ウチウチ詐欺にご用心せかいをつくるもの
長い一日が終わりを告げようとしている。
僕は夕食後の後片付けに精を出していた。隣では手伝いを買って出たテトラトリィが食器を磨いてくれている。ただでさえ人数が多いのでこの申し出はとてもありがたかった。
「今日の料理、なんか高級感出てて美味しかったよー」
「それは良かったです」
夕食は鹿肉のソテーを供した。食堂の戸棚の奥の方にワインがあったのでそれを使いソースを作ってみたら想像以上にコクが出て良い雰囲気を醸していた。反面、長年熟成させていたというワインの所有者であるツァディーレは半ばショックを受けていた。美味しさで喜んでいいのやら喪失感で悲しんでいいのやら、そう複雑な表情をしていた彼女は今思い出しても笑いがこみ上げてくる。
「実は調理の時も手伝おうと思ってたんだけどさ。……調理してる時の君の顔見たら邪魔しちゃまずいと思って引き返しちゃった」
厨房に入ってきていたのか。全然気づかなかった。いくつも並べたフライパンをひたすら巡回したり、鍋のソースか焦げないよう細心の注意を注意を払っていたりと料理のことしか頭になかったせいか。
「分身でも出来るのかと思ったよ……」
使えたら嬉しいけどね、分身。多分作業効率が一気に跳ね上がると思う。
今度からはちゃんと周りを見ることにしよう。例え作業が遅くなったとしても、誰かと一緒に作るのはその人の勉強にもなるし、何より楽しいから。
「あー!パンの耳無くなってる!」
片付けを終えた僕たちが食堂に戻る頃には、テーブルの中央に置いていたおやつが完売していた。サンドイッチを作ったときに切り落としたパンの耳を揚げたものだ。僕なんてまだ一切れしか食べていなかったのに……。
「テト……やっと終わったで……」
唯一居残っていたツァディーレが震える手で書類を持ち上げた。精魂絞りきったという表情だ。
「何さも頑張りましたアピールしてんの。これでもまだ今日僕が片付けた書類の二割も届いてないじゃないか」
「ウチはこういう仕事向いてないんや……」
今日一日、何度か脱走してはテトラトリィに確保されていたという。なんとなくその光景を想像してみると微笑ましいものがあった。
「今さっき風呂沸いたそうだからフラ君も入ってきいや。ウチらは最後でええわ。つーか入る暇あるんかいな……」
ドサッと目の前に置かれた書類の山を見て彼女の目の光が無くなった。手伝ってあげたいところだが僕にはこの文字が読めないので応援してやることしか出来ない。
「そうだ。一つお願い聞いてもらっていいですか?」
「何だい?」
既に仕事モードに入っていたテトラトリィ。彼の手によって書類が次々と捌かれていく。
「ウルカ族についての資料が欲しいんですけど手に入れることは出来るでしょうか?」
「……ほぉー。フラ君は今朝の喧嘩の原因、何か掴め始めたみたいやな」
「何、喧嘩なんかしてたの!?」
知らなかったのかと呆れ顔を彼に向けるツァディーレ。僕は今朝起きたことを彼に伝えた。
「なるほど。それでわざわざ他の世界の資料が欲しいというわけか」
ウルル、バッシュ、ラークの三人は第二世界ファヌの出身らしい。剣士や魔法使いがパーティーを組んで魔王討伐を目指す、ザ・ファンタジーの世界とのことだ。ぜひとも一度行ってみたい世界だ。
「情報を得るにはログに記録を見せてもらうか彼らのトップ、魔王に話を聞くしかないだろうね」
「ログ?」
「世界で起きた様々な出来事を記録している組織さ。僕もこの職に就く前はそこで働いていたんだ。ただあそこ超忙しくてね。今から申請しても資料が届くには最低でも二十日くらいはかかると思う」
二十日……そんなには待てない。今は沈静化しているとはいえ、いつまた争いに発展してしまうか分からないと思うと出来る限り早く解決させたい。
「反面、魔王を呼び出すのは楽だね。事情を話せば快く力を貸してくれると思うよ」
「でも……魔王なんですよね?」
「ああ平気平気。魔王という肩書きの第二世界の管理人だから」
……そこの管理人は何を思って魔王なんて兼業しているのだろうか。もしかしてマゾなのだろうか。
「でも魔王なんかが単体で来たところであの坊やが素直にそれを受け入れてくれるかっちゅー話や」
しばらく黙りこんでいたツァディーレが口を開いた。彼女は書類を脇にはね退け、ピコピコと携帯電話のようなものを弄っていた。
「フラ君はこの事態、どうしても早く終わらせたいか?」
「はい」
「よっしゃ。じゃあちょっと待っててな」
彼女はそう言うと誰かに電話をかけた。どこか当てがあるのだろうか。
「もしー。ウチウチ、ウチやけど。取り急ぎの用事あるから空いてる時こっち来てくれるか?……追い払うのに五日はかかるやて?そんなもんアンタから出向いて蹴散らしてこいや。だから明後日来い明後日。んじゃなー」
何だろうこの詐欺と恐喝が混ざったような一方的な会話。話し相手に同情したくなってくる。いったい誰に電話をしたのだろう。
彼女は続けざまにまた電話番号を入力した。
「もしー。フルちゃん元気ー?突然やけどフルちゃんにたった今ペア旅行券が当たったで。おめでとさん。二日後にそこにいる頑固ちゃんとおいでやー。本人に聞けばどこ行くか分かるはずやで。うん……うん。そんじゃ明後日なー」
やっぱり詐欺じゃないですかねこれ。しかも二回目の人は本当に来るの?もはや騙すというより、こんなのに騙される方がヤバいくらいなんだけど。
「これでバッチリやで。二日後を楽しみにしときいや」
バッチリなんだ……。
「まあツァディーレの交友関係は無駄に広いからきっと大丈夫だよ。それで誰を呼んだの?」
「それはお楽しみ、や」
それよりも二件とも来い、とだけ言って本題を全く切り出さなかったがそこは大丈夫なんでしょうか。
「さて、 じゃあフラ君に依頼料払ってもらおか」
「え?」
「え?じゃなくて。タダより高いものはないっちゅーやん?だから相応の対価を払ってもらうでー。身体でな」
彼女の目が妖しく光る。逃げようと思ったが時すでに遅し、彼女に腕を引っ張られて引き戻される。見た目からは想像もできない凄い力だ。振り解こうにもビクともしない。気のせいか身体からも力が抜けてきた……。
「……もう、好きにしてください」
僕は覚悟を決めた。抜き打ち検査でやってた彼女の行為が脳裏をよぎる。これからアレのハードモードが行われるのだろう。なすがままになった方が嫌な思いをしなくて済むのかもしれない。頭もぼうっとしてきたし。
「よっしゃ!」
彼女は僕を抱きかかえて膝の上に乗せた。来るなら来い。姉さんによって鍛えられたセクハラ耐性を見せつけてやる。
「そんな固くならんでもええんやで……」
彼女は僕の背中から前に腕を回し、優しく抱きついてきた。女の人特有の柔らかさと温もりがダイレクトに伝わってくる。特にさすられているお腹の辺りが温かさを超えて熱いと思えるほどだった。まるで何かが流れ込んできているような……。
「あれ?」
急に身体が軽くなった。さっきまで重りでも乗せていたのかと思えるほどに。今なら最近出来なくなった逆上がりが出来る気がする!
「フラ君のお腹、毒入ってたやろ?死んだ時に中途半端な耐性を得たんやろなあ。ジワジワとなぶり殺すかのように身体を侵食してたで。でももう解毒しといたから安心やで」
彼女が僕の耳元で囁いた。毒のことをすっかり忘れてしまっていた自分が恥ずかしい。もし彼女が解毒してくれていなかったら、自室で独り苦しみながら死んでいたのかもしれない。
「ありがとうございました。……その、何かお礼を」
「ええでええでお礼なんて。フラ君が知らん間に少しずつ借りは返してもらうからなー」
……出来れば分かるカタチで返させてほしい。僕の知らない間に何かが起こっていたとか怖すぎる。
「でもそうやなぁ。ひとまずは敬語を止めてウチのことをツァディって呼んでくれるか。他人行儀なのあんまり好かんねん」
僕にとってはなかなか難しいことだ。執事としての教育が長かったせいもあってどんな相手にでも敬語で話すのが当たり前になってしまっている。上手くできるだろうか……。
「分か、ったよ、ツァディ」
僕は必死に言葉を振り絞った。すると今までお喋りだった彼女が急に押し黙った。やっぱり変だったのだろうか。
「……そのたどたどしさ、たまらんわぁ!」
彼女に思い切り抱きつかれる。僕は彼女の胸が潰れてしまうのではないかと思うほどに締め付けられた。昔にも何度かこんな事もやってもらったな。姉さんとの昔の思い出が少しだけ蘇った。
「まあどうしても無理なら敬語でもええで。ウチはタメで話してくれるほうが親しみが湧くってだけやし」
「頑張って、みる」
この際だ、少しずつ練習していこう。もし彼女と同じ考え方の人が現れたときのために。
「おやおや、こんなところで発情中かな?」
いつから居たのか、気がつくとキールがにやけ顔でこちらを見ていた。僕は慌ててツァディの身体から逃れる。
「そ、その。ツァディに解毒してもらってまして……」
「うう、フラ君がな……赤ちゃんプレイをしたいってウチを脅してきたんや……」
「そこ!嘘つかない!」
よよよと泣くツァディの奥ではテトラトリィがテーブルに伸びていた。さっきから何も反応がないなと思ったら熟睡していたみたいだ。
「それで、キールさんは何か用事でもあったんですか?」
「ああ、うん。シオンちゃんにコーヒーを入れてくるよう頼まれてね。私とシオンちゃんの分のコーヒー、あとライツちゃんの分の飲み物を作ってくれないかな?」
「はい、分かりました」
僕は厨房で依頼通りの飲み物をササッと拵えた。せっかくなのでとツァディとテトラトリィにもコーヒーを注いであげた。彼女はまだもう少しだけ作業をするみたいだ。
彼女にあいさつを済ませた僕は飲み物を盆に載せて彼のあとについて行った。彼に案内されて入った部屋はライツの部屋だった。
「やあ。君も来たのか」
「ここ、こんばんは!」
中には椅子にふんぞり返っているシオンと、彼女に対して小さくなっているライツがいた。もうどちらが部屋の主か分からない。
「ライツさんは紅茶で良かったですか?」
「は、はい!紅茶大好きです!」
どれにしようか迷って結果これを選んだが、喜んでくれて良かった。キールとシオンも美味しそうに口をつけてくれている。キールはシュガーをドバドバ入れまくってもはやコーヒーではない別物になっているが。
「これは何の集まりですか?」
「ライツちゃんの錬金術を見せてもらう会だよ」
そういえば昼に言っていたっけ。ということは素材と変換剤とやらは手に入れてきたのか。
「昼間通りがかったツァディーレに聞いたところ、今錬金術を扱える者は彼女たちが知る限り全世界で二人しかいないそうだ。その貴重な人材の一人が今わたしたの前にいる。興奮してくるな」
確かにすごく貴重な瞬間を僕たちは目の当たりに出来るのだろう。でもそれ以上ハードル上げないであげて。ライツが今にも泡を吹いて倒れそうになってるから。
極度のプレッシャーの中、覚悟を決めた彼女は材料を手に取り次々と地面に置いた土鍋の中に投げ込んでいった。砂、草、小石……見た感じどこにでもあるようなものに見える。彼女はそれらに変換剤と言う謎の液体を加え、とても大きな棒でぐるぐるとかき回し始めた。
「なんというか、凄くシュールな光景だな。鍋の大きさが道具にそぐわないというか」
「い、いつもは大きな釜でやっていたんですけどここで使えそうなのがこれくらいしか無かったんですっ!」
話し方はいつもの調子だったが彼女の目はしっかりと鍋の先を見据えていた。とても集中しているのが窺える。その様子に、僕たちも言葉少なに成り行きを見守っていた。
「……あとは蓋をして三分待つだけです」
「なんか即席ラーメンみたいだね」
そう言われると鍋の形状もあってかそれっぽく見えてきた。火にかけてもいないのにコトコト煮立っているし。
「ああ!シオンさん開けちゃダメです!今開けたら大爆発を起こしてしまいます!」
「ええい離せ!この変換機構が我々にとって重要なセクションなのだ!」
こっそり中身を確認しようとする彼女を必死に引き止めるライツ。こんなところで事故を起こされても困る。僕とキールも加わり三人で彼女を鍋から引き剥がした。
数分間謎の専門用語を羅列する彼女を差し押さえていると鍋からチーンと音が鳴り響いたのが聞こえた。今度は電子レンジ?と思っているとライツが鍋の蓋を開けた。
「出来ました!」
彼女が中から取り出したのは白くて小さな玉だった。コロコロ転がしたら犬や猫が喜んで追いかけそうな、一見なんの変哲もない玉にしか見えない。
「ライツちゃん、それは?」
「薬の素です。治療薬から毒薬まで、大半の薬はこれをベースに作っていくんです!」
「薬だって!?詳しく聞かせてもらおうか!」
キールとライツが二人の世界に入ったところで僕はシオンの様子を確認した。
「なんだ、どうした?」
「いや、もしや落ち込んでいるのかと……」
「まあ少しはな。目的の現象が確認できなかったことは残念だが、未知の世界を垣間見ることが出来たのには違いないからな。変換機構は見られなかったが」
口では平静を保っているがすっごい根に持っていらっしゃる。
「ふむ……独特な絵だな」
シオンは机の上に置いてあった本をペラペラめくっていった。隣から見せてもらうと子供の落書きのようなものがすべてのページにおいて描き込まれていた。とても常人には理解できそうにない。
「文字は違う世界の言語だから読めないが絵だけでも理解出来るようになっているな。しかしこれを書いたやつは天才か……」
どうやら彼女にはこの絵から情報を抜き取れるらしい。ならばと僕も使用方法の部分だけ絵を追ってみた。よく振る、自分に振りかける、人が寄ってくる、そしてベッドへ……。
これ以上考えるのはやめておこう。これと似たような物のページが数ページも続いているし闇が深すぎる。
文字と絵を見ているとなんだか眠たくなってきた。明日に備えて早めに寝るとしよう。
僕は改めて今日一日を振り返った。拉致されたり喧嘩にも巻き込まれたりと騒がしい一日だったと思う。しかしその裏でどこか懐かしく、温かいものが僕の心にじんわりと広がっていくのを感じた。父と母が豹変する前、僕がまだ幼かった頃に同じ気持ちを味わっていたのかもしれない。
僕は別の方法で連れてこられたイレギュラー。あまり仕事に貢献できないかもしれない。場違いな存在なのかもしれない。けれど、努力してみんなについて行こうと思う。どこまで出来るかは分からないが頑張ってみようと思う。
ここは、とても居心地が良いから。
「ちょっといいかライツ。この媚薬についてなのだが……」
「な!ななな!何見てるんですかー!」
彼女の咆哮は他の仲間みんなを集めるには十分なものだった。
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