お熱
せかいをつくるもの



ドタバタと慌ただしい朝の時間、僕は一人ベッドで横になっていた。既に部屋の独特な臭いにも僕の鼻は慣れてきていた。

「こりゃ風邪だね!」

食堂に向かう途中倒れた僕を、キールは自室に運んでこのように告げた。僕の腕に繋がれた管の先では点滴がポタ、ポタと重力に従い落ちている。ちなみに特に理由はなく「注射を刺したかった」だけらしい。

「雨の中で仕事していたらこうなっても仕方ないよね」

職人たちの住居が完成したと同時に降りかかってきた強い雨。僕はメムミーに連れられて畑にビニールハウスを被せたり水捌けを良くしたりの作業をしていた。また、完成祝いに特殊部隊の方々に温かい鍋を持っていったのも原因なのかもしれない。とにかく雨で体を冷やしたせいだと彼は言う。

「それに君は少し働きすぎかもなあ。料理、掃除、仕事の手伝いと休んでいるところあまり見ないし。いわゆるアレ?頼まれたら断れないタイプ?」

確かに余程のことで無い限り断らない、いや断れないだろう。そういう風に教育を受けているので。

「何にせよ君はもう少し自分のことも労るべきだね。そんなんじゃいつか本当に体が壊れるよ」

「……はい」

僕も少しずつ変わらなければならないのかもしれない。
僕は重大な病気でも無さそうだとのことでキールは素材採集の仕事に戻っていった。世話をしてくれる人を置いていくと言っていたが一体誰を寄越してくれるのだろうか。
彼が出て行って少しもしないうちにドアがコンコンとノックされた。隙間からハラリと溢れるピンクの髪と淡い緑の瞳をチラッと覗かせる。彼女、錬金術師布教家のライツはそわそわした様子で入ってきた。その手には大きめの土鍋を持っている。

「えと、何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとうございます」

コクリと小さく頷いた彼女は土鍋を地面に置きぐるぐるとかき混ぜ始めた。これから増やしていく住居の材料を作るらしい。そういった理由で基本この寮にいるのでキールに看病役として抜擢されたと彼女は言った。
しかしキールは僕が働きすぎと言ったが彼女はどうなのか。ここ最近ずっと釜の中をこねくり回しているイメージしかない。

「あの……何か用事でしょうか」

気づけば彼女と視線が合っていた。相手は少し不安そうな表情を浮かべていた。

「ご、ごめん。最近いつ見てもライツさんは錬金術ばかりしているけれど疲れないのかなと」

「疲れますよ。でも適度に休憩はとっていますし、それに錬金術が大好きなので多少の疲れはやってたら吹っ飛びます……が」

彼女は突如声のトーンを落とした。

「最近、少し自信がなくなってきたかもしれません。着実に成長してきているシオンと爆発物に限っては既に私と同等の力を持っているウルル。それに対して私は今より先が全く掴めなくて……」

いつか二人に追いつかれるのが怖い、と彼女は言った。二人の圧倒的な成長スピードもその気持ちに拍車をかけているのだろう。彼女も見えないところで苦悩しているみたいだ。

「行き詰まったら別の見方を探しましょう」

「別の見方、ですか?」

「はい。今までやったことのない事を試してみたり、一度わざと離れてみたりするのもアリだと思うんです。詰まれば詰まるほど苦しくなっていくと僕は思います」

レールの上からでは見えないものが、きっとある。それが一体どんな結果をもたらすのかは誰にも分からない。
けれど、ただその場で立ち尽くしているよりかはいいんじゃないか。

「そう……ですね。少し考えてみます」

彼女は自分に言い聞かせるように何度も小さく頷いた。良かった、少しは明るくなってくれたみたいだ。

「でも疲れているといえばフラクタルさんもですよ。たまには趣味とかで息抜きをしたら如何です?」

「趣味ですか。……釣り、ですかね」

屋敷の近くにあった大きな湖。特に言いつけがなかった時にはそこで釣り竿を垂らしながらぼんやりしていた。餌もつけていないのでまず魚はかからないが、ゆらゆらと揺れる水面を見たりその中を泳ぐ魚を見ていることが好きだったのだと思う。

「釣りですか、なんだか楽しそうですね。良い水辺を見つけたらみんなで釣りをしてみるのもいいかもしれませんね」

みんなで、か。今まで一人でやっていたけど多人数でやったことはなかったな。様々な人のスタイルが浮き出てきて面白いかも。

「あっ、そろそろおしぼり冷やしますね」

すっかり熱くなってしまったおしぼりが氷水に浸けられる。案の定、額に乗せられた時体がビクンと跳ね上がってしまった。また汗をかいているからとライツは首筋や顔も拭いてくれた。

「フラ君!ああフラくーん!」

あまりの気持ちよさにうっとりとしていた所でおしぼりのマスク越しに聞きなれた声が聞こえてくる。

「そんな……ウチを置いて先に死んでしまうなんてー!」

「ひんでふぁいから」

「フラ君!?先生!フラ君が生き返りましたぁー!」

コイツ、地味に僕の手のひらをこそばして来てる。微妙に棒読みだし演技なのは明白だ。
嵐のように現れた彼女はその後テトに引き取られていった。仕事のし過ぎでストレスが溜まっておかしくなったらしい。あれがおかしくなったというのならば彼女は常におかしいということになりそうだけど。

「フラクタルさんって、ツァディーレさんとそういった関係なんですか……?」

「違います違います。何故か知らないけど彼女はよく僕をあんな風にからかいに来るんです」

「そうですか」

彼女は今のせいでヨレヨレになってしまったおしぼりを再び濡らした。心なしか嬉しそうに見える。

「やっぱりお疲れに見えますよ。少し眠ったらどうです?」

「……では、お言葉に甘えさせてもらいます」

どっちが使用人なのか分からなくなってきた。今言えることは、僕が彼女のために出来ることは早く熱を治して元気になるということだけだ。




「じーっ……」

「ウルル!?」

「ライツだけズルいです!私も錬金術しながらフラックの看病します!」

「ウルルは爆発物しか作れないでしょ!?それにフラクタルさんは今から寝るんだから!」

残念だけどしばらく眠らせてはくれないみたいだ。でもそれでいい。昔と違って今の僕は少し騒がしいくらいの方が好きだから。


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