超便利な袋
せかいをつくるもの



一面真っ青よりも、ポツリポツリと白が点在しているほうが好きだ。雲一つない空を眺めていると時々そう思うことがある。

「おはようございます」

「おう、おはよーさん」

元気の良い掛け声と共にウルルが現れる。骸骨の帽子は今日もピカピカに磨かれ太陽の光を反射していた。
彼女は昨日の件以来、人が変わったように明るくなったと思う。それほどまでにあの一件に彼女の心は押し潰されていたのだろう。そして、きっとこれが本当の彼女なのだろう。
変わったといえば彼女に対して気持ちよく返事をするバッシュもだ。今まで彼女に向けていた敵意が嘘のように、初めて出会った時の好青年ぶりを見せている。
真実を知った彼は今までの非道を詫び、彼女に向かって頭を下げた。すべて俺が悪かった。気が済むまで罵ってくれていいしいたぶってくれてもいい。俺はそれほどまでのことをした。
それに対し彼女は一切責めもせず、彼に手を差し伸べて告げた。それなら今からでもいいから私と友達になってほしい、と。
……という会話を昨日二人から逃げ切ったツァディが隠れて聞いていたらしい。良い話なのにその情報源が元凶から来ているのだと思うと何とも言えない気持ちになる。

「上手くいったみたいだな」

仲良く会話している二人を見ているとラークがひそひそと僕に話しかけてきた。彼もまた僕と同じ、二人のことを心配していた人だ。彼いわく今のバッシュの機嫌もいつも以上に良いらしい。

「まっ、待たせたな」

息を切らしたカイムが寮から出てくる。その背中には白い、大きな袋をぶら下げていた。

「何だそれ。サンタクロースか何かか?」

こんな大きかったら煙突に引っかかるに違いない。

「……この中ではツァディーレ先輩が寝ている」

「よし下ろせ。今すぐそこに下ろせ」

「待て待て待て!そんなことしたらほんっと洒落にならん!」

拳と杖をそれぞれ構える二人に片手が塞がっているカイムはたじろいだ。どうやら彼らのツァディに対する復讐心はまだ収まっていないらしい。

「先輩は気持ちよく寝ている時に叩き起こされるのが一番嫌いなんだ。昔人間の町に遊びにいった時、夜うるさいからとその町丸ごと滅ぼしたことがあるくらいだ」

「あ、その話聞いたことがあります」

「だろ?本当に何をしでかすか分からんのだ。現に一昨日だって……まあこの話はいい」

もうこの人破壊兵器か何かなんじゃないだろうか。しかも相当にめんどくさいやつ。

「ならば一撃の元葬り去れば良いんじゃないでしょうか」

「いや、ウルルが言ったら冗談に聞こえないからやめて?何かあったら俺も本気で危ないからな?」

その後もカイムの必死の説得し続けたことにより二人はなんとかその場を収めてくれた。この人も気苦労が絶えない可哀想な人だ。

「よ、よし。さっさと木材を回収しに行こうじゃないか」

周囲を常に見渡しながら一番後ろを歩きたがる辺り、やはりツァディに対し最大限の注意を払っているのだろう。場所が場所なら不審者と思われても致し方ない。
僕たちは彼に急かされ寮の裏手に広がる大森林に向かった。かなり近くにあるというのにこっち方面はまだ誰も言ったことのないエリアだ。というのも鬱蒼とした木々が太陽の光を遮り、昼間だというのに暗い独特の雰囲気だったからだ。
そしてあっという間にたどり着いた僕らはその規模に改めて言葉を失った。どこまで続いているのか分からない木々の群れ。何の用意もなしに入ったら最後、二度と出てこれなくなるかもしれない。

「うひゃー。でっけーなー」

「さて、どこから手を出したもんかね」

「そうだな。道を切り開くという面でも直線を作るように伐採していくのが良いのではないか?」

男三人が木々の様子を確かめているとき、僕の服がクイッと何かに引っ張られる。見るとウルルがこちらを見上げていた。

「昨日のこと、テトラトリィに聞きました。あなたがあの場を用意してくれたと。……本当にありがとうございました」

「そんな、気にしないでください。それよりも仲直り出来て本当に良かったです」

ぺこりと頭を下げるウルル。僕はその小さな頭を撫でた。スベスベしていて気持ちいい。……ドクロが。

「これからも宜しくお願いしますね、フラック」

ウルルは顔を上げないままそう呟き、みんなの元へ走っていった。流石に頭を撫でられるのは恥ずかしかったのかな……。そう思いつつ僕もゆっくりと彼らの元へ向かった。

「お、来たか。これお前の斧な」

バッシュから手渡されたのは手斧だった。そのずっしりとした重さに思わず腕が引っ張られてしまう。なるほど切れ味は十分にありそうだ。

「……でもこんなの切れるんでしょうか」

幹の幅だけでも大きい人の幅を軽く超えそうなんだけど。

「まあラークと一緒にやればいいぜ。俺たちは一人で出来るからさ」

そう言って彼は呼吸を整え、大木に向かって剣で斬りかかった。ギギギっと音を鳴らして木がおもむろに倒れていく。やがてそれがズシンと音を立て横たわるころには、既に彼は次の木を斬る準備にかかっていた。

「凄いですね……」

「だろ?アイツ剣術の修業を木でやってただけあってこういうのは得意なんだぜ。……まあでも今回は相手が悪そうだなあ」

ラークの視線が捉えた先には片手で剣を振りバッサバッサと木を斬り倒していくカイムの姿があった。まさかそんな、まるで豆腐を切っているみたいだ……。またその隣ではウルルが氷の剣を持ち、切り倒された木の枝をこそぎ落としていた。

「よくもまあ、いとも簡単に斬りやがって」

「お前も筋はいいからもう少し修業すれば出来るようになるかもな」

多分これはカイム的には褒めているつもりなのだろう。でもそれバッシュには挑発と受け取られているみたいですよ?

「ま、俺たちはそれなりに頑張ろうぜ」

「ですね」

バッシュのギャーギャー騒ぐ声が遠ざかっていく中、僕たちは自分のペースで木こりを進めていった。数えてみると僕たちが一個倒すのにバッシュが五個、カイムが九個は倒していた。カイムの場合手加減をしているようなので本気を出したらもっと凄いのかもしれない。

「あっ」

僕たちが三本目の木を切り倒した時、事件は起きた。じんわりと倒れていく木の先にはツァディが入った袋が。

「ふんっ!」

すぐに危機を察したカイムが傾いた木を受け止め軌道を横に逸らした。袋との距離はほんの数センチ、間一髪のところだった。

「先輩は、これが当たったくらいじゃビクともしないだろうが、起こさないように気をつけてくれ」

息を切らす彼の目はマジだった。本当にゴメンナサイ。
そんな彼の背後に突如として轟音が響き渡る。その時の振り返ろうとした彼の顔はこの世の終わりだと告げているように思えた。

「あー、ヤバいなー当たっちゃったなー」

バッシュのわざとらしい棒読み。その隣ではウルルが彼に向かって親指を立てていた。一瞬の静寂。

「……あれ?」

木々の隙間を縫うように風が流れ込んでくるのに違和感を感じた。切り倒してきた背後から吹くのなら分かるがこれはおかしい。さっきまで無風状態だったのに。絡みついてくるような嫌な空気に僕の体は恐怖を覚え始めた。

「もうダメだ……おしまいだ……」

「いや、まだ可能性ならある」

地に膝をつくカイムにラークがこっそりと話しかける。絶望に打ちひしがれる彼だったが一筋の光を見つけたのかラークの説明を熱心に聞き入れた。

「……賭けてみるしかないだろう」

カイムはすっくと立ち上がった。迷いを断ち切り覚悟を決めた漢の目だ。今頼れるのは貴方しかいない。どうかお願いします。

「すまない、フラクタル君」

「えっ?」

彼の言葉の意味を完全に理解する前に僕は襟を掴まれ袋の中に押し込まれた。袋の口を閉じる動作が早すぎる。もしかして餌?僕は餌なの?
柔らかく温かいものが僕の右頬に当たっているのを感じ、おもむろに顔を上げる。そこには体をプルプルと震わせるツァディーレの姿があった。もしかして、彼女の怒りにとどめを刺してしまったのでは……?

「ツァ……」

「フラくーん!」

大喜びでのしかかってくるツァディ。僕は彼女のその行為を甘んじて受け入れた。ただでさえ二人も入って狭いのだ、無闇に暴れようものなら体を痛めかねなかったからだ。

「怪我はないですか?」

「なんやウチの心配してくれるんか。ええ子やなホンマ〜」

彼女自身もそれが分かっているようで、いつもの激しいスキンシップに見えてところどころに遠慮をしている感が見受けられた。
しばらく人形のようにジッとしていると、満足したのか彼女は身体を起こして空間を広げた。それにしてもこの袋は不思議だ。触り心地はどこにでもあるようなオックスの生地っぽいが、それでも既存のものに比べて頑丈過ぎる。いくら動こうが破れたり解れたりする気配が全く見られない。

「この袋はライちゃん特製の錬金袋でな。重量制限を超えない限りどこーまでも広がることが可能なんや」

この袋の素材採取にはツァディも関わっているらしく、あたかも自分が作ったかのように解説にも熱が入っている。

「頑丈なものが良い言うからちょっくら第二世界のドラゴン狩ってきたんや。いやー、指一本で倒せる思てたのにまさか二本も使うとは思わんかったわー」

……そのドラゴンが強いのかどうかは置いとくとして、この人は本当に思ったことを後先考えずに実行する人なんだな。そしてカイムの言っていた一昨日のこととはおそらくこの事なんだろう。
彼女は付属された様々な機能も紹介してくれた。無菌空間だの重力の大きさがかなり小さい空間だの。つまりは俗っぽく言うと便利な異空間のようなものらしい。他にも何やら凄い事を言っているっぽいが僕には理解できなかった。

「あの、そろそろ出ませんか?」

差し当たって彼女のご機嫌とりの任務は完了したと言えるだろう。早く仕事に戻らないと。

「でもこの袋、壊す以外やと外からじゃないと開かんで?防音機能も付いとるしな!」

そんな機能付けて欲しゅうなかった。しかも中で安眠できるようにと彼女がライツにワガママ言って付けさせたらしい。

「まあ防音機能言うても完全にシャットアウトするわけじゃないから大丈夫や。ここはウチに任せとき」

そう言って彼女は大きく息を吸い込んだ。

「あっ、ダメやでフラ君!こんなところでそんな!」

僕はとっさに彼女の口を塞ごうとした。しかしその手は彼女によって抑えられ身動きが取れなくなってしまう。

「んっ、フラ君!そこだけは、そこだけは堪忍や……!ああっ!」

「助けてください!痴女があらぬ疑いをかけてこようとしています!」

ここできっぱりと否定しておかないと僕の未来はない!それにしてもこの人、無駄に色っぽい演技をするな!?
頭の先から光が漏れ出す。誰かが袋を開けてくれたのだ。早く開けてくれ。そしてこの光景をしかと見てくれ!
その時、彼女はニヤリと悪どい笑みを浮かべた。と同時に抑えられていた腕の抵抗がふっと無くなった。



「……おーい、声漏れてるぞー」



僕の両手はツァディのその豊満な胸を押し付けていた。



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