明日への道、拓けたせかいをつくるもの
まだ夜の暗さが微かに残る早朝。私は急いで身支度をして部屋を飛び出した。
「おはようございます」
エントランスではフラクタルさんとウルルが椅子に座って待っていた。彼が私の部屋にノックをしてから結構な時間が経っている気がする。
「お、おはようございます!……その、お待たせしてしまってすみません」
「いいんですよ。僕もまだ半分寝ぼけていましたし。……ウルルさんもまだ眠たそうですし」
「んにゃ、れむたくなんてないれすよ」
ウルルは目を閉じては開けての繰り返しをしている。彼女は元々こんなに早く起きる予定ではなかったのだ、仕方がない。
明日はみんな休むようにと、私たちは昨夜休日を言い渡された。フラクタルさんがこの前倒れたことを反省して、テトさんが急遽考え出したらしい。
なので私はフラクタルさんに釣りのお誘いをした。せっかく良さそうな湖を見つけたのだ、彼が好きだったという釣りを一緒にやってみたいと思ったのだ。そして向こうも快く承知をしてくれたので今日の未明に出発しようと約束をしたのだった。
しかし私はあまりの興奮とドキドキからなかなか寝付けず、ようやく眠りに落ちたのは布団に入って三時間後といったところだった。だって初めてだったから!同年代の異性と待ち合わせをするなんてこと!
そして寝坊しかけた所を、いや寝坊した所をフラクタルさんのノックで目を覚まし今に至る。歯はしっかり磨いたと思うけど口臭は大丈夫かな。髪はどこか跳ねてたりしてないかな。
「じゃ、そろそろ行こうか」
彼はウルルの帽子にデコピンをして起こした。彼女はフラクタルさんが私のドアをノックする時にちょうど目が覚めたという。そして何をしに行くのかを彼に聞き自分もついていきたいと申し出たのだ。
湖への道中は何事もなくすんなりと進めた。少し前にシオンが森の中から凶暴そうな動物の鳴き声を聞いた、と言っていたが今の所そのようなものが出る気配はない。あの人は他人を脅かすのも好きだからもしかしたら私を驚かせるための作り話なのかも。そうならば何のことはない、ただ少し薄暗いだけの森だ。ウルルが何度か木の根っこで転けそうになってる以外は何の問題もない。
「さあ着いたよ。時間もちょうどいいみたいだね」
森を抜け、フラクタルさんが足元を照らしていた灯りを消す。
昨日初めて到着した湖。当初はあまりの大きさにただただ驚くばかりだったが今回はまた違った一面を覗かせている。朝陽が水面を朱く照らす様子はとても神秘的で、思わず息を呑んだまま立ち尽くしてしまうほどの美しさだった。
「実は僕はこの瞬間が好きでして。なのでいつも太陽が昇る前に出かけていたんです」
「私も……今好きになりました」
私だけじゃない。ウルルもほら、私と同様に感極まって立ちすくんで……寝てる!?立ったまま寝てるよウルル!
「それは良かったです」
彼はそう嬉しそうに笑って釣り道具を地面に置いて準備を始めた。私は彼にバレないようにウルルを揺さぶり起こした。起きて!せっかくフラクタルさんが嬉しそうにしてるんだから!
「綺麗ですね……まるでウルカ族が年一度行う水上爆炎祭みたいです……」
何そのお祭り!?名前だけでもヤバいお祭りだってのが伝わってくるんだけど!?
ひとまずはセーフ。どうにか彼に気づかれる前に起こすことが出来た。しかしここまで来たら何でウルルは一緒に来たのか気になる所だ。骸骨帽子を少し外して見たら髪は寝起きのまま、ピンコラピンコラあちこち跳ねまくっていた。
「準備出来ましたよ」
寝ぼけ状態のウルルで遊んでいたら彼から釣り竿を手渡された。釣り、というものを一度もやったことがないので何から何まで彼の世話にならなければならない。なんだか申し訳ない気分だ。
「……あれ?餌は付けずに、ただ垂らすのが好きなんじゃありませんでした?」
糸の先に魚にとても酷似したおもちゃみたいなのが付けられている。これは疑似餌というもので前にシオンに作ってもらっていたらしい。しかも電動で動き、水の中に入れるだけで本当に泳いでいるように見せかけてくれるとか。でもここまで精巧に作らなくて良かったんじゃないかな?なんか目がギョロっとしてて怖い。
「そうですね。でも今はここではどんな種類の魚が釣れるか、それが気になっているもの、でっ!」
彼が釣り竿を思い切り振ると、糸の先に着いた錘と疑似餌は彼方へと飛んでいき水面に着地した。私とウルルもその真似をして投げてみるがどうも上手く飛ばない。全ての力を振り絞ってもフラクタルさんの半分も行かなかった。
「コツがありますからね」
そう言って彼は私の背後に立ち私の手に腕を回した。
「いいですか?力はいりません。手をここに置いて……」
彼が熱心に教えてくれているところ申し訳ないが、その時の私は非常に焦っていた。今まで軽い対人恐怖症だった私が人に、しかも異性に体を任せている。心臓の鼓動が早まり呼吸が荒くなるのが自身でも分かるほどだった。
「あっ……」
彼に身を任せ竿を振ると、今までとは比べ物にならないほど錘が飛んでいった。慌てて糸を巻き取り一人でもう一度やってみる。頭では覚えてなくとも体では覚えていたようで、彼と同じくらいに投げられるようになっていた。
「あ、ありがとうございます!」
彼はにっこりと笑い、次にウルルにレクチャーを始めた。まだ体が火照っているのが分かる。ここまで妙な気分になったのは生まれて……今までで初めてだ。おそらく今は彼の顔も直視出来ないだろう。
「後はかかるのをひたすら待つだけです。動かないよう固定しておけば別の作業も出来ますよ」
彼は道具などを使って器用に釣り竿を固定した。運が良ければすぐかかるし、運が悪ければ一日中かからない、気長に待つものですよと彼はサンドイッチを取り出した。しかも他のみんなの分も作り置きしておいたという。一体私より何時間前に起きていたのだろう。
「ライツさんもどうぞ」
「ありごとうございます!」
私は渡されたサンドイッチにすぐにかぶりついた。あまーいクリームが口いっぱいに広がっていく。またそれを包み込むふわふわのパン生地とザクザクとした食感の、酸味の効いたフルーツが更なる味わいを生み出していた。
「これって……フルーツサンドですか?」
「はい。ドライフルーツを半日ほどクリームに漬けおいておきました。……フルーツは確かライツさんの好物でしたよね?」
そう、私はフルーツ全般が大好き。なので錬金術を用いて、フルーツを使ったデザートを今までにいろいろと作ってきた。しかし錬金術は元の素材本来の味を別の味に置き換えてしまう。人の味覚に合わせた人工的な味に。そのせいで近頃自分の錬金料理にマンネリに陥っていた。
しかし私はふと師匠の言っていた事を思い出した。錬金術はあくまで無機質なものを作り出す技術。だから人の感情などの不確定要素は作品に影響しないし、その作品が後天的に習得することはないだろう。だがもし、もしそれを可能とする者が現れるならばその者は錬金術の真髄を究めたということになるのだろうな。まっ、私はそれを究めてるがな!どうだ、悔しいかライ!悔しいだろ?
私は師匠の言葉など何も考えずにただ錬金術を行ってきた。師匠には敵わないと早々に諦め、
自分が出来る範囲のことだけをやっていた。しかしそれじゃダメだったんだ。
私の錬金料理に……いや、錬金術に足りなかったもの。それは私から作品に込める情熱や愛、私の想いだったんだ。
「……もしかして、美味しくなかったですか?」
「ううん、とっても美味しいです。ありがとうございます」
私は二つ目を手に取った。このパンに挟まれた小さな世界に、いっぱいいっぱいいろんなものが詰まっているんだね。
「ん……メムミーさんたちに呼ばれているみたいなので少し行ってきます」
遠くで神トリオがフラックに手招きしているのが見える。装備からするに彼女たちも釣りをしに来たみたいだ。またツァディーレさんが何かやらかしたのかな。
「ライ、突然雰囲気が変わりましたよね」
フラックが居なくなった直後、今まで静かだったウルルが突然口を開いた。彼女の視線は錘が沈んでいった水面に向かっている。
「うん。いろいろ心のつっかえが取れたから。……ねえ、ウルルってフラックのこと好きなのよね?」
「ええ大好きですよ。フラックが近くにいるともう彼のこと以外何も考えられなくなるくらいには」
やっぱり。最近彼にべったりと張り付いていることが多いなと思ってはいた。しかし答えは予想できていたがこうも率直な感想が返ってくるとは。
「ライも好きになったんでしょう?そういう顔をしてます」
「……うん」
初めはただの優しい人だった。次に唯一こっちから話しかけられる男友達、ウルルのターゲット、そして……今は私にとってもターゲット。
それにしてもそういう顔とはどういう顔なのだろう。場合によってはフラックと顔を合わせるのが少し怖いかも。
「ウルルとは友達だけど……これからは恋のライバルにもなるのかな」
「まあ、そういうことになるんですかね。何にせよ本妻のポジションを渡す気は更々ないですからそこはどうでもいいです」
「わわ、私だって頑張るもん!」
彼女に自分の決意を述べたまさにその時、視界の端で私の釣り竿に振動が走った。かかった!
私は竿を手に取りリールをぐるぐると巻き上げようとした。しかしあまりの引きにリールが全く回らない。
「引きが弱くなった時に一気に巻きましょう」
背後からの声。それと共に私の手に重なるように置かれる温かい手。再び胸の鼓動が早まる。しかし今度は緊張によるものではない。私の胸は初めての共同作業に高鳴りが止まらない。止められない。
「大丈夫。僕も手伝います」
「はい、お願いしますね……フラック!」
二人で巻き上げている中ウルルの方に一瞥を投げてみると、彼女はこちらを見てぷくーっと顔を膨らませていた。
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