ホワイトデー

寒い寒いある土曜日の事。名前は中也からプレゼントとして贈られたマフラーを付け、指先や鼻を赤くしながら大型ショッピングモールに足を運んでいた。
この日はとても混雑しており、名前は人の多さに圧巻していた。ただ日用品を買い足そうと遥々家から少し遠い所まで来たのだが、さすがにここまでとは予想しておらず人の波をなんとか潜り抜け、四苦八苦しながら目的を果たそうとしていた。
1時間程が経過したであろうか、名前は満足げに荷物を腕に引っさげながらそろそろ帰ろうと出口に足を向ける。
「ん?」
名前の視線にあったのは、「ホワイトデー」と書かれた文字であった。
「あっ…もうそんな時期か…」
名前はつい1ヶ月前にあったイベントを思い出した。義理とはいえ数人にチョコレートを貰った事を思い出し、名前はその店に吸い込まれるように入って行った。

3月14日、ホワイトデーである。
バレンタインは女が男にチョコレートを贈り、ホワイトデーは男から女にお返しをするのが一般的だ。名前はバレンタインというイベントを知識としては知っていたが、渡さなければ貰うはずも無く。義理や親しい人にも渡す義理チョコや友チョコといった類の知識は持っていなかったので基本的にスルーであった。今回もそうなると思っていたが、今回のバレンタインで友チョコという類いを教えて貰った上に、意外にも親しい人物から何個か貰ったので少しこのイベントを楽しもうと名前は誰にどのお返しをするか紙袋の中を何度も確認した。
一方、中也は名前より先に出勤していた。やけに落ち着かぬ様子で意味もなく立ち上がっては座り、また立ち上がってはデスクの周囲をグルグル回り、そして座る。その姿を見ていた紅葉は、中也を奇妙な目で見つめ視界に入ったカレンダーを見ては合点がいった。
「中也、そんなに気になるなら名前の所に行ったらどうじゃ」
「べつッテェ!!べ、別に気になってなど!」
図星を突かれた中也はあからさまに動揺し、思い切り足をぶつける。
「見てる此方の気にもなれ」
「すいません…」
「多少は目を瞑る。今から休憩じゃ」
中也は紅葉の言葉を聞くや否や、部屋から飛び出して行った。
「はぁ、全く…」
「失礼します、紅葉姐さん居ますか…?」
訪れてきたのは、先程話題にしていた名前であった。
こりゃすれ違ったな。紅葉はこれから長時間帰って来なさそうな部下に溜息を吐いた。

中也は時間がある限り名前を探したのだが、探せど探せど見つからない。そうしている内に昼休憩に入り、中也は片手で持てる菓子パンを口に押し込んで名前を探した。
名前の昼は外食の頻度が多く、余談であるが織田とよく食べに行く事が大半だ。中也は名前が通りがからないかロビーの方に行き名前を待ち伏せる作戦に入るが、時間帯が悪かったのか待てど暮らせど名前の姿は無い。もしかしたら訓練室の方に居るかもしれないとそちらに足を運び、抜け殻状態を見て落胆する。
そろそろ戻ろうかと踵を返した矢先、後ろから軽い足音が聞こえ、思わず振り向いた
「あ、中也ー!」
「名前!」
名前だ。中也が午前の時間の有り余る全てを掛けて探しに探していた名前であった。駆け寄ってくる名前がやけに遅く感じた中也は彼女に小走りで近づいた。
「な、何だ?どうしたんだ?」
「うん、バレンタインのお返しを渡そうと思って」
中也は思わずその場でガッツポーズをした。名前は何してるんだろうという目で中也を見るが、彼はお構いなしである。
「はい、これ」
「…飴?」
世間一般では、ホワイトデーでお返しに貰う物によって意味が違うというらしい。バレンタインで色々下調べして知識の付いている中也は思わず動揺した。
「うん。中也の目の色をしてて綺麗でしょう?」
「手前、飴のお返しの理由分かってんのか?」
「ん?うん。知ってるよ」
中也の思考は止まった。固まった中也を放置して名前がその場を去った後、中也はその場で男泣きをした。
「うわ、何してるの」
たまたま通りがかった太宰は廊下で泣く中也を見てどん引いた目で見つめる。ネタになりそうだと反射的に声を掛けてしまったが、彼は大変面倒そうな気配を察知して失敗したと項垂れた。
「見ろ太宰。これだ」
「飴が何なの」
「名前から貰った」
「へー。私もクッキー貰ったけど」
「しかも飴を渡す理由も知っているらしい。で、手前は焼き菓子か?おいおいおいやっぱ俺だけ特別って事か!」
「え」
太宰は驚いた。ある程度仲良くなって彼女の事を知っているつもりだが、あの鈍感娘が理由を知って渡すなど。あれ?でも先刻織田作にも…太宰は真相を確かめるべく名前を探しにその場を去った。

名前を探すのは大変時間が掛かった。と云うよりも首領の呼びかけや仕事の対応をしていた為二の次になり、見つけた時には妙に浮ついた中也と喋っていた。
「あ、おーい!名前ちゃーん!」
「ゲックソ太宰…」
「太宰君?どうしたの?」
「ホワイトデーのお返しの事だけど、飴の理由を知っているのかい?」
「うん、知ってるよ」
妙に鬱陶しいドヤ顔をする中也を放っておき、名前に説明を施した。
飴は相手を「好き」だという意味で、クッキーは相手を「友達」という意味だと得意げに話す名前。少し引っかかった太宰はもう少し追求すべく口を開いた。
「じゃあ中也の事好きって事なのかい?」
「ん?うん。好きだよ」
顔面が煩い中也を放っておき、先刻から気になっていた事を名前に問いかける。
「じゃあ同じく飴を渡してた織田作は?」
「は?」
「織田作さんも好きだよ」
「どういう風に?」
「?上司としてだけど」
「え、は?おい一寸待て、飴は俺だけじゃねえのか?え?は?」
「え?織田作さんと中也と紅葉姐さんと首領とエリス嬢にも渡したよ」
「…」
名前が云うには、中也は”家族として”好きであり、織田含む他の人には”上司や仲間として”好きなので飴を渡したと云うのだ。ちなみに、太宰も同様に好きであるがここでは友人が当てはまると思いクッキーを渡したらしい。
「はぁぁああ!?!?」
「プークスクス」
「え、どうしたの?」
名前の云う飴の意味を知った中也はその場で崩れ落ち、太宰はやけに楽しそうにその場から去って行った。
余談であるが、その後クッキーが太宰だけだという特別製に気づいた中也は太宰を追いかけてクッキーを強奪しに行くのだが、既に太宰の胃袋の中であった。

後日、中也はその飴を大事に1日1粒ずつ食べ、空いた瓶は小物入れとして利用した。