背中

「お兄ちゃん!おんぶして!」
「またやんのかよ?」
「だめ?」
「ったく早く乗れよ」
「やったあ!」
未だクーイングしか出来ないが、相手の喜怒哀楽、若干言葉の意味などをなんとなく理解してきた彼の前で妹が兄におんぶを要求していた。兄もなんだかんだ言いつつ妹の要求に応え、お互い笑みを浮かべてワイワイはしゃいでる姿は仲が良くて楽しい事だとなんとなく理解した。
自分も彼女と同じようにすれば楽しいのではないかと思い至った彼は、拠点の前の開けた場所ではしゃぐ兄妹から視線を外し、早速彼女を探す。彼女は拠点の奥の方で先程一緒に取りに行った廃材を置きに行って残数を確認してるようで、「よっこいせ」と年寄りのように立ち上がっては場所を移動してしゃがむ彼女の背中に腕を回した
「え、えぇ?何?どうしたの?」
「ん、ん、んー」
「めちゃくちゃ機嫌良いなこの子…」
なんとか気合いで彼を持ち上げ背負う彼女の表情はもの凄く険しかった。身長差は無いとは言え、元々筋力の無い彼女が比較的筋力のある彼を持ち上げるのは結構大変で、なんとか前屈みになりながらバランスを保ち、覚束ない足取りの中なんとか移動する。
「うわ、名前の顔凄い事になってるよ?どうしたの?」
「彼が背中に乗ってきて、凄く、重い」
「あぁ…体力無いもんね、名前って」
「ほ、ほっといてよ…もう」
「それにしてもめちゃくちゃ嬉しそうだぞこいつ」
「え、何それ見てみたい…!」
「こいつの事負ぶってるから見えないだろ」
「ぐぬぬ…」
背中に乗ると彼女が自分を見つめてくれる事は無いが、なんだかいつもより心がぽかぽかするのを感じた。兄妹達がはしゃぐのもなんとなく理解した。周りがわいわい騒ぎまくるのも意に介さず、彼は笑みを浮かべながら彼女の肩に自分の頬をすり寄せた。
それからは暇あればひょこひょこ近づき彼女の背中に飛び乗ってくるようになり、彼女は毎回死人のようにフラフラと移動するようになった。

喜怒哀楽もなんとなく理解してくれ、言葉をただの音としてではなく、意味のあるものだと感じ取り、成長してきた彼に言葉を教えようと開いた勉強会は散々であった。
今日も何かを取りに行くのだろうか、一緒に居れて嬉しい、そういう感情を持つ彼は、いつもとは違い拠点から離れ平面な地面に腰を降ろした彼女に、自分も彼女の表情が見れるよう対面に腰を落ち着かせる。2人の前に広げたのは真っ白な紙に、彼女がペンで文字を書く。「これが「あ」」と彼女が言い、こちらを見てくるのでよく理解はしていなかったが同じように真似をして「あ」と言葉を紡ぐ。すると、彼女の背後から何かが近づいてくるのが視界に入った。拠点では見ない大きい身長の人間が3人こちらに近づいて来る。彼女に声を掛けるや否や、そいつらは彼女に暴力を振るってきた。どうすれば良いのかも分からない、何が起こってるのかもよく理解していなかった。ただ、彼女が知らない男に暴力を振るわれている、それだけは理解出来、自分はどうすればいいのかその場で動かずに居ると、1人の大人が自分の手を掴んできた。そのタイミングで彼女がこちらに何か訴えかけているが、周りの男の声でかき消えてしまう。ただ、彼女の目から零れ落ちそうな涙を見て、身体がガッと熱くなり力が溢れ出た。
確か、髪を引っ張った時に彼女はこう言っていたはずだ。「だめ」だと。それを真似して発音し、自分の手を掴んでる男から潰し、動かなくなった事を確認してから彼女の髪を引っ張り、虐げていた男を恐怖で怯んだ隙に潰す。勝負は一瞬で着いたが、彼女は未だ身体を縮こませるだけであった。どうすればいいか分からず彼女を見つめていると、やがて顔を上げて自分を見つめてくれた。その目の奥には怯え、恐怖、色んな負の感情が交ざってるようで、自分は彼女の近くで膝を折り、彼女を見つめた。どうやら身体は動かせるようで、少し肩の力が抜ける。そのまま彼女の肩にぐりぐり顔を押しつけると、彼女は頭を優しく撫でてくれた
次は俺が彼女を守る、そう決心し今度は自分が彼女を負ぶさり、背中で彼女が指差す方向に向かい、勉強会を再開した