いざ尋常に

今日も今日とて姐さんの監視元で働く。加入してからだいぶ経過しているのである程度は慣れてきたとはいうものの、まだまだ教えて貰う事が多くて未だ自立出来そうにも無い。クソ、羊の頃は何も考えずに狙ってくる敵を叩き潰せば良かったものの、規模のでかいポートマフィアは規則も掟も桁違いで覚えるのも一苦労だ。今まで何も考えずに動いていたツケが回ってきたのだろうか。これじゃ早く昇進して名前を部下に置くのも夢のまた夢だ。
そもそも名前という人物は下っ端構成員という立場に収まるような器では無い。作戦も、統率力も、指示の仕方も、説明も上手い。上司としての器は申し分無いだろう。俺が居なければ羊のリーダーにもなっていただろうし、実際彼女の方が俺よりも適任だったと今でも思っている。いわゆる宝の持ち腐れというものだろう。とは言うものの、やはり俺の部下に置きたいのだ。理由はいくつかあるが、1番はあいつを危険な目に遭わせたくない。俺が上司になればあいつに振り分けられた任務を全て請け負うつもりだ。もし、もし任務先で異能が開花し、使いっ走りになってしまったら…俺が早いとこ上の立場に立たなければ。
名前の事を考えたら少しでも顔を見たくなってきた。あいつは今何をしてるんだろうか。きっと、俺がヒイヒイ嘆きながら覚えてる掟などもすぐに頭の中に入っているのだろう。あいつは俺と違って頭が良いのでこういう時は羨ましい。そうだ、あいつに教えて貰えば良いのでは無いだろうか?あいつに会ったら早速聞いてみよう。そう考えながら腕の中でずれる資料の束を抱え直し、辺りを見回す。別に名前を探している訳ではない。確かに、ちょっとすれ違ったら少し位の世間話が出来るだろうが、今はこの資料を姐さんに渡しに行かなければいけない。公私混同など言語道断だ。うん。でもまあ、運良く会えるたのならば別に仕方無いだろう。顔を合わせて挨拶しないってのも変な話だ。別に俺は名前を探して無ぇ。無ぇったら無ぇ。

姐さんに資料を渡した後、「少し休憩を取れ」と言われたのでお言葉に甘えさせて貰ってる。休憩だから名前の所に行っても問題無ぇだろう。先程ある程度探したが、名前と出くわす事も無かったので別の場所に足を向ける。否、だから俺は探して無ぇ。彷徨いてたら10分程経過していたとか無ぇ。公私混同とか、全く、して、無ぇから、うん。誰に言い訳してんだ俺。
「あれ、中也じゃないか。こんな所で何してるのさ。身長を伸ばそうとしても無駄だと思うよ」
「ゲ、太宰…つーか俺は身長伸ばそうとしてねぇしこれから伸びんだよ!!!」
「いーや、絶対無いね。君は近い将来その低身長で悩む事になる」
「っせぇよ!!!そんな事は絶対無ぇ!!!」
クソ、会いたくねえ奴と出会しやがった。売り言葉に買い言葉。廊下でギャーギャー騒ぎながら口喧嘩していると、あの野郎はいきなり「あ、成程」と言い出した。
「んだよ」
「君、名前ちゃんを探しているのだね」
「はッ!?」
「その反応は図星だ」
「ッ、うっせぇよ!」
「君ほんと名前ちゃん好きだよね。ま、僕も好きだけど」
女だったら誰でも良いんだろうがクソが。ったく時間を無駄にしてしまった、こんな奴を構っていれば休憩時間なんぞあっという間に無くなってしまう。腹立つ顔をしながらこちらを笑ってくるクソ太宰を放置して名前を探しに行こうと一歩踏み込んだ矢先、俺の携帯に連絡が届いた。
どうやら、本当に休憩時間が無くなってしまったようだ。泣く泣く俺は姐さんの所に戻り、今日の名前探しは終わりを迎えたのであった。

夜。姐さんに扱き使われまくり、さすがの俺でもヘロヘロの状態でお互いの妥協案で一緒に住んでる家に足を向ければ、既に名前は帰宅しているようで明かりが灯っていた。なんだかそれだけでほっとする自分が居り、鍵を差し込み玄関の扉を開ける。
「ただいま」
「あ、中也おかえり〜」
「つっかれた…」
「お疲れ様、ご飯食べれる?」
「ん。」
「ちょっと待ってね」
未だに料理が苦手な俺は、基本的に名前の手料理を食べさせて貰ってる。休日などに名前に料理を教わってはいるのだが、どうしても包丁の扱いに慣れずに手を切ってしまって中々上達しない。お陰で、手袋の下は絆創膏だらけだ。よくあんな細かい作業が出来るものだと素直に感心する。部屋着に着替えてダイニングキッチンに向かえば、料理は2人分用意されており、片方に名前が座っていた
「先に食って良いっていつも言ってんだろ」
「さっき出来たんだもの」
「そうか、なら良いけどよ」
「はい座って、いただきます」
「いただきます」
こいつはいつもそう言って俺が帰って来るまで料理に手を付けずに待ってる。さすがに深夜の時間帯となれば先に食べてるのだが、大体帰る時間帯は決まっているので待って居る事が多い。
「そういやよ、お前もう規則とか覚えたか?」
「まー8割方?」
「まじかよ…」
「中也はどうなの?」
「…教えてくれ」
「あ、うん。良いよ」
やっぱりか、という顔でこちらを見る名前に、少し傷ついた。