小さな彼4

「中也、お風呂入ろっか」
「お、ふ?」
「お、ふ、ろ」
「???」
貧民街では風呂に入るという習慣が無かった為、首を傾げる彼に「ついておいで」と手招きする。後ろから着いてくる彼を確認して脱衣所に入ると、少し頬を膨らませながら私に抱きついてきた。恐らく先程入れて貰えなかった事を思い出して少し怒ってるのだろう、彼の背中をポンポン叩くと抱っこしろと私から離れて両手を伸ばしてくる。これは好機だとしゃがんで彼のシャツを脱がそうとしたのだが、彼よりも小さくなった私を見てそのまま彼は私の首に腕を回してきた。違う、そうじゃない
「中也、ちょっと離れて」
「ん”ぅ〜〜〜」
「何処も行かないから、ね?」
「あい…」
「お洋服脱ごうか」
「ん、」
漸く離れてくれた彼のシャツを脱がそうとボタンを外していく。中也は私の手をじっと見ながらされるがままだ。久作君のお下がりのズボンも全て脱がし、お風呂場の扉を開け彼に先に入ってもらう。私も服を全て脱いで彼を追い、初めて見る空間にキョロキョロ見回しながら困惑した表情で私をじっと見る。どっこいせ、年寄りのような発言をしながらしゃがみ、浴槽に張ったお湯を桶で掬いながら自分の肩から全身にかけていく。
「中也、おいで」
「ん、」
「お湯かけるよ」
「うっ」
「じゃばー」
「じゃあー」
きゃあきゃあ喜びながらされるがままの中也の身体にお湯をかける。風呂が苦手な子供も居る中、彼は特に嫌がる様子も無く楽しそうにしていた。良かった、特に抵抗は無いようだ。先に浴槽に入り、おいでと中也の片手を取る。
「んっしょ」
「いける?」
「おあ」
「おっと」
「おぉ〜〜〜」
少し躓きかけたが特に事故も起きず肩まで浸かり、感極まったような声を出す彼。「ちゃぷちゃぷだね」「ちゃうちゃう」「何か違う物になってるな…」「???」お湯を手で掬ったり叩いたり楽しんでる彼の頭を撫でると、そのまま私に抱きついてきたのでそのまま彼を抱き上げて浴槽から出て彼を降ろす。彼の頭を洗うべくお湯の蛇口を捻ると、シャワーフックに掛けていたシャワーヘッドから大量の水が出てきて私と中也にまだ温まってない冷水が掛かり、それにビックリした彼は私の後ろに隠れて威嚇し始めた。
「う"ぅ〜〜〜〜」
「ああ、ごめんね、これは大丈夫だよ」
「ん"ぅ〜〜〜〜」
問題無い事を伝える為、彼と視線を合わせる為に膝を地につけシャワーヘッドを手に持って自分の手に掛ける。「ほら、大丈夫」後ろで隠れていた彼は次第に隠れるのをやめ、私の隣に立って手を差し出してきた。その手に温まってお湯になったそれを掛けてみると、警戒心は薄れたようで遊びだした。楽しそうにしてる彼を見ながら椅子に座り、まず私がやってから彼にしないと警戒されるだろうし遊んでる所を中断してまずは私の頭にお湯を掛けて髪を濡らす。
「中也、頭に掛けてみるよー」
「あい」
「お目々瞑って耳閉じて。じゃー」
「わあ!」
驚いた声を出しながら楽しそうにする彼の髪を掬いながらお湯を掛ける。癖毛でふわふわボリュームのある髪は濡れた事によってぺたりと彼の頭に張り付く。まるで動物をお風呂に入れた時のビフォーアフターのような既視感を覚えつつシャワーを止めてシャンプーをプッシュし、彼の髪につけてから私の髪にもつける。こうやって洗うんだよーと手本を見せながら洗うと、彼も真似するがただ髪の毛をぐしゃぐしゃに回してるだけで正直全く洗えてそうもない。仕方無く彼の頭も私が洗うと、そのままそのまま私に抱きついてきた。洗いにくいので離れて貰い、膝の間に座らせて後頭部も優しく洗っていく
「はい、おめめ瞑って耳閉じてねー」
「あい!」
「お湯かけまーすざばー」
「きゃー!」
シャワーで頭からお湯をかけると、足をジタバタ動かしながら楽しんでる彼のシャンプーを洗い流す。口に入っちゃうよと声を掛けながらなるべく顔に掛からないように慎重に洗い流し、私のも洗い流す。
「やるー!」
「やってくれるの?ありがとう」
「じゃあー」
「ぶえ、ちょっとま、」
彼がやるとシャワーを強奪されたのでされるがままにしていると、顔面に思い切り掛けられたりと散々だったが、なんとかシャンプーのヌルヌル感が無くなった。
「はぁ、疲れた…」
「?」
お風呂に入っているのに全くリラックス出来ず、むしろ増す倦怠感。身体も洗い終わって今は湯船に浸かって身体を温めている。中也はお湯で遊んでいるので相手しないままぼんやり肩まで浸かる。
身体を洗う時もそれはそれは大変だった。中也の背中を洗ってると自分もやると私の背中を洗ってくれるのは良いのだが、力加減が出来ず物凄い痛い。それでも良かれとやってくれてるのであまり口出しは出来ず、未だにヒリヒリする背中に子育ては大変だなぁという感想しか出なかった。好奇心旺盛で常に私に引っ付いてくる、自分の思い通りにいかないと拗ねて暴れてふて腐れる我儘暴君だから尚更だ。やんちゃな男の子を持つ母親の気持ちが今はよく理解出来そうだ。
「ん、」
「どうしたの?」
「あちち」
「そろそろ出ようか」
「あい」
逆上せてはいないようだが、だいぶ顔も赤いしそろそろ出よう。バスタオルを手に取り、彼の髪をわしゃわしゃ拭くと楽しいのかけらけら笑いだし、ある程度拭ってから身体を優しく拭いていく。大きめの1枚のバスタオルを中也の身体に巻いて、もう良いよと脱衣所の扉を開けると何処かに走っていった。結構テレビに熱中しているようなので恐らくリビングだろう、自分自身の水分を拭き取り、脱衣所から出ると彼に巻き付けたバスタオルが落ちていた。走った際に落ちたのだろうそれを回収してリビングに行くと、案の定ソファの真ん中を陣取ってテレビに熱中していた。
「中也、これつけて」
「やー」
「やじゃないの」
「ぶー」
「ぶーじゃないの、せめて腰に巻き付けて…」
「もー」
仕方無いなぁと言わんばかりに立ち上がるが、私にやれと促すのでちゃっちゃと腰に巻き付ける。「もういいよ」と声を掛けるとぴょんとソファに座りスプリングが鳴る。テレビの隣の棚からドライヤーを取り出してコンセントに繋ぎ彼の髪を乾かそうとするが、ソファの端に座らないと届かない短いコードでは彼の座ってる位置まで届かない。
「中也、ここ座って」
「ん?」
「髪の毛乾かすよ」
「???」
髪の毛を乾かすという事が分からず疑問符を浮かべてる彼に、ソファの端をポンポンと叩いてここに座れと促す。四つん這いで近づいて来て座る彼の横にしゃがんで、ドライヤーに危険は無い事を伝えるべくスイッチを押した
「っ!」
「これはね、髪の毛乾かすだけだから大丈夫だよ。こうやって使うの」
「う”ぅ…」
「大丈夫だよーほらっ」
「きゃあっ」
「風来るねー」
「わあ〜」
やはり最初の騒音にビックリして警戒していたが、私が使って危険が無い事を示すとすぐに警戒は解けてくれ、1度冷風に切り替えて彼の顔に当てる。そのまま彼の背後に立ち、温風に切り替えて髪の毛を乾かしていく。楽しそうにしていた彼だが、睡魔が襲ってきたのか途中から頭がグラグラ動いており、貧民街の時は既に就寝している時間だという事に気づいた。タオルを駆使しながら彼の髪を乾かし、久作君から貰ったお下がりのパジャマを着させれば完全に寝落ちていた。私の髪を乾かしたり、やる事を終わらせてから彼を抱き上げて自室に向かいベットに入る。スヨスヨ規則正しい寝息を聞きながら、私も眠りに落ちた。
だが、彼の寝相はすこぶる悪いので振り上げられる腕やら蹴ってくる足によって何度か目が覚めた。早く元の姿に戻る事を祈った。