熱1

朝、出勤した時からなんとなく違和感があった。いつもは自分のデスクに座って、任務で外に出ないといけない時もギリギリまで粘って座っている中也の姿が無いのだ。確か、今日は外に行く予定も無いはずだ。首領に呼び出されたのだろうか?いや、その時は私にメールを入れてくるので、受信BOXを確認したが何も入って無い為それは無いだろう。彼を探しに行くにしても、彼がギリギリまで放置し、どうにも出来そうに無いと私に投げてきた溜まりに溜まった書類がそれを許してくれない。ちなみに、私のデスクの上に乗ってる書類は中也がやるべきだった書類しかない。彼の事を頭の片隅に置き、とりあえず一段落してから休憩がてら探してみようと他の構成員にも手伝って貰いながら、着々と書類を捌いていった。
「あ、中也!何処に行ってたの?」
「…あ?…嗚呼、」
「今まで何処に行ってたの?」
「別に、何でもねえ。…用事あるから行く」
「あ、ちょっと…」
休憩がてら、外の自販機にでもジュースを買いに行こうと廊下を出た時に中也と出会った。急遽任務にでも入ったのだろうか、問いただすも返ってくる返事に生気が無いように見え、いつも胸を張ってる彼が猫背で気怠そうだ。長話するつもりが無いのかそのまま去っていく彼の後ろ姿を見送った。うん、やっぱりおかしい。自販機に行く予定をドラッグストアに変更しながらポートマフィアの外に出た

7歳の時はそれなりに分かりやすかった。最初に彼が熱を出した時、彼自身がパニックになって「しんじゃうの?」やら「もうあえなくなっちゃう」と泣きながら私に縋って離れようとしなかったからだ。いや、離れないのはいつもの事だが。その時の伝わってくる彼の体温が異常に熱かったのをよく覚えている。泣きじゃくったせいか、熱のせいかは分からないが顔を真っ赤にする中也をなんとか落ち着かせ、そのしんどさは発熱からくるものだという事を教える。
「じゃあ、ずっといっしょ?」
「うん」
「よかった」
泣きはらしてべしょべしょの顔に笑みを浮かべて引っ付く彼に、安静にしていたら治るとやんわり彼の身体を離しながら寝転がせ、布を水に浸したものをおでこに置いて甲斐甲斐しく介抱した。泣いたせいで疲れたのかスヤスヤ眠る彼の手は、私の手を握って離さなかったので行動がだいぶ制限されたが、白瀬や他の子達が色々と手伝ってくれてすぐに彼は完治した。
そんな感じで、まだ素直な時は体調不良の時は泣きそうな顔をしながら申告してきてくれたのだが、彼が成長してからはそれを必死に隠そうとするので手を焼いた。とは言っても、今まで一緒に居た分、彼の変化というのはすぐに分かったし、周りも「いつも引っ付いてる中也が名前の所に行かない…!?」とざわついていたので一目瞭然だったのだが。
それは羊の時だからこそ分かっていた変化だ。ポートマフィアに入ってからは私と居る事が少なくなった。まず彼は紅葉さんの部隊に、対して私は織田作さんの下で下積みをしていたのでほとんど会う事は無くなった。中也が五大幹部という地位に就いた時、私を中也に抜粋されて彼の下で働く事となったのだが、やはり幹部の人達の方が顔を合わせる事が多いのではないだろうか。それに、力も異能も強い外の任務が多く、対して私は中也が投げてきた書類を捌いてるだけだ。個人的には異能力は強い方だと思っているのだが、やはり体術を身につけないと駄目なのだろうか?織田作さんに鍛えられたのだが、まだ心許ないのだろうか。他の構成員は中也の任務に着いて行く事があるのに対し、私は着いて行く事を許可されないので尚更顔を合わせる事が少ない。だから小さな変化を見逃してはいけないのだ。特に彼は隠し通そうとするタイプなので、今までの経験上無茶をしてそのまま倒れるのだ。随分手の掛かる弟を持ってしまった、ドラッグストアで買ったものを片手で持ちながら職場に戻った。

「はぁ、こんな時間まで掛かってしまった…」
午後8時、締め切りが残りわずかな書類をなんとか捌ききろうと集中していたら夜もだいぶ更けていた。恐らく全体の書類の半分を捌いたであろう、よくやった私と自分自身を励ましつつ、中也の家まで歩いていた。何であんなになるまで放置しているんだろう。毎度言ってるのに毎度しれっと渡してくる彼に少しイラつきながら夜道を歩く。これからがマフィアが活発的になるのだが、そういや中也は家に戻ってるだろうか?今更になって出てくる疑問だが、まあ家で待ってればいいかと呑気に考えながら中也の住むマンションに到着する。「暇な時に来い」と以前貰った合鍵で正面扉を開け、エレベーターで彼の住む家の階数まで上がる。この時間帯は人が居ないのか、エレベーターに乗り込んだのは私だけでシンと静まり返る中、機械音だけがやけに耳についた。彼は建物の高い高級マンションの上階に住んでるので、エレベーターに乗る時間は結構長い。こんな所に住んでたら地震が来たら怖いなぁ、中也だったら異能力で逃げれるか、便利だなぁと考えてる内に到着したのか、チンッと軽快な音を立てて扉が開く。鍵でドアを開けると、玄関は真っ暗だったのでまだ帰ってきていないのかと結論付けてリビングに向かう。
「あれ、中也?」
「スゥ…」
「寝てる…」
リビングにあるソファに俯せで倒れていた彼は、どうやら寝ているようで近づいてみると寝息が聞こえた。やっぱりあの素っ気なさや顔を出さない行動は体調が悪かったのか、家に来て正解だった。あまり音を立てないように彼の部屋から毛布を持ってきて、その場に転がっている帽子や毛布代わりになっていた上着を片付ける。熱を測ろうとするも、顔をソファに押しつけてる彼の額を触って確認は出来ないので首筋を触って確認する。いつもより少し体温が高そうだ、起きたら買ってきた冷えピタを貼ろうとソファの前にあるテーブルにドラッグストアで買ってきたものを置いて行く。晩ご飯はどうしようかとキッチンに入って冷蔵庫を確認する。どうやら昨日の残り物があるようなので、今の彼では少ししんどいだろうし勝手に頂こう、お米を味噌汁は用意しようとエプロンを借りて台所に立った。