飲み過ぎ厳禁せかいをつくるもの
一日ぶりの太陽がその存在を主張するかのようにジリジリと僕に降りかかる。ツァディーレが言うにはそろそろ暑さのピークを迎えるということだ。
僕が熱で戦線を離脱している間にいくつか分かったことがある。まずメムミーはそこそこ料理ができること。農業が好きなだけあってか野菜の扱い方に関しては一級線だ。欠点としては野菜料理以外を作らないことだがそこはテトラトリィがカバーしたという。
またキールは薬草学をかじっていた事があるらしく、近くで生えていた薬草っぽいものを拾ってきてくれた。そう、「薬草っぽい」ものを。見たことないけど私がいた世界で似たようなものが使われてたから大丈夫大丈夫!と言って押し付けてきた。念のためシオンに化学分析をしてもらったところ特に害のある成分はなかったとのことだが。僕としては安全性よりも既に化学分析が出来る域まで発展しているシオンの部屋の方が気になる。
あともう一つ分かった事が、ライツがかなりの甘党だということ。実はちょくちょく目が覚めていたのだがその度彼女がお菓子を食べていたのを目撃していた。僕が知っている限り夕食までの間に三回。その割には彼女は夕食も残さず食べている。意外と食いしん坊なのかもしれない。本人に聞くのも野暮な話なのでこの事は僕の心の中だけに留めておくことにした。
「フラクタル君こっち手伝ってー」
「はい!」
切り落とした木をその場でバラし、袋に詰め込んでいく。運んでも運んでも、終わりが見えない。
というのも今日は全員で住宅の素材集めに来ていたからだ。木を切り倒す係、運びやすいように分解する係、それを運ぶ係。みんながみんなそれぞれの役割を果たすことで、初めてやった時など比べ物にならないほどのスピードで作業が進んでいく。僕とテトラトリィはその中でも運ぶ係をしていた。
「だーっ!常に集中状態を保てと言われても出来ねーよ!」
「まあいきなりやれと言われて出来るもんはそうそう居ないのう。手っ取り早く覚えたいなら猛獣の群れの中に飛び込んでみるとかが効果的じゃぞ」
バッシュはメムミーから剣術を教わっていた。ツァディーレの話ではこのメムミーという女の子、神の中でも強さランキングの上位に君臨する者だそうだ。初めは疑っていたがカイムよりもスパスパと、まるでハサミで糸を切るかのように大木を切り倒していく姿を見て真実だと理解した。しかもアレでほんの一握りの力も発揮していないというのだから驚きだ。
ラークとキールも負けていない。シオンが開発していたというチェーンソーで着実に木を切り倒していっている。ただしエネルギー源は魔力だそうで元々魔力量の少ない彼らは結構な頻度で休憩に入っていた。そしてライツからのドーピ……精神剤により再び働き出すのだ。
それらを運びやすい形に整えるのがシオンとウルル。ウルルが氷術で作った刃でいらない枝や葉っぱを削ぎ落とし、シオンがチェーンソーで運びやすい大きさに刻んでいく。ちなみに元々チェーンソーは四つあったのだがウルルが起動させた直後魔力暴走を起こして壊れてしまったらしい。同じ魔法使いで、かつ神でもあるツァディーレが持っても壊れなかったというのに。
「ウチは特に魔力のコントロールが上手いからなあ」
そう言う彼女は一人、彫刻にハマっている。最初は何もしていなかったのだが突然何を思いついたのか倒れた原木を手刀で刻んでいった。その時テトラトリィは彼女の手の先から風の力を感じると言っていた。見えないほどに洗練され鋭利化された風がチェーンソーやウルルの氷刃にも引けを取らないほどの切れ味を放っているだとかなんとか。
「完成や!」
彼女が完成品を起こす。自信満々にお披露目されたそれは等身大の彼女の彫像だった。う、上手すぎる。何してんだかと呆れようとも出来ないくらいに僕たちは彼女の作品に目を奪われていた。
「お主、相変わらず美的センスだけはいいのう……」
「せやろせやろ。この調子で皆のも作ったるで〜」
……彼女が役に立っているかは別にして、何もしないよりはマシなので良しということにしておこう。
「オレ様のも作ってくれよなツァディちゃん」
「あん?ノワールは後でフラ君にひじきでももらってきて丸太にでも被せればええやん」
「ひじきじゃねーよ!この美しい毛並みをひじき言うなよ!セッティングに毎日一時間はかけてんだぞ!」
意外と身だしなみはしっかりしてたんだなこのモップ、いやひじき。これで性格さえ良ければ可愛がるんだけど。
「おーい、そろそろ休憩と洒落込もうぞ」
前方でメムミーが声をあげる。その傍らにはボロ雑巾のような姿で倒れこむ切り込み役三人の姿があった。それらを回収しに近づくとキールとラークの二人はうわ言に薬、薬をと呟いていた。やっぱりこれ麻薬か何かなんじゃないだろうか。
「この薬は魔力枯渇による精神的な疲労は解消できても体力的な疲労は取れませんからね。でも飲んだら気分がハイになるんでそれが分からないんでしょう」
もしかしなくても麻薬だった。用法、用量を守れば大丈夫とライツは言ってるけど、このゾンビみたいな状況の二人を見てどう納得しろと。というよりキール、医者なら途中で気づいて!
「結構奥まで来たねー」
「そうじゃな。ちなみに目を凝らしてみたが、もうあと三十本くらい切り倒せば森を抜けられるぞ」
僕が見ても樹々が生み出す暗闇しか見えないがメムミーには何か別なものが見えているみたいだ。
「つーかあと三十本くらいならぱぱぱっと終わらせようや」
「ワシ一人で斬れと?出来んこともないが面倒くさいからパスじゃパス」
出来るのか……。いやむしろ神様だったらこれくらい出来て当たり前なのかな。前に来ていたカイムもなんとなく出来そうなイメージだし。
「ちぇー。じゃあウルルがやってや。それくらい出来るやろ?」
「三十はちょっとキツイかもしれません。火炎魔法でなら出来ないこともありませんが」
その場合は辺り一帯に火が燃え移ります、と彼女は淡々と答えた。それに対し構へん構へんとそのまま準備に入ろうとする彼女達をテトラトリィは必死になって止めた。彼らは強大な力を持つ故やることなす事スケールが違う、というのがテトラトリィの魔法使い像らしいがなるほど理解した。ある意味近接職よりも大雑把で脳筋なのかも。
「しょうがない奴やなぁ。じゃあ水魔法で頼むわ。足りない分はウチやノワールが補助したるから大丈夫やで」
「ちょっ、何でオレ様まで」
彼の話を無視し、ツァディーレは人差し指をピンと立てぐるぐると回し始めた。それを見てノワールも渋々同じように前足をグルグルと回した。
「あの、何をしているんでしょうか」
「ウルルの周辺に水分を集めているんやで。空気中、大地、草木、あらゆる場所に存在している水分を少しずつな。ほら地面見てみぃ」
ウルルの立っている地面を見るとそこには小さな水たまりが形成されつつあった。本人はそれに見向きもせず、小さな杖を取り出して天高く掲げている。また、ツァディーレは逆に僕たちが踏んでいる大地はさっきまでより乾燥し始めているはずだと言った。ちなみに魔力耐性の少ない人からも水分は吸収されお肌がカサカサになる可能性もあるとのこと。それを聞いたライツはかなり遠くにバックしていった。
「よし!今だウルル!」
僕たちの方をチラッと見た彼女はコクリと頷き、杖を大きく振りかざした。
「ペネトレイター!」
彼女の言葉と共に杖先から水のレーザーが放出され大木を貫通させた。一体どこまで伸びているのかはここからでは目視できない。しかし彼女が右から左へゆっくりと杖を動かすに連れ、あれほどの大木が徐々に傾いていく。やがて自分の重みに耐えきれなくなった木々は隣の木々にその体を任せるように倒れていった。あまりの衝撃が真下の地面にまでビリビリと伝わってきている。それは気を失っていたバッシュ達すらも叩き起こすほどのものだった。
目の前の障害物が全て無くなったのを確認した彼女は水を止め、その場に膝をついた。そのまま目の前の泥水に倒れこもうとする彼女を僕はすんでのところで引き起こした。
「大丈夫ですか!?」
「久々に大きな魔法を使うと疲れました……」
そう言いながらも彼女はすごく満足そうな顔をして笑っていた。僕は彼女を近くの木にもたれ掛からせた。
「……こりゃまた、とんでもない奴を見つけたのう」
感心するように顎をさするメムミー。しかしその言葉とは裏腹にあまり驚いている様子は見受けられない。僕も含めみんな未だに驚きを隠せず、とりわけバッシュとテトラトリィに至っては空いた口と目が塞がらない様子だというのに。
「……敵に回さなくて良かったな」
少し隣ではその固まるバッシュの肩をラークがぽんと叩いていた。
「フラ君ー!ウルルだけじゃなくてウチらも頑張ったんだから褒めてやー!」
「そうだそうだ!コントロールするのも難しいんだからな!」
「はい、二人もお疲れ様でした」
右側から飛びかかってきたツァディーレと足の上で跳ねるノワールを適当にあしらう。だんだんとスキンシップが激しくなり体の自由が奪われていく中、僕の左腕だけはずっとウルルに抱きつかれていた。
「おーいお主ら。あまりイチャイチャせんと道も開けたことだし、さっさと先に進もうではないか」
「あっ、はい……んん!?」
ツァディーレの体から顔を抜けたところで僕はまたまた驚きの光景を目の当たりにした。さっきまでそこには倒れた、もしくは隣に寄りかかった木々があったはずだ。しかし今あるのは持ち運びやすいように綺麗に切られた丸太。
そんな馬鹿な。目を離した間は一分もないはずだ。見ていたであろう人に話を聞こうと振り向くと、そこにはバッシュの肩を叩いて首を横に振るラークの姿があった。そのバッシュは涎を垂らし痴呆が進行していた。
僕はまだ動けないウルルを背負った。いや多分動けるんだとは思う。なんか縁起臭かったし。しかしライツの薬が効かなかったというのは本当みたいだ。魔力を回復させハイな気分になるはずなのに「不味いですね」の一言で済ましたウルル。ウルル本人の見立てでは完全回復させるにはあと百杯以上は必要らしい。恐るべし、ウルカ族。それよりもやっと出口だ。
「大きい……」
僕の背中からひょっこり顔を出してウルルが呟いた。長く暗い森を抜けた先で僕たちを待っていたのは広大な湖だった。かなーり遠くに陸地が見えるのでギリギリ湖と認知できる。
「よしっ、どんな感じかちょっくら見てくるわ!」
バッシュを皮切りにみんな次々と湖のほとりへ向かって走り出した。さっきまでの疲れなど何のそのだ。
「もうすぐ暗くなるからキリのいいところで帰ってくるんだよー!」
もはやみんなのお母さんであるテトラトリィ。メムミーはその隣で「若いってのはいいのう」と一人黄昏ていた。
「フラクタル君は行かないの?」
「ええ。夕食の支度がありますし。それにウルルも少し休みたいようなので」
やけに強く抱きついてきているし、そういうことなのだろう。今日の夕食は彼女の好物にしよう。喜んでくれるといいな。
森に入る直前、僕は夕陽に向かって走っていくみんなの背中は楽しそうだ。しかし何だろう、一抹の寂しさが僕の胸を突いていったのだった。
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