ナンパ

俺が休日の時は基本的に部下は休みだ。つまりは部下である名前も休みという事である。休日は、お互い示し合わせる事も無く晩飯は共にするのだが、それ以外は基本的に行動を共にする事は無い。いや、俺的には彼女が何をしているのか気にはなるし誘いたいのは山々だが、休日何をするんだと聞き出してみると、俺の下で働いてからは大体の返事が「絶対寝る、もう一生寝たと言える位寝てやる」と目の下に隈を浮かばせながらそう呟く事が多くなった。そんな所を誘うのはなんだか申し訳無いので「ゆっくり寝ろよ」としか言えない。
大体が惨敗に終わる中、ごく稀に彼女から「暇であれば買い物に付き合って欲しい」と申し訳なさそうな顔をしながら声を掛けてくるのだ。そして今日は彼女に誘われた日であり、感情が高ぶって昨日の夜からろくに眠れてない。餓鬼かよと悪態を吐きながら服装が乱れてないか全身鏡で確認し、家を出て駐車場に向かう。その前に彼女を迎えに行き、特に滞りなく彼女の自宅まで到着したので時間を確認した。
「…まだ30分前じゃねぇか」
「どんだけ浮ついてんだ」ハンドルに額をくっつけ、早く行って焦らせるのも申し訳無いので時間が来るまで適当にぶらつこうと車を回した。

約束の5分前になったので彼女の自宅に上がり込むと、まだ用意出来てなかったようで忙しなく動いていた。どうやら洋服が決まらないようで、うんうん悩んでる彼女に「何をそんなに悩んでるんだ」と問えば「中也はお洒落さんだから隣に並ぶ時変な服装だったら嫌なの」と言う。自分が着たい服じゃなくてあくまで俺に合わせようとする彼女に、クッソ可愛いじゃねぇかとにやける口元を手で隠しながら「今日の俺の服装からして右手に持ってる方が良いんじゃねぇか」とアドバイスすると、顰めっ面から一変しぱぁっと顔を輝かせ感謝をする彼女に、1つ咳払いをして顔を背けた。
「待たせちゃってごめんね」
「否、こういう時間も悪くねぇ」
「んふふ、ありがと」
「…おう」
服以外は全て支度が出来ていたようで、それからは結構早かった。特に待ったつもりも無いし、まあ約束の時間から5分はオーバーしているが別段こいつ相手であればイラつきもしない。これがクソ太宰相手だったら一発入れてるが、むしろ待つ時間も楽しめる位だ、彼女相手だと滅法甘いなと自分自身を笑う。
今日は「季節の変わり目なので新しい洋服を見繕って欲しい」という事で大型ショッピングモールに行くと約束しており、何処の店を見に行くのか聞いてみる。2、3店気になる所があるらしいがそれ以外の予定は決めてないようだ。今向かってるショッピングモールは結構洋服屋が充実しているし、時間があるならブラブラ服を見ながら買い物をするのも良いだろう。こいつと久しぶりの買い物に心躍らしながら車を発進させた。

「チッあいつ何処行きやがった…!?」
ショッピングモールに着いてそれなりに練り歩いただろう。彼女が気になってると言っていた店に行き、似合いそうな服を片っ端から渡し試着させる。俺のセンスは間違ってなかったようで、その服を次々とカゴの中に入れて購入する。彼女は「私の服だから自分で買う」と膨れっ面で抗議するが、「もう払っちまったのは仕方ねぇ」と言えば「じゃあせめて何か奢らせて欲しい」と言う。女、しかも好きな奴に奢られるつもりは毛頭無いので、その場しのぎで適当に返事しながら同様に数件の店をはしごする。買った服は俺が会計時に引ったくれば「荷物持ちとして呼んだ訳じゃないから貸せ」とごねるので、比較的軽めのものを1つ渡しておいた。
そんな感じで歩いていれば、体力の無い彼女に疲れが見えだして来たので何処かで休憩するかと声を掛ける。その前にトイレに行きたいと言うので、ついでに俺も行っておくかと近くにあるベンチに荷物を置きながら彼女を先に行かせる。女のトイレは長いとか聞くが、すぐに戻ってきた彼女に俺もついでに行ってくると声を掛け、トイレから戻ってきたら荷物を置いて彼女は居なかった。隣に座っている老夫婦に「ここに女が居たはずだが知らないか」と彼女の特徴を伝えれば、老夫婦は合点がいったのか「あぁ〜」と声を出す。
「ご存知ですか?」
「あの子、ちょっと向こう見てくるから荷物見てて貰っても良いですかーって言ってたわ」
「どっちの方向ですか?」
「あっちの方向よ。もしかして、彼氏さんかしら?」
「ええ、まあ」
「あらあら〜」
実際は彼氏でも何でも無いのだが、まあ今後?そうなるかもしれないし?淡い期待を込めながらそう返事すると微笑ましそうにこちらを見てくる。むず痒い思いを感じながら「探してきます。荷物有難う御座いました」と声を掛けて全て引っ掴んで彼女を探しに足早にそこを去った。
彼女探しは難航を示していた。人の多いショッピングモールなので平均身長である彼女をすぐ見つけ出すのは困難なのだ。場所によっちゃ人や壁などの死角に入ってしまうし、こんな所で異能力を使えるはずも無い。携帯に連絡が入っていた訳でも無く、そもそも彼女が下げていたショルダーバッグは荷物と一緒にベンチに置かれていたので連絡のしようが無い。連絡手段も途絶えてどうするべきか頭を悩ませていると、ふと階段の方から声が聞こえた。本当わずかな声量だったが聞き覚えがある。そちらに足を向けると、複数人の男に囲まれた彼女が居た
「いや、本当に連れが居るので失礼します」
「まあまあいいじゃんよ、そんな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ?」
「つーか連れって女?女だったら呼んでよー一緒に遊ぼ?」
「やめて下さい」
帰らせて欲しいと言う彼女に、しつこく食い下がって何処かに連れて行こうとする男達。一人の男が彼女の肩に触れるのを見て頭に血が上り、殺気を飛ばしながらそいつらに近づいた。
「…おい」
「中也…!」
「あ?…んだ手前?」
「おいおい、連れっておチビちゃんか?」
「餓鬼はさっさと帰んな」
「誰がチビだって…?」
完全に頭に来た俺は彼女を後ろに庇い、男達を反撃なんて考えさせる余裕も与えぬまま足だけで沈めていく。急所に打ち込まれた蹴りは相手の意識を飛ばす事は容易い事で、階段の踊り場で伸びる奴らに悪態を吐きながら彼女の方を向いた。
「おい、怪我は無いか」
「う、うん。大丈夫」
「何もされてねぇか」
「特に問題無いよ」
「1人でうろついたら危ねぇだろ、しかもバッグも持たずに」
「ご、ごめんなさい…ちょっとだけなら大丈夫かと思って…」
「ナンパされた挙句連れ込まれそうになって何言ってんだ莫迦」
「うっ…面目ない…」
「次からはどっか行くんじゃねぇ」
「うん」
「…心配したんだぞ」
「ありがと」
落ち込んだ彼女を慰めるのが先決だなと思いながら勝手に一人で何処行ってたのか問いただすと「中也に似合いそうなお洋服があったの」と返事が返ってきた。もう、こいつは、ほんっとこいつは。彼女に顔を見られないように少し前を歩き、何処か行きたいカフェとかあるか聞き出しながらその場を後にした。