お酒

「はァ?22にもなって酒を飲んだ事が無ィ!?」
「え、う、うん。だからお酒ってそんなに美味しいのかなって」
「…飲んでみるか?」
「え!良いの?」
事の発端は彼女の「お酒ってそんなに美味しいの?」という言葉だった。話を聞くと、羊に居た時は金になる高価な物としてしか認識していなかったらしい、自分がどれ程強いかも分からないからと今まで飲んだ事が無く、俺が葡萄酒を好んで話をしていれば興味を持ったらしい。あまり欲の無い彼女にしては嗜好品に興味を持つ事は珍しい、この機会に俺の家にでも誘って飲ませてみるかと提案すると、少し目を輝かせながら「是非」という返事を貰った。クソッそんな顔で俺を見てんじゃねえ。顔が熱くなるのを感じながら彼女に見られぬよう背ける。
「じゃあ次の日お休みの時で良いかな?」
「あ、嗚呼…じゃあ明後日か?」
「そだね。お願いします」
「ン”ッ…おう」
明後日に飲む約束を取り付けると、彼女は「芥川君の書類のお手伝い頼まれてるからもう行くね」と手を振って去って行った。彼女に合う酒は何だろうか、聞いてもきっと疑問符を浮かべながらよく分からないと投げられるだろう。辛口が好みか、甘口が好みか。彼女は基本好き嫌いは無いが、どちらかと言えばピリッとした辛口よりかは甘口の方が好んでる。以前行った居酒屋で、俺が頼んだ唐辛子がよく効いてる一品を一口食べてそれ以降手は付けて来なかったし、だいぶ前に織田とカレーを食べに行くと嬉しそうにしていたのに、帰ってきたらそれはもうげっそりして「あれは食べ物なのか…?」とぼやいていた。やはり辛口のような刺激物は苦手なのだろうか、よし、酒は甘口の方にしよう。どれ位で潰れるか分からないし、最初は度数の低いものが良いだろう。その前にアルコールのパッチテストでもさせた方が良いか?いやちょっと待て、芥川の所に行くつったか?
「俺その話聞いてねぇぞ!?」
既に彼女の姿の無い廊下で叫ぶ。俺のデスクにある山盛りの書類を彼女に手伝って貰う算段が崩れ落ち、酒より先に書類の片付けが先だと項垂れた。

一昨日だったか、昼時にお酒の話をする中也の顔が楽しげだったので、少し興味を持てば一緒に飲む事になった。葡萄酒は家にあるからと中也の自宅に招かれ、1本の葡萄酒とつまみを持ってきてくれ今に至る。彼が持ってきた葡萄酒の説明をしてくれるのだが、正直言ってよく分からない。なんせ、アルコールの度数がどれ位から高いのかすら分かってないのだ。「とりあえず飲んでみるか。好きじゃなけりゃ言ってくれ」とワイングラスに注がれた葡萄酒を一口飲んでみる。喉が焼けるように熱い、喉を中心に身体全身に熱が回るような感覚。これがアルコールか、成程。
「どうだ?」
「アルコールを飲んだ時の感覚は面白いなって思う」
「まだ手前にゃ早かったか?」
「かなあ?うーん…あ、そういえば、辛口というのはどんなものなの?」
「あン?一寸待ってろ、持ってくる」
先程の説明で、甘口と辛口があると言っていたので気になり聞いてみると、隣に座ってた中也がお酒を取りに何処かに行く。その間にもグラスに入った葡萄酒を飲むが、アルコールという未知の感覚に興味がある程度で、まだ私には美味しいという感覚は分からないようだ。勿体ない精神が働いて口に含んでいくが、鼻に抜けていく感覚や喉がカァっと熱くなる感覚に一気に飲めそうも無い。少しずつ口に含んで飲んでいき、半分位飲んだ所で1つのボトルを持ってきた中也が戻ってきた。未だに何も注いでない無い彼用のグラスワインに辛口の葡萄酒を注ぎ、それを手渡してきた
「こっちが辛口だ。どうだ?」
「ううん…舌がピリピリする…」
「お前こういうの苦手だよな」
「刺激物はあまり好まないかも…」
舌をベーと出してピリピリする感覚が治まるのを待つ。うーん、どうやら私には甘口の方が合うようだ。辛口の葡萄酒が入ったグラスワインを彼に押しつけ、先程飲んでいた甘口を飲む。うん、どちらかと言えばこちらの方が飲みやすい。この酒に合うからと用意してくれたつまみを食べながら葡萄酒を飲んでいった。

「おれの酒がァのめねぇってのかぁ!?」
「中也ってお酒弱いんだね…」
「はぁぁ!?おれのどこがよぇぇってんら!?」
「とりあえずもう飲むのやめとこ?」
先程の辛口の葡萄酒を渡したのだが、何故か固まりながらそれを凝視しており、呼びかけたら何やら少し慌てながらも一気に煽っていた。そんなに飲めるだなんて中也の舌は大人だなあと感心していたらこうなった。顔を真っ赤にしながらボトルを振り回し、私のグラスワインに並々注ぎ、飲ませようとする。面倒くさい酔っ払いの完成だ。まさか1杯でこんなに酔うだなんてさすがの私も予想が付かなかった。さすがにこれ以上飲まれてもこちらが困る。「ほら、中也のも入れてあげるから」と言ってボトルから手を離させ、それを引っ掴んでとりあえず隠そうと台所の棚に入れた。立ったついでに冷蔵庫に入ってる水を取り、彼のグラスワインに注いでそれを手渡す。判断力が落ちてるのか、それを一気に煽り「これ酒じゃねぇ!」と文句を垂れている。騒ぐ彼の口につまみを突っ込むと咀嚼する為に大人しくなり、口が開いたらまた騒ぐ。「おまえものめ!」とボトルと勘違いした彼の片手には水の入ったペットボトルを持って振り回しており、まだ入ってるから良いと断り、並々注がれた葡萄酒をとりあえず消費しようとチビチビ飲みながらつまみを口に運ぶ。その間も絶え間なく騒いでる彼は、どんどん舌っ足らずになっていくのでそろそろ寝るのかな?と彼を放置しながらお酒を全部飲みきる。水分で膨れたお腹をさすりながら、これは結構いけるクチというものなのではないか?と構わず放置していたせいか少し静かになった彼の方を見ると、自分の口を押さえていた。
「え、ちょっと、中也?」
「気”持ち悪”い」
「え!?ちょ、ここで吐かないで!?」
「お”ぇ」
「ああああ待ってちょっと」
拗ねて静かになったのかと思いきや、まさかの気持ち悪いとの事であった。その場で胃の物をまき散らす彼の口を押さえながら、とりあえずトイレに向かわす為に立たせようとするのだが、完全に脱力してる彼を運ぶだなんて私には出来なかった。何なら、そのせいで体制を崩した彼は私のスカートの上で吐いた。「まじかよ」という反応以外出なかった。

「…ん、朝か…」
カーテンを開けきった窓からは太陽の光が入り込み、部屋を明るく照らしている。まだ完全に目が開いてない中、今何時だと時計に手を伸ばそうとするが、自分の隣に何かがある感覚に手を伸ばす。この手触りは恐らく髪だ。絡みも無いサラリとしたそれを何度も掬い堪能する。…ん?いや待て、髪?
「は?」
完全に覚醒して勢いのまま上半身を起き上がらせる。その瞬間に身体の倦怠感と酷い頭痛が襲う。完全に二日酔いだ。いやそれよりも確認する事があるだろうとギギギと首を横に向ける。名前だ。名前が隣でスヤスヤ寝ている。ペラッと肩まで被ってる毛布を剥ぐと、カッターシャツを着ているだけで下着は履いてるようだがスカートは無い。自分の身体を確認すると下着のみでそれ以外何も着てなかった。え、いや待て、もしかして、遂にヤったのか…?酒の勢いで…?クソッ昨日の記憶が全くねぇ。頭を抱えていると、寒かったのか身体を震わせながら名前が起きた。
「ん…あ、れ。ここは…」
「お、おう…起きたか…」
「今何時…?」
「じゅ、11時だ」
未だに眠気が抜けきってないようで、ごしごし目を擦りながら上半身を起こす彼女。いつもは衣服を着て見せる事の無い足を惜しげも無く晒し、カッターシャツのボタンも何個か外れて鎖骨が見える。正直言って目のやり場に困るが、内心それ所では無かった
「…名前」
「ん?」
「俺、昨日の記憶が無ェんだが、何かやらかしたか…?」
「…まあ色々と」
少し険しい顔をしながら返事が来る。え、まじかよ。夢じゃないよな…?今でも目に毒な服装をしているのに、夜はそれ以上にこいつの事暴いたって事で良いんだよな…?思いを通わせたって事で良いのか?酒の勢いとはいえ念願だったこいつを手に入れた事に柄にも無くガッツポーズをしそうになったが、深呼吸して落ち着かせる。
「ッ…まじかよ…責任は取る」
「分かった。じゃあ頼もうかな?」
「おう、俺がお前を…」
「とりあえず見た方が早いね。こっち来て」
「え?」
何を言ってるのか全く分からない。どういう事だ?何を頼むんだ?全く理解してないまま彼女の後ろについていくと、「ここだよ」とリビングに連れてこられた。扉を開ければ、異臭が先に鼻につき、ソファに掛けられた衣服や吐瀉物を見て理解した。
「…まじかよ…」
「あれ、中也が責任持って片付けてね。」
彼女がスカートを履いて無かった理由は、昨晩の俺が汚したからだそうだ。俺の服を脱がしたのも同じ理由で、これ以上被害を拡大しない為にもリビングに衣服を放置して俺の自室に運んだようで、服を着る前に俺が彼女を抱き込んでそのまま寝付いたからだと説明された。
全て俺の早とちりで顔に熱が集中するのを感じながら、俺が散らかしたであろう惨状をどうするべきかとその場で崩れ落ちた。