時をかける作物せかいをつくるもの
空は照りつける灼熱の陽光によって、白く染め上げられていた。
目の前には広大なる褐色の大地。サッカーやベースボールをするには些か大きすぎるグラウンドで僕たちはひたすらに腕を振り下ろす。反作用によって地面から伝わってくる衝撃などとうの昔に感じなくなっている。ついでに感情もなくなっている。
「ペースが落ちてきとるぞーお主らー!」
遥か遠くから声が聞こえてくる。しかしその声の主の詳細な姿などもはや確認することなど出来なかった。
「フラクタル、次の給水所まであとどれくらいだ……?」
隣のレーンでは道具を杖にし、かろうじて立っているといった状態のバッシュがいる。彼も分かっているようだ。一度座ったら最後、もう二度と動けなくなるということを。
「あと……二十回分くらいですかね……」
だがここからさっきまでよりも地面が固くなっているように感じる。その数字以上に苦労するだろうことは誰にでも分かる。
「おっ、ラークも追いついたか……って大丈夫かお前!?」
僕たちより一足遅れていたラークは無言で僕たちを追い抜いていった。きっと何かに目覚めたのだろう。作業をするその目からは一切の光が消えていた。
止めなければヤバイ。彼を追って僕たちも残りの力を振り絞り前へ前へ進んでいった。ああ、やっぱり土質が変わっている。例えるなら今まで絹漉しだったのがここから木綿になったような感じ。
一心不乱に腕を振り、僕はバッシュに遅れて給水所へ辿り着いた。いろんな意味で彼の更に先へ行っていたラークはキールによるドクターストップがかかり、テントの下で横にされていた。瞳孔が開いたまま微動だにしない。
「お疲れ様です」
待っていたウルルが大きな紙コップをくれた。冷たく、キンキンに冷えた透明な液体が僕を歓迎している。僕はストローでそれが体を潤してくれる様子をゆっくりとゆっくりと味わった。……でも何で僕だけストロー?
「ならば一度ここで休憩するかのう」
麦わら帽子を被った少女が椅子にちょこんと座る。漆黒の髪から零れ落ちる、輝く汗。彼女はウルルから渡された水をガブガブと飲んでいった。
この人が先日ツァディーレが呼んだ女性で、メムミーと言うらしい。背格好はシオンやテトラトリィとそっくりのまたまた小さな子だ。しかしツァディーレの先輩というしお年寄りのような話し方をするし、きっとかなりのご高齢なのだろう。どうして神様はこう子供の外見が多いのか。流行りなのだろうか。
「お主らちょっと鍛え方が足りんのではないか?」
「農作業と、修業は、全然、違うんだよっ!」
ラークまでは行かずともかなり瀕死状態のバッシュが彼女に返した。飲むだけでは物足りないのかコップの水を頭から被っている。
「しかし普段使わない筋肉を使ったりして修業にはなるんじゃぞ?ボディービルダーにもなれるぞ?」
なりたくないです。なるなら細マッチョがいいです。
「それにしてもこんなに広くする必要あったんですか?」
「あるぞ。カイムの所から送られてくる食材はお主らだけの食材じゃからな。これから人を増やし、働かせていくためにはまず食料の確保が必要じゃ」
そう言われてみれば、と僕は建設予定地に目を向ける。そこでは僕たちが集め、ライツが調合した資材をせっせと組み立てていく男達の姿があった。謎の機械を次々生み出すマーベラスという会社の特殊部隊だそうだ。部隊とは言うが銃器など持ったことがなく、掃除や建設作業などの雑用ばかりやらされていると本人たちは言っていた。逆に戦闘部隊となると十年間での殉職率が六割を超え、死ぬ時には「マーベラスばんざーい!」と言って死ぬらしい。……社会主義国家なのだろうか?何にせよ怖い会社なのは確かだ。
ちなみに完成させるまでは野宿をしなければならないという。そのせいか彼らの目は血走り、まるで早送りをしているかのような動きを見せていた。
「でもまあ、初日はこんなもんでいいかのう。というわけで次は肥料じゃ!」
彼女はパンパンに膨れ上がった袋をペシペシと叩いた。……酷く不気味な絵とおどろおどろしい文字が書かれている。長く見ていると気が狂ってしまうかもしれない。あと、何やら危険そうなマークもたくさんついているんですが。
「これは第五世界の一部地域で使われている肥やしでな。あらゆる作物の成長速度を数百倍にしてしまう代物なんじゃ」
そこまで行くと便利を通り越して怖く感じるのは僕だけだろうか。
「これを耕した土にどんどん撒いていけ。ただし絶対に素手で触っちゃダメじゃぞ?この特殊な道具を使うんじゃ」
深緑色と紫色の入り混じった不気味なスコップを手渡される。なんですかこの超硬合金みたいな材質の物は。それに片手持ち用だというのにあり得ないくらい重いんですけど。
「触ったら?」
「量によっては命を落とすのう」
冗談を言っているような顔には見えなかった。これ以上落とす命などあるのかは知らないが、細心の注意を払うに越したことはない。それにこれは無理、あれも無理と言っていたら何にも触れなくなってしまうだろう。常に命を懸けて仕事する人々に敬意を送りたくなった。
「あれ?僕の水は?」
さっきまであったはずのコップがない。周囲を見渡すとウルルがストローで水分を摂取していた。その顔はほのかに朱に染まっている。
「お構いなく」
いやそれ僕の水だったんだけど。でも少し顔も赤いし、もしかするとこの暑さに参っているのかもしれない。僕自身は残りを飲み干そうと思っていただけなので別に構わないや。
作業再開。僕たち三人は来た道に肥料を撒いていった。ラークは脚と腕がもうボロボロで動けないということをキールから伝えられた。何故僕もボロボロにならなかったのだろう。でもここでぶっ倒れたら土まみれ……しかも例の肥料も体にかかってしまうから絶対に倒れるわけにはいかない。足を止めたら死ぬ。
「なあフラクタル、飯はまだか……?」
「いきなり何を……うぇぇ!?どうしたんですかバッシュさん!?」
げっそりとした顔で立ち尽くすバッシュ。その膝にはべったりと例の肥料がこびり付いていた。
「おーおー、やってしもうたか」
メムミーはバッシュについていた肥料を払い、その身では想像もつかない力で彼を救護テントに連れていった。あのカイムですら担いでいたというのに彼女はその小さな手のひらの上に乗せて運んでいる。もうそういった規格外の力にはあまり驚かなくなったが、一体どこからそんな力が出ているのか。
「さて、続きをするぞ」
帰って来て早々、何事もなかったかのように肥料撒きを続けるメムミー。いややっぱりおかしくない?工場や高所作業ならともかく農業で人死の可能性があるっておかしくない?しかも肥料撒きだよ?むしろ自分たちが肥料になる場合もあるとか……。
「こ、この肥料って何なんですか……?」
「これか?これはトキカケ君という肥料じゃ。ちょっと振りかけるだけで野菜の収穫までに必要な栄養分、水分を補える代物なのじゃ。しかしこれの真の効果は肥料自体にかけられた術にあってな。時間魔術によって通常の何倍ほどもの速度で成長させられるんじゃ」
「うん……?」
「例えばスコップ一杯分の肥料を与えることによって、その農作物は一秒で三日分くらい成長する」
ああ、それなら分かりやすいです。じゃあ大根なら一秒で芽が出たりするのかな、どうなのかな……。
「いや、超危険物質じゃないですか!」
バッシュがあんな風になったことを理解した僕は思わず突っ込んでしまった。きっとあの時あそこにいたバッシュは、実際にはこの肥料の影響で何時間もの先にいた彼だったのだ。今夜の彼ならまだしも、もし数日後の彼だったとしたら……。
「便利なものほど危険と言うしのう」
僕が狼狽える中ケラケラと笑うメムミー。やはり神様にとっては人の命など取るに足らないものなのだろうか……。
それにしても僕がこんな時ですら燕尾服なのはある意味良かったのかもしれない。暑いのだけはどうしようもないが。
土を掘り起こすよりかは楽なのもあって行きの半分くらいの時間で肥料撒きは終わった。死と隣り合わせじゃなかったらもっともっと早かっただろうに。
「まさか三人の中でお主が残るとは思わなんだ。頑張ったのう」
「は、はい……」
メムミーから労いの頭撫で撫でを受けたのち、僕はスタート地点で待っていたライツから水を受け取った。彼女の隣ではレシピとにらめっこしながら鍋を混ぜるシオンがいた。
「シオンさんは錬金術出来そうなんですか?」
「うーん、簡単なものなら出来ますがそれ以外は厳しそうですね……。特に何もかもを理論で組み立てようとしている部分が出来ない理由かと」
科学を理論、魔術を感覚の領域とすると、錬金術は理論と感覚のちょうど中間の立ち位置だと彼女は言う。自分、更には師匠ですら今でもよく分からないで作っているものもあるらしい。しかしそれでもシオンは言う。分からないものを解明するのが科学者たる者の使命なのだと。
「でも私は錬金術をする人が増えて嬉しいかな……」
彼女はそうポツリと漏らした。世界でたった二人しかいなかった錬金術師。
「僕にもできるかな?」
「……なかなか難しいでしょうね。レシピを見てなんとなーく理解出来る人か、何でも感覚で作れてしまう人じゃないと」
でも頑張ったらきっと出来ますよ、と彼女は続けた。彼女とシオンは前者、彼女の師匠とウルルは後者の人間という。確かにどちらでもない僕には厳しそうだ。こういったのは適材適所、ということで。
「よしフラクタル、種蒔きをするぞー」
「あっ、はい!」
メムミーに呼ばれて僕は畑に急いだ。なんということでしょう。あれほど固く、なかなか鍬を受け入れなかった地面。それが今や足を踏み入れるとズブズブと飲み込んでいくではありませんか。
「さて、ここからは楽しい楽しいボーナスタイムじゃ。ちょっと手を出してみぃ」
言われた通りに手を差し出すと左手には茶色の種を五粒、右手には園芸用のハサミを握らされた。
「それは大根の種じゃ。まずはそれら五粒を同じエリアに置くのじゃが、その前に説明しておくことがある。長いからよく聞いておくのじゃぞ」
彼女はすうっと息を吸った。
「まず種を蒔いたらすぐに手を構え、生えてきた芽が三つほどに間引く。そしたらまたすぐに芽が大きくなるのでここで一番元気そうな芽を残し残りを全て間引く。最後に白い根がいい感じに伸びてきたところを引き抜けば収穫完了じゃ。肥料の量にもよるがこの間、およそ二十秒といったところか」
「二十秒!?」
しかも最初の数秒の間引きが勝負の分かれ目となるらしい。この処置の円滑さによって美味しい大根になるかどうかが懸かっているのだ。
「ちなみに抜くタイミングは少し早めのほうが良いかもしれぬぞ。遅かったら花が咲いてしまうからのう」
「食べられなくなるんですか?」
「まあそれもあるが一番の理由は種が出来るからじゃな」
食べられなくなるのが問題じゃなくて種のほうが問題?一体種が出来て何の不都合が……。
「あっ」
僕は彼女の言葉の意味を理解した。それと同時にこの肥料を開発した人のイカれ具合を改めて認識した。
「じゃあ、行きます……」
メムミーにとって畑は癒しの地。生命の場だという。
しかし僕にとってはさながら踏んだら最後、次々と連鎖爆発を引き起こしていく地雷原のようなものに思えた。
- 8 /17-
[*前] | [次#]
■にじくも小説投稿地■
ALICE+