でも住めるならロッジのほうがいい
せかいをつくるもの



朝食は至高の時間だ。
僕はバゲットを頬張りながらスープを喉に流し込んだ。カリカリとパンの香りを楽しみながら食べるのも好きだし、スープの浮き実にすることで二重の味を楽しむのも好きだ。

「じゃあ、今後の活動について説明するね」

いつもより多めの触角を頭から生やしたテトラトリィが眠たそうな目をこすりながら切り出した。昨夜、途中で起きた彼は今の今まで徹夜をしているらしい。一方ツァディは充分な睡眠をとり元気いっぱいだった。

「第一にすべきことは、人手の受け入れ準備だね。それにはまず彼らのための住居を作る必要がある。まあそれを作るのも彼らだから、僕たちがするのは材料の用意だ」

彼は大きな紙を長テーブルの中央に置いた。彼らの住居の設計図だという。

「この三つから選んでほしいそうだ。ロッジ、集合住宅、もしくは何も建てずに毎日通わせる方法」

最後の選択肢は無いだろう。移動にどれくらいの時間がかかるのかは分からないが、彼らの拠点を作っておくと僕たちにとってもメリットとなる。みんなも同じ考えだったようで候補はロッジと集合住宅の二つに絞られた。

「ロッジと、シューゴージュータクとか言われてもよー、結局は住めたらどっちでも良いんじゃねえか?」

「確かに住むだけならどうでもいいだろう。だが今着目すべきはそこではない」

シオンがもう四杯目となるスープをずずっと飲みながら語る。よほどこのスープを気に入ってくれたようだ。

「今考えることはそれぞれの材料だ」

「……なるほど。ロッジには木さえあればどうにかなるけど、集合住宅には石壁やら鉄筋コンクリートやら多くの材料が必要になるわけか」

キールが感心するように頷いた。ところで先生、暇だからってここで献血パックを補充するのはやめていただけませんか。ちょっと食欲が落ちるんですけど。

「まあ結局は木以外、集められそうにないからロッジしか選択肢ないだろ?」

「いや、集合住宅も多分出来ますよ」

バッシュを始め、ここにいるメンバーのおよそ半数が発言した僕の方を見てくる。そして僕たち残りのおよそ半数はある一人の人物の方に目を向けていた。

「……ですよね?ライツさん」

彼女は錬金術士。ありふれた素材からあり得ないものを作るスペシャリスト。そして媚薬マニア。

「そ、素材さえあれば出来ます……」

みんなの視線が一斉に集まって顔から日を吹きそうな彼女。しかしその様子とは裏腹に彼女の言葉からは確かな自信が感じられる。

「それにロッジだとひたすら木を伐採して運ぶだけの地味な作業になりそうですね。集合住宅だと必要な素材をあちこち探し回る楽しさもあると思います」

「それはいいな。もう少し未知のエリアを探索してみたいと思っていたところだ」

「……お前、ホント冒険好きだよな」

ウズウズするラークの隣でバッシュがため息をつく。実は彼はあのバッシュが呆れるほどの冒険野郎だという。腕白野郎に冒険野郎か……。もしこの二人について行くことになる時は覚悟しておいたほうがいいかもしれない。

「では、作るのは集合住宅ということで良いのだな?」

全員一致の賛成で集合住宅に決まった。

「よっしゃ。じゃあ早速各々で活動を始めてや〜」

事の成り行きを見守っていたツァディが手をひらひらとさせた。彼女の向かいではまたしてもテトラトリィが動かなくなっていた。

「彼を起こさんといてあげてや〜。死ぬほど疲れてるから」

多分その原因の八割くらいが貴女だと思うんですけど。

「よしラーク!どちらが多く素材を集められるか勝負だ!」

そう言って一人で外に飛び出していくバッシュ。相変わらず元気な人だ。

「はぁー、全くアイツの相棒は疲れるなあ」

まあだからこそ楽しいんだけどな、と彼は少し嬉しそうに呟いた。二人は本当に仲が良いのだろう。

「私もそちらに参加していいだろうか?」

シオンがズイッと出てラークを見上げる。ただでさえ背が高いラークと子供サイズのシオンが並ぶと身長差が物凄いことになってしまっている。

「大丈夫だぜ。それじゃ、行こうか」

僕たちは二人がゆっくりと出ていくのを見送った。そして個人的にラークにエールも送った。多分その二人、こういった作業における二大問題児だと思うんで頑張ってくださいと。

「あれ?それより彼ら何を集めるか聞いてなくない?」

「あっ」

これはもう、今日はダメかもしれないね。彼らの分まで僕らが頑張るしかなさそうだ。

「えっと、この世界の素材がまだ分からないのでひとまずは石を中心に集めていきたいです」

石か。数は溢れているだろうが持ち帰るには骨が折れそうだ。出来るだけ近くから採取していった方がいいかもしれない。

「そういやウルル、さっきから何も喋らないけど……」

彼女に話しかけようと振り向いた時、僕は彼女の足元に目が引っ張られた。黒いモップのような小さな毛玉がこちらに対し威嚇している……ように見える。なにせ目も口も隠れていているので詳しい情報が全く分からない。

「……なんだ?このオレ様とやり合おうってのか?」

なんだこの口の悪いモップは。まあ錬金術や魔法があるのだ。今更モップが喋ったところであまり驚く僕ではない。意外と簡単に順応出来るものだ。

「どうした?置いてくぞー」

キールとライツが食堂の入り口で声をかけてくる。

「今行きます!急ぎましょうウルル」

「は、はい」

彼女を連れて僕は彼らの元に向かった。そしてそれに合わせて黒い毛玉も後ろを付いてくる。動物、なのだろうか。それともゴミの成れの果て?
キールが自室にセルフ献血を保存したところで僕たちも出発した。太陽はまだ昇り途中だ。昨日よりも多くの時間を探索に使えることだろう。

「……とは言ったものの、さてどの方角へ向かったものか」

建物を出て一歩、早速その場で立ち止まる。キールの調査では北に森林地帯、西に山岳地帯、南に草原地帯、東に平原地帯が広がっているらしい。あまりウロチョロして迷ったりしないようにするためにも、一方向に絞ったほうがいいと彼は言う。

「最初だから安全そうな平原地帯が良いかもしれませんね」

もし危険な動物がいても、見晴らしが良いので見つかる前に対処したり、見つかったとしても逃げるのに向いている。このパーティーで戦闘が出来るのはおそらくウルルだけなのでこれがベストだと僕は思う。
かくして僕たちは東の平原へ向かうことになった。ウキウキ気分のキールを先頭にライツ、僕、ウルルと縦列になって歩みを進めていく。医者が先頭で良いものかという疑問は残るが当の本人が楽しそうなので良いということにしておこう。
しかしその隊列も長くは続かず、だんだんと各々が自由に行動をし始めるようになった。珍しい草花が目に映るとそこに飛び込んでいくキール、錬金術のレシピとにらめっこしてあらぬ方向に進んでいくライツ。たびたび立ち止まっては何か小さな声で呟き始めるウルル。さっきキールに同情したばかりだが、こっちもこっちでまとまりが無くて疲れるものがある。

「おうおうおう、そこの矮小なる人間」

僕が石を取ろうと手を伸ばしたその時、例の黒モップが僕の手の上に飛びかかった。

「オメー、もしかしなくてもオレ様のこと見えてるな?」

「……見えてないですよ。矮小で海藻みたいな見た目の生物なんて」

「見えてるし聞こえてんじゃねーか!それとオレ様のこの美しいドレッドヘアーが海藻みたいだとぉ!?」

そのご自慢のドレッドヘアーも草があちらこちらに絡みついて無残な姿になっている。僕はその姿を見て鼻で笑ってやった。

「フラクタル、本当にノワールが見えているのですか?」

今までだんまりを決めていたウルルが話しかけてきた。その顔は期待半分、不安半分といったところだった。

「はい。この子が前言ってたノワールってやつなんですね」

「そうです。そうです!彼が私の使い魔のノワールです!」

彼女は顔をぱあっと明るくして満足そうに何度も頷いた。何故だか知らないが心の底から喜んでいるようだ。

「まあコイツだけじゃなくて他にも見える人は何人かいると思うけどな。なあ嬢ちゃん?」

「ひぃっ!私犬ダメなんです!」

「犬じゃねえ!確かに見た目は犬だがオレ様はこの姿をしているだけの使い魔だ!」

ライツが奴から逃げるようにして僕の後ろに隠れる。それにしてもこれは犬だったのか。そういえばモップのような犬が存在すると聞いたことがあったような、無かったような。

「おーい三人して何遊んで……うわっ!」

「グゲッ」

近づいてきたキールの足がノワールの体にクリーンヒットし派手に転倒した。下が草地なので大きな怪我はしていないだろう。

「いってー。何かに躓いたような気がしたんだけど?」

彼は辺りをキョロキョロと見回して首を傾ける。どうやら彼にはノワールが見えていないみたいだ。

「へっ……使い魔は魔力のあるやつにしか見えねえ……。そこのお医者様には魔力がからっきしってことなんだ……ろうよ……」

「ノワール!大丈夫ですか!?」

ガクっと体を横たえるノワールにウルルが駆け寄る。態度は偉そうなのに体が弱すぎるのを見てなんだか可哀想に思えてきた。
僕はウルルを不思議そうに見つめるキールに簡単にノワールのことを説明した。彼も既に錬金術を目の当たりにした効果もあってか、すぐにそのことについて理解してくれた。

「へぇー、使い魔か。でも見えなくても触ることは出来るんだよね?ちょっと触らせてよ!」

ウルルは彼の開いた両手に動かなくなったソレを置いた。

「おおっ!?何もないはずなのにズシっとした重みがあるぞ!もしやポルターガイストと呼ばれた出来事はこういう見えない存在の仕業なのか……?」

見えない存在がみんなコイツみたいな性格だったら可能性大だろう。
感動しているキールの手の中でノワールがモゾモゾと動き始めた。動きはまだぎこちないが大事には至っていないようで良かったねウルル。ほら、早速元気に後ろ足を上げて……。

「やめなさい!」

ノワールの背中を鷲掴みにして地面に置くとすぐに小便を流し始めた。あと一歩遅かったらキールの手の上に未知なる泉が発生していたことだろう。

「ったくオレ様から出るすべての水分は精霊の加護があるっていうのによ」

……こんな奴らが今まで見えなかっただけで実は存在していたかもしれないと考えると恐ろしくなってくる。

「あ、あのぉ……フラクタルさんって魔法使えないんですよね?どうして彼が見えるのでしょうか」

それは僕も気になっていた。昨日の時点では見えていなかった。魔力のあるやつにしか見えないと言うが僕に魔力なんてあるはずもないし。

「魔力なんてみんな持っているもんだ。その多くが使い方を知らないだけでな。それを使えるようになる方法は二つ、血の滲むような努力をするか、強大な魔力源に感化されるか」

「じゃあ、ウルルちゃんの隣に居たからじゃないですか?ウルルちゃんの魔力ってあまり無い私でも感じられるくらいですから」

ウルルは少し恥ずかしそうに顔を俯かせた。今の所彼女の近くに一番長く居たのは僕なのだろう。しかし出会ってまだ一日、近くにいた時間だけを抽出すると数時間程度だ。それで開花するならどの世界でも魔法が横行していてもおかしくないはずだが。
いや、自分でも分かっているはずだ。誰が莫大な魔力源を持っていたのか。誰に開花させられたのか。
しかし今はそれを究明するよりも大事なことがある。

「まあ今はそれよりも素材を集めましょう。帰りの時間を考えたらあまり悠長にやっていられなさそうですし」

「む、そうだな。ついでにもう少し先へ進んでみるか」

僕たちは探索と採取を再開した。しかしさっきまでの雰囲気とは違う。会話をしたり相手を気遣ったりと和やかなものになっていた。みんなの笑い声が風に流れ運ばれていく。一人口数の少なかったウルルも今ではすっかりライツと打ち解けているようだった。キールにはまだ警戒をしている節があるけど。

「おお、凄いなこれは……」

なだらかな丘を登りきったところで僕たちはその光景に息を呑んだ。辺り一面、まるで絨毯のように敷き詰められた花々。そしてそれらを求めて飛び交う動物たち。僕たち人間も、その美しさにきっと誰もが心を奪われてしまう。
この花畑は大自然が生み出した奇跡、また生物の楽園と言えよう。

「この場所……私たちだけの秘密にしたいくらいですね……」

ぽつりと呟いたウルルに僕らはみんな同じ気持ちを持った。開拓が進むにつれこの花畑が壊されるかもしれない……。そう考えると僕たち人間がやっていることの醜さに改めて直面させられるようだった。

「けれど、いつかは必ず誰かに発見されることになります」

その時のためにもここの情報をいち早く集め、それに対応する準備が必要なのだ。この風景を守るために。

「よし、早速採取と調査を始めたいところだが思いの外広そうだ。よって私は二手に別れることを提案する!」

と言いながら既にウルルの肩をガシッと掴むキール。ロックオンされビクッとする彼女を見てノワールが執拗なタックルを彼の足に連打した。

「いたたた!とにかく、私はウルルと組ませてもらうぞ!私も魔術を開花させたいんだ……」

目的はそれか。ウルルもその意図を汲んであげたようで、特に文句も言わず彼の後ろについて行った。なんにせよ、あの二人なら心配はないだろう。
取り残された僕らは自然と目が合った。むしろちょっと心配なのはこっちだったりする。

「ではライツさん、よろしくお願いします」

「よよ、よろしくお願いします!」

ガチガチに緊張した様子のライツ。ウルルとは普通に話していたのになんで僕の場合はこんな感じなのだろう。

「ライツさんって錬金術をどこで学んだんですか?」

僕は採取をしながら彼女に質問をした。出来るだけ当たり障りのないものをと考えるとなかなか難しい。

「私は師匠から教わりました。師匠は世界で唯一の錬金術士だったんですよ」

彼女は話を続けた。

「私は物心ついた頃には既に彼女に育てられていました。王都の片隅で物乞いをしていたのを気まぐれで拾ったそうです。私の父と母のことは私も彼女も全く知りません。……もしかしたら彼女は知っていたのかもしれませんが」

少しまずい質問をしたかもしれない。そう思ったが彼女の顔は意外にも穏やかで、また懐かしむような顔も時々覗かせていた。

「私は錬金術を学びました。最初は彼女への恩返しのつもりだった記憶があります。でも勉強していくに連れ、その楽しさに魅了されていきました。そして五年ほど経ったある日、私は彼女から卒業を言い渡されました。もうお前は一人前の錬金術士だ。これからは私と共にこの道を歩んでいこうと」

良い話だ。ライツはよっぽどいい師匠と巡り合ったんだな。最初は少し心が痛くなる人生だったが、この時の彼女は幸せそうでなんだか少し羨ましい。
しかし僕のこの思いは、彼女の顔が豹変したことによって無残にもかき消された。

「なのに!師匠は私を離してくれず、私はひたすら彼女の元で働かされました!作らされるのは媚薬、媚薬、媚薬、たまに外部からの依頼!ずっと森の奥に閉じ込められひたすら彼女の手足にされていました!おかげで私は対人恐怖症になり人が来るたび常に怯える日々。媚薬なんて師匠にはもう手遅れなのに!」

……なんか、ごめんなさい。媚薬マニアなんて言って。

「まあまあ、落ち着いてください」

「す、すみません……つい動乱してしまって」

何度もペコペコ頭を下げる彼女。さっきまでの取り乱しが嘘みたいにいつものライツに戻っていた。

「ライツさんは嫌なことを全部抱え込むタイプみたいですね」

静かで、臆病で、引っ込み思案な彼女。少し前までそう思っていた。しかし彼女はちゃんと自分の感情を持っているし、それを伝えることもしっかり出来る。

「貯まったら……吐き出していいんですよ?愚痴なら僕がいくらでも聞いてあげますから」

彼女に足りないのは、相手。自分の思いを打ち明けられる相手。相談に乗ってくれる相手。人と会わなかったから得られなかったもの。彼女のそれを僕は埋めたい。
僕は同情まではできないかもしれないが理解はしてあげたい。

「友達ですからね」

「…………はい!」

夕陽に映える彼女の涙。その美しさは僕の心に永久に残り続けることだろう。


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