っこを掴まれたまま気持ちよさそうにお昼寝モードに入っていた。


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