誘拐

羊としてだいぶ勢力が拡大していたとある日、襲撃やら抗争やら落ち着いていたのでちょっとした私用で外に出ていた。特に大した事のない用事だ。別に急ぎでも無く、暇ある時に行けばいいと思っていた程度で、誰かと共に行動するものでも無かったしのんびり1人で歩く。ちなみに、外に出る事を知ってるのは白瀬だけだ。すぐに戻る予定だし、たまたま入口の近くに居た彼に「ちょっと外に出る」と適当に声を掛けただけである。勿論中也には言っていない。少し成長してべったり具合がマシになったものの、目に見えるような身体に引っ付いてくるのが無くなっただけで私を見かければ寄ってくる、そんな彼に外に出ると言えば確実に着いてくるのが目に見えている。少し気分転換も兼ねていたので、彼が居たら恐らくリフレッシュなど出来ないだろう。気を遣ってあれこれ言ってくれるのは、とても頼もしい事で嬉しい事なのだが。
「ふぅ…あれ、ここまで来てしまったのか…」
ぼんやり考え事をしながら歩いていれば、結構歩いてしまっていたようで海岸沿いの方まで来ていた。今はもう時季外れな為、海に来ている人はほとんど見られなかった。そりゃそうだ、長袖でも肌寒い季節になっている中、海に入る人なんてそう居ないだろう。もう少し近くで海を見てみたくて浜辺に降り、足場の悪い砂浜をゆっくり歩く。あまり早足で歩いてしまえば、足を取られて転けるに違いない。ざくざく体重を掛けながら悪い足場を平らにするように歩いていけば、やがて波打ち際に到着した。足に塩水が掛かりそうになり、反射的に後ろに逃げる。濡れて帰ればきっと誰かしらに怒られる、主に中也とか。
「あ、もうこんな時間!?」
少し外出するどころかだいぶ楽しんでしまい、もう帰ろうと浜辺から道路に繋ぐ階段を登ろうとした瞬間、頭に衝撃が走ってやがて意識を失った。

「…ッ、」
何だか長い夢を見ていたような気がする。目が覚めてゆっくり目を開けると、視界が真っ暗な事に気づく。起き上がろうと身動ぎをすれば、恐らく縄で両手両足共に固く縛られており、視界が真っ暗のは何か目隠しでもされているのだろう。叫ばれないようにか布で口を縛られていて、先程の海に行った事は夢ではなく事実である事を物語っていた。コンクリートのような硬くて冷たい場所に寝転がされてるようで、全身が冷え切り、ズキズキ痛む。見張りなど居ないのだろうか、近くに人の気配も物音もしない。犯人は何を目的としているのだろうか、状況を確認するにしても、視界も行動も奪われている今の私には何も出来る事は無い。せめて働いている嗅覚と聴覚を当てにするが、錆の臭いと湿気の臭いが漂う場所というだけで、特に情報を拾う事は出来なかった。縄抜けなど出来ないがやってみるべきか、そう考え手を動かしてみるがギチギチに縛られた縄は解ける事が出来ず、手首が擦れて痛むだけだった。それでも諦めずに頑張っていた時、ふと足音のようなものが聞こえ、寝たフリをする。ここがドアのある部屋なのか、それとも周囲から見渡せるような場所なのか。定かでない以上起きているとバレたら情報を集める事など出来ないだろう。足音は2つ、会話をしながらこちらに向かって来ているようで、恐らく私の話を大変愉快そうにしていた。
「今回は女、しかも結構上玉だぜ」
「まじかよ、若い女は荒稼ぎ出来るしツイてるな俺達」
「おうよ。しかもよ、最初は気づかなかったんだが、羊の構成員っぽいぞ。腕に青いバンド付けてた」
「そりゃ本当か?本当なら情報吐かせりゃその分高値で売りさばけんじゃねえか。ラッキー」
「その前に俺達で遊んでからな」
「おい質が落ちるだろうが」
「1回位バレねえって」
ゲラゲラ笑いながら、ギギギと不快な音を鳴らしている。声の籠もり具合からして、恐らく扉を開けた音なのだろう。会話がクリアになっているのを確認しながら、眠っているフリを徹する。声からして男2人が私に歩み寄り「まだ寝てんのかよ」と悪態を零す。
「んじゃ起こせば良いじゃねえ、かッ!」
「ッ!げほ」
「おい乱暴すんじゃねえぞ、痣1つ付けりゃ商品の品質が落ちんだろうが」
男に鳩尾を蹴られて、その衝撃で一瞬息を忘れ思わず身体を丸めて咳き込む。クソ、情報がほとんど集めれてない、これじゃ売られてお終いだ。どうする、異能を使うか?否、発動条件などはなんとなく理解はしているが、使いこなせてないし発動するか確実なものでも無いので、他に人が居れば満身創痍な自分ではすぐに捕まる可能性が高い。
「おい縄解け」という男の命令で、縛っていた全てのものを外され自由の身になった。どうやらここは部屋のようで、この男達以外誰も居ない。逃げようと立ち上がった瞬間、肩を押さえつけられてその場で押し倒される。
「やだ、やめて!やめろ!」
「おい暴れんじゃねえよ!」
服に手を掛けてくる男達に抵抗するが、大人2人に対して子供が敵うはずもなく。あっけなく上半身の服を剥ぎ取られ破られてしまい、男が私の下着に手を伸ばしてきた。やだ、やめて、やめてくれ、ギュッと目を瞑ったその時、男が悲鳴を上げた。それに驚いて目を開ければ、1人の男が泡を吹いて倒れていた。恐らく私の異能が上手く機能してくれたのだろう。掴みかかっていた男が驚き、手が緩んだ隙に走って逃げる。ここが一体何処なのか、出口は何処なのか検討も付かないが、ただがむしゃらに足を動かす。後ろを確認すれば、男は追ってきてないようなので何処かに隠れようと思った矢先、ドンッと建物が揺れ、思わずその場に倒れる。何処かで爆発があったのだろうか、立てそうも無い程の震動に、その場で突っ伏しながら揺れが収まるのを待つ。「名前!」窓の方から声が聞こえたのでそちらを見ると、異能を使って宙に浮いている中也が居た。
「ちゅ、中也…!?」
「おい大丈夫か!?ッ服着てねえじゃねえか…!何があった、否、その前にこれ着ろ」
「ご、ごめん、ありがとう」
「一寸この部屋に入って待ってろ、すぐ終わらせてくる。」
「え、あ、待」
彼が着ている服を私の肩に掛けてくれ、近くの部屋に入れと言い彼は異能を使い駆ける。というより建物を破壊しまくっていた。言われた通り部屋に入って近くの物にしがみついていれば、やがて揺れは収まり、1つの足音がこちらに向かってきて、扉が開かれる。
「おい、帰るぞ。」
「…うん」
月明かりが中也を照らし、私からは彼の表情を読み取る事は出来なかったが、まあそれはそれは怒っているのだろう。声のトーンや歩き方、オーラで丸分かりだ。私の前でしゃがむ彼の背中に乗り首に腕を回せば、軽々負ぶさってくれる。彼の背中で揺れながら帰路に着く中、お互いの会話は無かった。
この後、拠点に戻った私はこっぴどく叱られ、中也はふて腐れて数日色々面倒だった。