負け惜しみ中也君

「今週の、負け惜しみ、中也…?」
ある休憩時間だった。織田作さんに体術を教えて貰っていたのだが、体力の無い私はあえなく断念して少し体力を休める為にドリンクでも買いに廊下を歩いている時だった。その向こう側からスキップしながらこちら側に向かってくる太宰君が、少しご機嫌な様子で腕の中に抱えられてる大量の紙をすれ違う人々に手渡していた。そんな彼を見かけた私も例外なく「面白いから見てくれ給え」と紙を1枚手渡され、スキップしながら去っていく太宰君の背中を見送る。嵐のように騒がしかったものの、一瞬で去って行ったので断る事も出来ずに手渡された紙を見れば「号外!今週の負け惜しみ中也」とでかでかと書かれた文字が1番最初に目が入った。その紙を半分に折ってから、本来の目的であるドリンクを買いに歩みを進めた。

「嗚呼、それなら毎週配ってるぞ」
「え、そうなんですか!」
2本のドリンクを買って訓練所になっている部屋に戻り、1本のドリンクを織田作さんに渡した。何度も必要無いと断られ、なんとか言いくるめてドリンクを渡せば、「すまない」と少し申し訳なさそうな雰囲気を出す織田作さんにそういえば、と先程貰った紙を見せる。織田作さんによると、どうやら決まった曜日に太宰君とすれ違えばこの紙を貰えるらしい。大体配っているのは先程の廊下で、織田作さんに関しては態々会いに来てまで渡してくるそうだ。まだ今日は貰っていないようだが、織田作さんは律儀にそれを貰っては最後まで読み、ファイリングしていると言う。少し面白そうだと興味が湧いたので、私が見た事の無い今まで配布していた分を後で見せて貰う事を約束し、未だにきちんと読んでないその紙を2人で一緒に覗き見る。
「何々、【先週のある日、名前を探して歩いていた時にちょっかいを掛ければ「別に探してねえしただ歩いてただけだ!」と訓練所付近で目撃した】…?」
「【ちょっかいを掛ける前から尾行していたが、辺りを見回してしきりに「名前が居ない」と言ってたのに、なんとまあ素直じゃない事か】だと」
「何で探してたんだろう、何か用事でもあったのかな…」
「そうかもしれん。ただまあ、先週の話ならもう用事も終わってるんじゃないか?」
「うーん、そうかもしれないですね」
他にも何も無い所で盛大にずっこけていたが実は自分が仕掛けた罠だとか、ゲームセンターで僕に負けただとか、好きな女の子の前では童貞臭いだとか記されていた。
「織田作さん、童貞って何ですか?」
「…俺にはよく分からん」
「そうですか…」
目を逸らしてそう返事する織田作さんが「そろそろ問題無いか」と言うのを皮切りに、訓練は再開されたのであった。

「うぅ…明日は筋肉痛だ…」
「今日の訓練は終わりだ。立てるか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
地面にへたり込んだ私に伸ばしてくれる彼の手を掴んで立ち上がる。織田作さんとの訓練は結構厳しい。というより、織田作さんの普通が、私にしては結構ハードなもので、元々体力が無いというのも相まって着いて行くのがやっとなのだ。反して織田作さんは全く疲労をしている姿が見えないどころか、呼吸すら乱していない。何なら猫探しの任務の方が疲れているのではないだろうか。少し悲しくなりながら毎日毎日訓練終わりに湿布を貼っては筋肉痛を和らげていたのだが、今日も今日とてハードな訓練だった為に既に筋肉が悲鳴を上げていた。
「そうだ、先程言っていた奴でも見るか」
「あ、見たいです!」
足が震えそうになりながらなんとか織田作さんの後ろを着いて行く。訓練所から移動し、職場に戻ってから彼は自分のデスクに向かって1つのファイルを私に手渡した。それなりに分厚くなっているそれを捲れば、この紙全てが太宰君が作ったであろうものだろう。逆にこれだけ作れるだなんて凄いなと感心する。
「太宰君って、実は中也の事が好きなんじゃないかな…」
「…嗚呼、喧嘩する程仲が良いしな」
「ですよね。それに、これだけ書けるって事はその分中也を見てるって事ですし」
「つまり、太宰は中原の事が好きなのか」
「成程、愛情の裏返しって事ですか」
「そうかもしれん」
ペラペラ紙を流し読みしながら織田作さんと会話を広げる。ここは姉のような立場である私が何かしてあげるべきなのだろうか。よし、ここは一肌脱いでやろうではないか。2人が仲良くなれる大作戦をやろうと織田作さんと結託する事になった。

後日、2人がギャンギャン騒いでる所に「太宰君は中也が好きなんだよ!」「嗚呼、中原も太宰が好きなんだろ?」と野次を飛ばせば、2人から数日間避けられてしまったのであった。