小さな彼5

そんな思いもむなしく1週間が経過した。彼が戻る気配は全く無いまますくすく成長している。既に殺してしまった異能力者から戻り方を聞く事も出来ず情報収集は難航しており、先程紅葉さんが申し訳なさそうに戻り方に関してはほぼ0と言ってもいいだろう情報を渡してくれた。
仕事も凍結されているので1週間もすれば溜まりに溜まった書類も全て捌ききっており、ここ数日正直言ってやる事が無い。他の構成員は別部隊の人達に駆り出されてるのに対し、私は中也のお世話という任務があるので全く声が掛からない。というより、書類整理を手伝うと言った構ってくれない事により暴走した中也が散らかすので逆に仕事が増えるのだ。1度だけ書類整理が大の苦手な芥川君に声を掛けて貰ったので手伝いに行ったら、それはそれはもう叫びに叫び、暴れに暴れ回っていた。芥川君と同じ場所で仕事をする構成員の人達は子供のあやし方も分からず、唯一得意そうな樋口ちゃんは別の任務に行って不在だったので尚更手を焼いていた。その間も構成員に任せながら書類を捌いていったのだが、彼がデスクの上に置いてる書類の山を掴んで散乱させた時、芥川君から声が掛かった。
「…もう善いです」
「あ、はい。ごめん」
芥川君に勘当させられ、彼諸共ポイっと部屋の外に追い出されてしまってから噂が広まったのか誰も声を掛けてくれなくなった。少し落ち込みながらこの余った時間をどうしようかとデスクの上に突っ伏していると、彼が私の肩をポン、と叩き元気出せよと言わんばかりに笑みを浮かべる。君のせいなんだけども、椅子の上に乗る中也を抱き上げて脇腹を擽るときゃあきゃあ笑って楽しんでいた。

「…名前さん」
「あ、芥川君。どうしたの?」
「中原幹部は」
「今疲れたのか昼寝してるよ」
「…書類を手伝ってはくれませんか」
「ほんと!手伝う!凄い暇だったの」
はしゃぎすぎて疲れたのか眠ってしまった彼を仮眠室に運んだ帰りの廊下、芥川君と出会った。どうやら手に付けられない程書類が溜まっているらしく、私に手伝いを乞うか物凄く悩んでいた末に出会ったらしい。芥川君に近寄る人もあまり居ない上、たまに書類仕事を手伝っているというのも相まってか私しか思い浮かばなかったらしい。中也が昼寝していると言えば眉間の皺が少し治まり、踵を返す芥川君の後ろに着いていき仕事場まで行く
「わあ…よくここまで放置したね…」
「ゴホッ」
「いつもはもうちょっとマシなのに…」
「ン”ンッ」
芥川君のデスクには書類の山、山、山。正直1週間前の私のデスクよりも酷い。気合い満々だったやる気も削げ落ちてしまった中、1つの束を引っ掴んで素早く手を動かしていく。このままでは増える一方だ、とりあえず口よりも手を動かさねば。パソコンは1台しか無いので、とりあえずパソコンが必要そうな書類とそうでない書類を分けていき、サインなどが必要なものや任務の報告書などはデスクに座る芥川君に書類を渡していく。険しい顔をしながらパソコンを打っていく芥川君を見ながら書類をどんどん整理していき、粗方分けた後は半分程引っ掴んで空いてるパソコンを借りて書類を捌いていく。
それから数時間、それなりに書類整理が得意な私は、結構な速さで書類を完成させていく。芥川君の方を見ると私の3分の1も完成させてなさそうで、一旦休憩を取るかと椅子から立ち上がりインスタントの珈琲を入れる
「はい、芥川君。ちょっと休憩しよ?」
「有難う御座います」
「進行具合はどう?」
「…書類など無くなってしまえば良い」
「あっはは…シュレッダーの方が向いてそうだもんね」
立ち上がったついでに身体を伸ばして凝りを解す。ちょっと息抜きしたし続きをするかとパソコンに向かい合い、書類を1枚取ったら、少し離れた所から声が掛けられた
「名前さんは、書類整理が得意ですね」
「ん?そっかな。まあ身体動かすよりかは情報収集の方が得意だよ」
「部下として欲しい人材です」
「ありがと」
「…こちらに異動する予定はありませんか」
「無いね。書類全部押しつけるでしょう?それに、多分彼が許さないと思う」
「…残念です」
芥川君に勧誘され、他愛の無い会話をぽつぽつしながら書類を捌いていくと、少し遠くから泣き声が聞こえた。
「もう起きてきたのか…」
「…まだあの方は気づいて居らぬ。」
「いや、このまま放置したらもっと面倒になるから…後は頑張って。はい、これ終わった書類」
「…」
「そんな顔しないの、もう。」
書類を親の敵のような目で睨んでる彼の頭を撫で、しまったと手を引っ込める。頭を撫でる癖がつい出てしまい、子供扱いのような事をしてしまったので機嫌を損ねてないか芥川君の表情を伺うと、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。固まってる間に中也を回収しに行こう。「ここに置いとくからね」デスクに書類の束を置いて部屋から出て、未だに泣き叫び私を探してる彼の方に向か。
「あ”あ”あ”ぁ”ああ”どごぉ”ぉぉ”おお”お”」
「中也!」
「う”ぅ”ぅ”ううう”」
「いででで、ごめんごめん、ごめんって」
お腹に掛けていたタオルケットを引きずりながら私を探す彼に声を掛けると、その場でタオルケットを捨てこちらに走ってきたので踏ん張って受け止める。お腹に顔をグリグリ押しつけて抱きついてくる彼の力が思いの外強くて腰が痛くなりそうだ。そのまま泣き続ける彼をなんとか抱っこしてタオルケットを回収し、彼の背中や尻をポンポン叩きながら身体を揺らして泣き止まそうとするのだが、泣き声はヒートアップするばかりだ。力一杯抱きついてくるので首が絞まるが言っても聞かないだろうし、気道を確保しながらとりあえずタオルケットを戻しに行こうと仮眠室に向かう。先程まで彼が寝ていたベットに座り、背中を叩きながら泣き止むのを待つ。少しすれば、グズグズ鼻を鳴らしながら落ち着いてきたので身体を離して彼の顔を見る。
「わあ、顔べっしょべしょ」
「ズビ、」
「はいはいちょっと待ってね。よ、こいしょ…はい、チーンして」
ポケットに入れてあったティッシュを何枚か取り、彼の鼻に当てて噛ませる。これ絶対私の服に付いてるやつだ、早めにクリーニングに出さないといけない。脳内で明日の予定にクリーニング屋に向かう事を入れながら、もう数枚ティッシュを取って涙を拭ってやり、ご機嫌取りにでも休憩室に行ってテレビでも見せるかと彼を抱っこして移動する。彼をソファに座らせ、私も隣に座りながら流れてるテレビを視聴させる。最初は私の膝の上に乗って抱きついてきたのだが、少し機嫌が治ったのか隣に座ってテレビに釘付けになった。はぁ、良かった。貧民街時代では一筋縄ではいかなかったのでテレビ様様だなと拝む。こうやってテレビっ子が増えるんだろうか。

「うー」
「ん…?」
「むー」
どうやらそのまま眠ってしまったようで、彼が私の膝の上に移動してきた震動で目が覚める。口をタコのように押し出しており、何をしたいのか全く分からなかったのだが、背後のテレビから流れてくる恋愛ドラマを見て合点がいく。近づいて来る彼の口を押さえながらやめなさいと言うのだが、彼は私の手を逃れて私の顔を両手で掴み近づけてきた
「むー」
「あ、こら、やめなさんぶっ」
恐らくドラマでやっていたシーンを真似してみたかったのだろう、阻止するも叶わず彼が自分の口を私の口に押しつけられる。すると、目の前から煙のようなモヤが沸き上がり、膝に乗る重力が変わった。なんか物凄く重い、例えるなら、成人男性を乗せてるような…
「え」
「は」
「も、戻ったんだね」
「は…?」
モヤが晴れて目の前の光景が露わになった。久作君から貰ったお下がりの服は無残に引きちぎれてほぼ全裸の中也(22歳の姿)がそこにあった。お互い混乱しており、中也なんかぽかんとした表情で固まっている。いち早く状況の整理が出来た私は何かしらの要因によって彼が元の姿に戻ったと察知する。未だに固まってる彼の肩に私の上着を掛けて彼を私の膝の上からどいて貰う。顔を真っ赤にしてソファで縮こまってる中也をそのままに、とりあえず何か服を着せなければと芥川君の外套を借りようとそちらに足を動かした

「何も言わないでこれを貸して欲しい、お願い」
「名前さん!気が触れましたか!先輩の身ぐるみを剥ぐだなんて!」
「違うの!一刻も早く服が必要なの!そんな痴女みたいに言わないで!」
「端から見たら痴女みたいなものですよ!?見て下さいよ先輩の顔!困惑しすぎて女の人みたいな反応してるじゃないですか!」
「ごめん芥川君…!」
私もだいぶ混乱していたのか、全く説明しないまま芥川君の外套を手早く剥いだ。傍で見ていた樋口ちゃんが慌てて止めに入るが芥川君の外套は既に私の手にあり、芥川君は驚きすぎて椅子から転げ落ち、何を思ったのか胸元を両手でクロスしていた。この長さがあれば中也の身体もすっぽり覆い隠せれるだろう、誰かに見られていれば大変だ、大急ぎで休憩室に戻って中也以外誰も居ない事を確認して胸を撫で下ろす。先程と変わらない体制の彼に近づいて、芥川君の外套を渡す。
「芥川君から借りてきたよ、とりあえずこれ着て」
「…悪ぃ」
実際は借りるより追い剥ぎなのだが、まあそこは後で謝ろう。首領に説明しに行くにしても今の姿のまま行くのは失礼だろう、体調面や動きに問題は無いかと質問し、どうやら特に問題無いようなので仕事場まで戻ろうとするが、外套の端を踏んで転けたのでソファに戻る。
「ったくよぉ、いきなり異能で餓鬼になるとか…」
「あ、今までの記憶はあるの?」
「あ?ま、あ…無ぇ!」
「え?今あるって…」
「無ぇったら無ぇ!!!…うっせぇ!」
「いや、何も言ってないけど」
「あああああ居ましたよ先輩!」
「あ」
鬼の形相をした樋口ちゃんと無表情の芥川君が休憩室に入ってきた。ズカズカ2人が私に近づいた時に、はっとした顔をして後ろに手を組んで敬礼をする。どうやら中也には気づいてなかったようで、彼が着てる芥川君の外套を見て2人とも合点がいったような顔をしていた。
「とりあえずなんか服持ってきてくんね?」
「承知」
2人が休憩室から出て行き、収集がつきそうなつかなそうな雰囲気の中、ため息を零した