デート

「名前さん!僕と付き合って下さい!」
今日も今日とて良い自殺方法は無いかなぁと廊下を歩いていると、そのような言葉が聞こえた。どうやら曲がり角の向こう側にその現場があるのだろう、名前という言葉に反応し、そそくさと壁の影に身を潜めてその現場を確認する。どうやら、その名前は私が頭に浮かべていた彼女の事で間違い無いようだ。そういや中也は確か長期任務で暫く此処に居なかったな、それを知って彼女にアタックする相手の男は恐らく下級構成員だろう、見た事も無い顔だとその告白現場を野次馬する。
「構いませんけど…」
「え…!?本当ですか!」
「あ、はい。で、どちらにですか?」
「え…」
やはりそう来るよね、うん。
いつも思っていたが、恋愛に関しての彼女はドが付く程の天然だ。この手の話では恐らく織田作と張り合えるだろう。その話を裏付けるのは、中也がそれなりにアタック仕掛けてるのに全く気づくどころか「未だに引っ付いてくる可愛い弟」だと前に良い笑顔で話されたからである。内心中也に指差して爆笑したのが記憶に新しい。彼女は私よりかは劣るがそれなりに頭は切れる。それなのに恋愛に関してはこのポンコツ具合だ。あのチビをからかうネタになるし、彼女の返事が素直に面白い。
豆鉄砲を食らったかのような表情をする相手の顔を見ながら笑いが込み上げ、口元を抑える。
「じゃ、じゃあデートをしましょう!」
「でーと?」
「はい!」
「でーとって何ですか?」
「はい…!?え、えーっと、男女間で遊びに行く事です」
「構いませんよ。何処に行くのですか?」
「えー…と、ショッピングとか…」
「分かりました。いつにしましょう」
え、まさかデートという言葉すらも知らなかったとは。彼女無知すぎない?それに男女間で遊びに行くというのはいささか語弊があるのではないだろうか。それならば今までよく外出しに行く私や織田作だって該当する。それでも彼女はデート=男女間で遊びに行く事だという半端な知識を手に入れてしまった。いや待て、これは使えるのでは…?全く、この私の思考というのは素晴らしい。日程まで決めて分かれた所まで確認し、ぷぷぷと笑みを浮かべながらスキップしてその場を後にした。

長期任務から帰ってきた日の夜、俺の携帯に着信が入った。相手は太宰の野郎のようで、こんな時間に何の用だと少し頭に来ながら電話に出ると、酒でも飲んでるのか周囲の会話などの雑音が聞こえる中、物凄く上機嫌な奴の声が大音量で耳に響いた。
「やあ中也!元気かい?」
「っせぇな!何の用だ」
「今ねー、織田作と名前と居酒屋に来てるのだよー君も来るかい?」
「は?名前が?こんな時間まで出歩かせんじゃねぇよ何かあったらどうすんだ」
「あーはいはいそれ織田作にも言われたよ。織田作が送るって事で話ついてるから問題無いよ」
「織田にも迷惑掛かんだろうが、ったく今何処で飲んでんだ。回収しに行く」
「えーっとねぇ」
やけに上機嫌に話す奴に気持ち悪がりながら言われた居酒屋に向かう。1番奥の席で飲んでるというのでそこまで案内して貰うと、太宰の野郎はだいぶ飲んだのか顔を真っ赤にしながら織田に絡んでいた。織田は特に反応する事もなくただじっと太宰を見ており、名前はその隣でオレンジジュースをちびちび飲んでいた。
「そういやねぇ聞いてよ織田作、遂に名前がデートをしたのだよ」
「何、そうなのか?」
「は?」
「あれ、中也居たの?小さくて気づかなかったよ」
「は?」
「あ、中也も来たの?私の前空いてるから座りなよ」
「は?」
「中原どうしたんだ?」
今、この包帯野郎は何て言った?名前が、デートに行ったと言ったのか?は?
「はぁぁあ!?どういう事だよ!?」
「うわ、ビックリした。いきなり動き出さないでよ、もう」
「太宰、中原はどうしたんだ?」
「さあー?プークスクス」
「中原、落ち着け」
俺を席に誘導しながら、ちびちびジュースを飲んでる彼女に詰め寄り肩を掴む。デートだとかいう言葉を教えたつもり無いぞ。そういう浮ついた話は羊の時から彼女に知識を付けないように回避させていたのだが、今あまり付きっきりで居れない間に誰かに入れ知恵されたようだ。「デートってどういう事だ」と詰め寄ると、彼女は顔を顰めて痛い痛いと叫んだ。太宰は爆笑し、織田は俺を落ち着かせようとするが他の奴らを構ってる暇は無い。一刻も早くこいつから聞き出さねば気が済まねえ。
「と、とりあえず離して、痛いよ」
「デートってどういう事だよ!」
「そのままの意味だけど…?」
「…好きな奴でも居たのか…!?」
「え、え?ちょっと泣かないで?」
「泣いてねぇ!」
「あーっはっははははは○※△□×」
「太宰大丈夫か」
彼女の肩を離して詰め寄ると、好きな奴は居ないがデートはしたと言う。つーか泣いてねえよ、何言ってんだ莫迦。ん?待てよ、デートっつーのは好きな奴と一緒に何処か行く事だろ、つまり彼女は好きでも無い男と付き合ってデートをしてるって事か?脅されでもしたのか?とりあえずそいつ死なす。絶対死なす。何処のどいつだ死なす。隣で噎せて咳き込む太宰を無視し、彼女の前の席に座って詳しく話しを聞かせて貰う事にした。
「えっとね、昨日その人とお買い物に行ったの。そういえば中也に似合いそうな帽子があったよ」
そう言って彼女は昨日何処に行き、何をしたかを事細かく話していく。俺に似合いそうな服やら帽子やらを見つけたと嬉々として話す姿に、正直心穏やかになっていくのだが俺が聞きたいのはそこじゃない。ちゃっかり今度買い物しに行く約束を取り付けながら1番聞きたい事を彼女に質問する。
「それよりお前はそいつの事が好きなのか?」
「え?いんや、知らない人だしそんな感情無いよ?」
「は?じゃあ何でデートしたんだよ」
「中也、デートってのはね、男女間で遊びに行く事を言うんだよ」
「は?」
「え?」
「ングフフフフ」
「そうなのか」
「え、君もなのかい織田作」
俺が何か勘違いしてるのだと思って少し得意げな顔をしながら説明する彼女に拍子抜けした。どちらかと言えば彼女の方が間違った知識なのだが、暴れ狂った気持ちがスッと落ち着き、隣で同じように天然を爆発してる織田に得意げな顔をしながら「そうなんです!」と言う彼女の顔を見ると尚更訂正する気も起きない。はぁ、怒って損した。そもそもクソ太宰がデートしただとか言うから…あ?待てよ
「おいクソ太宰、手前もしかして…」
「いやあ、お陰で面白いものを見れた」
「手前!やっぱ謀ったな!!!」
「いやーでもデートという言葉を教えたのは私じゃないよー?」
人をからかった時にする厭な笑みを浮かべながらそう答える奴と口喧嘩に発展する。名前はというと、俺達に目もくれず織田と何やら楽しそうに会話に花を咲かせていた。何でそいつばっか話してんだよ莫迦。こっち見ろと彼女の顔をじぃっと見ると、それに気づいた彼女は俺の方をチラリと見て一言発した
「じゃあ、中也といっぱいデートした事になるね」
ふふ、と笑みを浮かべながらそう言う彼女に、俺はただ顔を赤くする他無かった。