勝負!

今日も今日とて名前の姿を探し、この廊下も3往復目だ。規則を教わる事になったあの日から休憩時間を全て名前探しに当てているのだが、マフィアの拠点内では見事にすれ違う事が無い。もう数日だぞ。どんだけ探しても居ない彼女に、最早名前は拠点内には居ないと考えた方がしっくり来るほどだ。そうだ、名前に何処で何をやっているのか聞いてみるのも有りだな。
そろそろ姐さんの所に戻るか。落胆しながらそれでも会えるかもしれないと期待を持ってゆったりとした足取りで職場に戻ろうとした矢先、ふと声が聞こえた。どうやら俺の背後の曲がり角から聞こえるので、後ろを振り返ってその角を注視する。
「はい、はい分かりました。では」
「…!名前!」
「あれ、中也?」
「お、おう、奇遇だな。今から何処に行くんだ?」
「織田作さんに体術を教わりに訓練所に行くの。中也は何してるの?」
「え、いや、あの、あれだあれ、休憩しててよ、」
「ふーん」
どうやら電話で誰かとやりとりをしていたようで、切ったタイミングで彼女に近づく。やっと会えた事に思わず舞い上がりながら、なんとか落ち着いた対応が出来たと思う。家で確実に会えるよりかは偶然会えた方がなんだか特別感がある。つーか訓練だと?体術なんざ俺に聞けば良いだろう。何でその男に聞くんだよ、怪我したら危ねえだろうが。
「俺も行く」
「え、良いよ来なくて」
「行くったら行く」
「うーん、織田作さんに聞いてみるね」
そう云って彼女と共に訓練所に向かった。

名前が云うには、織田は先に訓練所に居るらしい。どうやら織田自身数十分前まで別の任務に行っていたらしく、それまで名前に掃除などを任せていたらしい。なんでそんな雑用みたいな事してんだ、下級構成員ってのはやる事がねえのか?彼女をじっと見ていれば、「あ、ここだよ」と1つの部屋の前で足を止めた。どうやらここに織田が居るらしく、名前は扉を開けて中に入っていくので、俺も後ろから着いて行った。
「織田作さん、お待たせしました」
「否、問題無い。…所で、その後ろの、」
「手前、俺を勝負しろ!」
「えぇ!?ちょ、中也!織田作さんすいません!」
「おい止めんな名前、」
名前の後ろに居た俺は、織田の方に詰め寄り勝負を仕掛ける。だが、名前はあまり善く思わなかったのか慌てて俺の腕を引っ掴んでグイグイ引っ張ってくる。恐らく俺をこの部屋から出そうと懸命に引っ張ってくるのだが、正直力が弱すぎて全くびくともしない。
「仲が良いんだな」
「ま、まあな。それより俺と」
「ほら、駄々捏ねない!織田作さんすいません…」
「俺は別に構わんが…」
「じゃあ構えろ、おい名前ちょっと離れろ」
「お、織田作さんすいません…ほんとすいません…」
「そう謝るな。俺は別に問題無い」
仲が善いと云われて思わず舞い上がるが、勝負をする事には変わり無い。織田は勝負をする事に否定的では無かった。だからと云って俺のように好戦的という訳でも無さそうだ、否、全く表情が変わってないのでよく分からないが。少なくとも肯定はされているので構えようとするのだが、俺の傍から離れない名前をなんとか剥がせば、織田の方に頭を下げに行って申し訳なさそうな顔をしている。そんな俺が駄々を捏ねたような反応すんじゃねえよ、つーか織田手前…何名前の頭撫でてんだふざけんじゃねえぞ俺でもまだあんまり撫でた事ねえのに何しれっとやってんだ絶対負かす。名前も名前で嬉しそうな顔してんじゃねえよ。

「手を使わないのは癖か?」
「グッ…ゲホッゴホ!」
「すまない、大丈夫か?」
「クソッ…!」
何が起ったのか理解出来ない。勝負が始まり先手を取ろうと俺から仕掛けたのだが、いつの間にか俺が床に伏せて織田はケロリとした表情で立っていた。何度も何度も立ち上がって織田に向かうが、やはり俺は組み伏されていつの間にか天井と織田の姿を眺めている。俺は未だに織田の戦い方を見切っていないのに、織田は俺の癖をよく見ていた。
羊の頃にわざと手を封印していた頃の名残が未だに染みついているせいで、その癖が出てしまっているのか基本的に足で攻撃してしまう。それをすぐさま交わされてしまい、俺はいつの間にか負けてしまっているのだ。クソ、もっと動きを研究しねえといけないのに俺が弱いせいでほぼほぼ一手で潰されてしまう。
「もう1度だ!」
「もう終いだ。」
「んでだよ、まだやれる!」
「迎えが来ている」
「は?迎え…あ、姐さん」
「中也よ、そんに扱かれたいのかえ?」
「も、申し訳ありません」
いつの間にか名前の隣で物凄いオーラを出している姐さんが立っていた。こりゃやべえと思わず背筋が凍り、冷や汗がドッと出てくる。こりゃ今日は帰れそうに無いと昔やった地獄の訓練を思い出し、意識が遠のきそうになった。

それから名前の傍に居る織田に何度も何度も勝負を挑み、戦う事となった。結果は…まあ、うん。擦り傷を態々手当てしてくれる名前にこの時だけは俺を見てくれると少し舞い上がった