戦う理由

名前のお世話係に就いていた僕は、比較的中也とも関わりが多かった。貧民街を1年経過してから奴の世話係になった彼女が、やはり勝手が分からない所が出てくるのだろう。その都度彼女がよく僕に質問してくるので、引っ付き虫の中也と顔を合わせる事は必然であった。彼とは恐らく名前の次には仲が良いと言えるのではないだろうか。
14歳になってもそれは変わってない。名前が分からない事や相談事があれば僕に聞いてくる。名前にとっての兄貴分は僕らしく、まあそれなりに気分が良いが、それを見かけた中也が面白くない顔をしながら、少し不貞腐れた顔をしながらも必死に隠そうと何を話してるんだと話しかけに来る。基本眉間に寄った皺は隠せてないので彼女が何故不機嫌なのかと追及されており、大体「うっさい」と一蹴して彼女の隣に陣取ってる。ちょっとした質問ならまだしも、相談事に関しては大体作戦の内容であり、彼女の考える内容が中也は難しいのか頭に疑問符を浮かべ、よく分からないという顔をしながらも決して名前から離れる事は無い。
名前に依存してると言っても過言では無いだろう中也は、大抵は名前の言う事は聞いている。と言うのも、他の仲間達が言っても適当に流して話を聞こうともしない所、彼女が言えばなんだかんだ聞くのだ。名前を絡ませれば単純な彼だが、名前の言う事でもことごとく破るものがある。襲撃してきた奴らを基本皆殺しにするのだ。襲撃してきた奴らを生かすか殺すかは名前の作戦で決めており、大体は人質や情報集めの為に1人は生かしておくのだか、中也の虫の居所が悪い時は大抵作戦通りにはいかず、全員もれなく彼の重力で潰される。その理由を、僕は知っている。
「もう!だから1人は生かしてって言ったでしょ!」
「分かった分かった、次は気をつける」
「とか言いながら何回目よ、もう」
「悪かったって」
また同じような口論をしている、これでもう何回目だろうか。全く学習しないと頬を膨らまして怒る彼女と、全く悪びれもない中也。彼女にとって人質というはこちらが勝利する為の要であり、1人生かしているだけで勝率が格段に上がるのだ。僕たちにとっても情報が集まらなければ結構な損害だからやめて欲しいのだが、中也にとっては敵を殺すという事が大事らしい。
名前を傷付けた敵は必ず殺すという事が。

最初は頭に血が上って殺していたのだと思っていた。特に中也は怒りの感情の制御というのが出来ないので、基本的に感情のままに動く。これは餓鬼の頃から変わっておらず、名前が甘やかしすぎたかなと頭痛の種になっている。全員殺す度に彼に人質として1人生かせておけと口酸っぱく名前が言うのだが、それでも彼女の言う事を全く聞こうとはせず、これから恐らく作戦が100%成功する事は無いだろうなと皆が呆れかえっていたのだが、拠点を襲撃されたある時、最前面で戦っていた中也が顔面の腫れ上がった人間を引きずって持ってきたのだ。
最初は天変地異かと思った。周りの奴らも明日は槍が降るやら死んでしまうのではと恐れたものだ。そんな周りの反応に、中也は意味分かんねえと悪態ついていたが仲間達の反応は正しいだろう。それ位彼は作戦を遂行してくれなかったのだ。気が触れたのかでも思っちまう。たまたま外に出ていた名前も「嘘でしょ…熱でもあるの…?」と彼のおでこを触ったり何かあったのかと心配していた。気まぐれなのか知らないが、口酸っぱく言われていた人質を取るという行動をしただけでこれである。14にもなって口を尖らせてあからさまに拗ねだした中也の機嫌を取るのが大変だったと後に名前は愚痴っていた。
それから頻度はとても、物凄く、それはそれは物凄く低いが中也が人質を取ってくる事があった。その度に仲間達から騒がれ、外出から帰ってきた彼女も驚いて毎度熱があるのかとおでこを触ったり脈を確認し、その反応に毎度中也が拗ねる。そこで気づいたのだ、中也が人質を取ってくるのは毎回名前がこの拠点に居ない時だと。中也が人質を取ってきた後は毎度中也の機嫌取りで大変だと愚痴る彼女の話を聞いているからこそ、僕だけが気づいた。
「なあ中也、」
「あン?」
「お前が人質取ってくる時って、名前が居ない時じゃね?」
「…おー。」
「名前が居る時もちゃんと生かしておけよ」
「…あいつの事傷付けた奴を生かしちゃおけねえだろ」
たまたま見かけた中也に声を掛けたら僕の予想が当たっていたようだ。これ以上会話を続けるつもりのないのか、そのまま気怠げに歩きながら名前の方に歩いて行く中也の後ろ姿を見ながら、面倒くさそうな相手に好かれた彼女に手を合わせた。