彼女

運動能力があまり無い彼女は、身体を動かす外回りの任務よりかは書類整理などのデスクワークの方が得意である。彼女がポートマフィアに入ってすぐに彼女の世話係である織田と、稀になんとか時間を見繕った俺が敵に捕まった時など緊急時に戦えるように体術を教えたのだが、まあセンスが壊滅すぎて素人に毛が生えた程度しか上達しなかった。数ヶ月に渡って、やっと基礎の基礎を覚えた位には破滅的な身体能力だ。それなのに、わざと手を抜いた俺や織田に1度も勝てた事が無いにも関わらず、少し知識がついたせいか彼女は物凄く強くなったと息を巻いて「誰が来ても勝てる気がする」とほざきやがったので、その自信を早々に俺が潰した。その場で這いつくばる彼女を目撃した織田が、不憫な目で彼女を見ていたが知ったこっちゃない。
その甲斐あって、彼女は任務に行くとは言いださなくなった。とは言っても恐らく外の任務に行けると言ったのはあの時俺の前で1回言ったきりだろうが、まあ他の奴らに比べちゃ外の任務に行く事が極めて少ない。と言うのも、襲撃が主で怪我を負う事が多い仕事に俺が行かせるつもりが無いので、彼女に回ってきた外の任務は俺で事足りるのであれば代わりに行っているというのが実際の所なのだが。彼女の上司的立場になってからは彼女の仕事事情が筒抜けなので、彼女の任務をぶん取るのが楽になった。職権濫用?んなもん知るか。結果を収めりゃ主領も文句は無いようで、目を瞑って下さる。いや、「私は彼女にお願いしたのだかね。」と以前言ってたので呆れもあるだろうが、ここは譲るつもりは無い。まず先に俺の所に仕事の概要が渡されるので、そこで俺が行けばなんとかなる。彼女も特に違和感は持っていないし、それを考える前にまあ俺の書類仕事を投げるので考える暇も無いだろう。
そんな感じで出来る限りは回避させているのだが、出来ない場合もある。首領が直々に彼女を呼び出す時だ。まあ、彼女は戦闘力が劣るので、基本的に直属の上司である俺も一緒に同行する事になるが。彼女に危害が加わる前にもう俺が建物ごとぶっ潰せば良いんじゃないかと思うのだが、今回の任務は「ある資料を盗ってきて欲しい」との事だ。どうやら、とある中小企業がポートマフィアの傘下の企業を攻撃したらしいのだ。恐らく攻撃を指示しただろう親玉が居るだろうと云う首領の考えで、今回何処にあるか分からない契約書やその情報を記載されてるであろう資料を奪う事が目的らしい。
基本的には、相手の異能力の相性によって彼女が抜擢されるのだが、彼女が本領発揮されるのは並外れた頭脳を使う時だ。太宰のクソ野郎には負けるようだが、彼女は物凄い頭が切れる。彼女の作戦のお陰で羊があれだけ拡大したと言っても過言では無いだろう。首領も彼女の実力を買っているようなので、このように稀に首領から直々に呼び出されるのだ。基本的には他の部隊や太宰に任せていたのだが、今回はその部隊は何処かに出払っており、太宰は4年前にマフィアを抜けたせいで名前に回ってきたという事だ。
「かしこまりました。必ずや資料を奪ってみせます」
「宜しく頼むよ。損害は無いに越した事は無いが…」
「損害は出さないよう尽力します」
今回は潜入調査のようだ。相手に見つからず持ち帰れば万々歳、もし見つかったとしても声を出される前に殺せば良い。名前の為にも張り切って行こうじゃねえか。
「だからと言って建物を壊滅させてはいけないよ、中也君。」
「…承知しました」
「すいません、中也は私から言い聞かせます…」
首領に事前に釘を刺されてしまい、そのまま首領の執務室を後にした時には名前から口酸っぱく言い聞かせられた。

「ここか」
「なんか雰囲気ある建物だね。何か出そう」
「なななな何云ってんだ手前ふざけんじゃねえぞ」
「嘘嘘、ごめんって。」
名前が何かよく分からない事をほざくが、別に俺は怖くないのでビビってねえ。ビビってねえったらビビってねえ。首領から貰った敵に関する情報の資料を再度確認し、建物の見取り図を出しては俺に見せてくる
「私が思うに、資料はこの部屋にあると思う。となればこのルートが最短だから、まずは裏口から入ろう」
「分かった。」
時間も時間だったせいか、人の気配はほとんど無かった。中小企業と見せかけている為に拠点が別にあるのか、はたまた別の所に襲撃でも行っているのだろうか。彼女のピッキングで裏口から入れば、建物に明かりは点っていない。周囲を警戒しながら先に進むが、俺達の足音が廊下を鳴り響かせるだけで静寂がこの場を支配していた。
「…」
「どうした」
「なんかおかしい」
「何がだ」
彼女曰く、ここまで人の気配が無いのは逆に気味が悪いとの事であった。俺が見ていないだけで彼女が読み込んだであろう資料に情報でも書いていたのだろうか?終始険しい顔をしながらも名前が目星を付けていた執務室に入る。近くに資料室があるのにどうして執務室なんだと聞けば「大事な資料程近くに置いて管理しておきたいと思うから」という彼女の見解である。どうやら部屋には誰も居ないようで、デスクに近づいては鍵の付いてる引きだしに手を伸ばす。矢張り鍵が掛かっているようなので、針金でピッキングすればカチリと軽い音を鳴らして引きだしが開いた。
「何も入ってねえ。ここじゃ無かったのか?」
「…否、これは二重底だね。でもこれは駄目だ。開く事は出来ない」
「何でだ?」
「ちょっと暗いから見えづらいけど…ほら、ここ。見える?」
「…んだこの紐」
「この紐状のが別の場所に伸びているの。相手は頭が善いようだ、恐らくこの潜入も相手にとっては計画の内だね…ふふ、面白いじゃないの」
冷え切った目をしながら笑みを浮かべる彼女に、ゾクリとした何かが駆け巡る。彼女はたまにこういう表情をちらつかせる。何度見ても俺はこの表情に慣れる事は出来無い。思わず黙ってしまった俺の顔を見て「どうしたの?」と先程の表情は既に影を隠し、少し不安そうな顔をしながら声を掛けてきた。
「じゃ、じゃあこの任務は失敗って事か?」
「否、1つだけ方法はある。この伸びてる部屋に人が居るだろうから、そいつから情報を吐かせ、その日の内に親玉を襲撃する事だね」
「…俺の出番って事だな。善い展開になってきたじゃねえか」
そう云って少し楽しげな後ろ姿の彼女に駆け寄った。