認める
太宰さんに拾われポートマフィアに身を置くことになってから早数ヶ月が経過したある日の事であった。太宰さんとの訓練が終了し、廊下に出た時名前も知らぬ1人の女に声を掛けられた。
「えっと、貴方があくた…あくたがわ?くん?」
「…然り。貴様は何者だ」
「あ、私は名字名前です。宜しく」
「宜しくする積りは無い」
最初は何だこの女は、という印象であった。さては不届き者かとも考えたが、このポートマフィアに侵入出来る人間などすぐに斬り捨てられているであろうと判断し、僕は女の横を通り過ぎようとした。
「あ、待って怪我してるじゃない!」
「僕に触るな!」
「はいはい分かったからこっちおいで!」
「僕の話を聞け!」
先程の訓練で出来た右腕の傷を見たのか女は僕の手を引いて何処かに連れて行こうとしてきた。僕はその手を振り解いて抵抗すれば、女は仕方無いといった表情で僕の背後に回って力一杯押してくる。躯も疲れ果てており抵抗も出来ずに押されるままに足を動かせば医務室に到着した。どうやら僕の傷の手当てをする積りだったようで僕はその場を立ち去ろうと扉に向かう。
「善い、僕に構うな!」
「怪我してたら動き鈍るでしょう」女の言葉も一理あると思いとどまった。
「ッ…自分でやる」
「出来る?難しかったら手伝うよ」
「手解きなど要らぬ。」
動きが鈍れば太宰さんの訓練に着いて行けぬやもしれん。となれば太宰さんに認められる道が遠ざかってしまうと判断し、僕は自分で手当てをする事に決めた。
女はこの場を去るという選択肢を持ち合わせていないらしい。包帯や消毒液など手当てに必要な物を持ってきては僕に渡して来る。
「さっさと戻れ」
「ちゃんと手当てしたのを確認したら戻るよ」
あくまで戻る積りは無いらしい女に溜息を零す。「溜息吐いたら幸せが逃げるんだよ」女は云う。五月蠅いを一蹴してさっさとこの場を立ち去ろうと適当に手当てしていれば、女は全くと云った表情で巻いていた包帯を引っ掴んできた
「ちゃんと巻けてないよ、ほら」
「要らぬ!触るな!」
「ちゃんと巻いてた方が怪我が早く治るよ…ほら、完成」
「ッ…」
やけに手際の善いその女から逃げるようにその場を立ち去った。
それからも事あるごとに僕の手当てをしてくるようになった。最初は抵抗していたが女はしつこい上目敏かったので、僕の小さな傷でもすぐに見つけては医務室に放り投げられる故に先に僕が折れたのであった。
僕が折れてから女は手当ての最中に話しかけてくるようになった。どんな訓練を受けていたのか、今日は仕事が暇だとか他愛の無い話から今までの生い立ちなどあらゆる事を話した。同じ貧民街で暮らしていたという話をした時は柄にも無く互いに盛り上がって手当てなどそっちのけで語り合った。女には弟分が居るようで小さい頃によく怪我をして帰ってきていたらしく、それで手当ての知識などが付いたと話した。幼少の頃からしていたのであればこの手際の良さも頷ける。それからは廊下ですれ違えば互いに挨拶をする程度の仲となった。マフィア内ではそんな相手も居なかったので少しむず痒い気持ちになったが、それは別に厭なもとでは無かった。
軽い怪我にも関わらずその日も彼女に連れられては医務室に連れてこられた。そういえば、彼女の頭脳は太宰さんと遜色ないと太宰さんから聞いた事がある。彼女に認められれば、太宰さんに認められるのも近いのでは無いだろうか。僕はそう問えば、彼女はいつも通りの表情で淡々と云った
「私に認められた所で本当に認めて欲しい人間は私じゃないでしょ?芥川君、私は太宰君じゃないよ」
「…」
「認めるも何も、私自身貴方の事凄いなって思ってたよ」
「…何故僕の事を知りもしないのにそのように云える」
「太宰君が芥川君の事を話しているからだよ。それに太宰君の教育に着いていける人を聞いた事が無い。これは極めて稀な事だ」
「太宰さんが、」
「うん、太宰君が。君の事ちゃんと見てくれてる証だと思う。…よし、出来た」
彼女は僕の事を知っていた。確かに今までの会話で少しは僕の事を話した事はあるが、それもあくまで聞かれた事しか話してはおらず、彼女が僕の事を知っている事など少ない筈だった。だが、例え太宰さんから又聞きであろうとも、僕が語っていない僕の事を知っていてくれていた。その事がなんだか少し嬉しく思った。
「貴方は、何故僕に構う」
別日、既に手当ては終わり、彼女は散らかった医療道具を救急箱に片付けていた。彼女が居ない時は自分で手当て出来るようになっていたにも関わらず、彼女は律儀に時間をなんとか作って僕の様子を見に来るのだ。
何故こんなにも緊張しているのか自分自身分からなかったが、僕は椅子に座ったまま彼女の顔なんぞ見れず動悸を速まらせて問うてみた。
「え?嗚呼、太宰君に頼まれたから」
太宰さんに、頼まれたから。僕の世話は指示されてやっていたという事に頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。何故こんなにも動揺しているのか分からない。心臓は暴れ渦中はドロドロを黒い渦を巻いた。
我に返った時には既に彼女は居なかった。明日もきっと太宰さんとの約束を律儀に守る為、何食わぬ顔で僕の傷を見にやってくるのであろう。もっと僕の事を…僕は何を考えているんだ。ただ自分は太宰さんに認められる為に行動すれば善いのだ、莫迦みたいな考えは頭を振って追いやり医務室を出た。