感情の変化

「はぁ?恋煩い?」
事の発端は数ヵ月前、彼女がポートマフィアに入って少し経ってからであった。

今までは羊の拠点に居る事が多く、居なくても大体の居場所の検討はついていたが、今やその羊も解散しており、行き場の無くなった彼女が何処で何をしているのか気になっていた。寒さで凍えてないか、野垂れ死んでないか、復讐されて刺されてないか、痛みを感じてないか。色んな不安が脳裏を過り、仕事にも集中出来ず割り振られた自分の机の上に山積みになる書類を見て溜息を一つ零した。
そういえば昨日、たまたま会った彼女にバイトを探すつもりだと言っていたはずだ。出会ったのは本当たまたまだ。彼女を探して1時間なんて経っていない。本当たまたま偶然見つけて会話しただけなのだ。脳内で一人言い訳をしながら1つのアイデアが浮かんだ。働き先を探しているなら同じポートマフィアに入らせれば良いのではないか、と。思い立ったらすぐ行動、山積みになった書類に目もくれず、バイト先を探してふらふら彷徨ってるであろう彼女を探しにマフィアの拠点から飛び出した。それから数日、猛烈な勧誘をして先に折れた彼女がポートマフィアに入ることを決意したのだ。
首領にとっては彼女がそう決断する事は想定の範囲内だったようで、首領と名前と勧誘した自分で話し合ったが、事がとても早く進んだ。ポートマフィアの掟には、新人を勧誘した人間が責任を持って面倒を見る、身につけるものを1つ買い与えるというものがあるのだが、新人の自分が面倒を見れるはずもなく、面倒については適任者が居るという事で身につけるものを与えるだけとなった。ちなみに、買い与えたものは悩みに悩んだ末、腕時計をプレゼントした。
彼女のお世話係については、彼女には下積みが必要だという事でいわゆる自分のような出世コースというものではなく、下級構成員に頼む事になった。また、彼女自身が自分の異能力が分かっていないとなればどう扱えば良いか分からない、いきなり実践として襲撃部隊に組み込ませるにしても異能力の発動条件すらも分かってないまま向かわせるにはリスクが伴う。まずは彼女が持つ異能力を知るのが先決だと首領との話し合いの末により、下級構成員でもごく稀な異能力を持つ織田作之助という構成員の下に就くことになった。

それからと言うものの、彼女の隣には基本織田が居る。廊下ですれ違った時も、訓練している時も、それはもう昔の自分のように一緒に居る。たまに太宰のポンコツが彼女にちょっかいを掛けに現れる事もある、クソったれが名前から離れやがれ。ドスドス音を立てながら名前の方に行くと、先に気づいた太宰が自分に対してちょっかいを掛けてきた。2人で言い合いをしていると、彼女はクスクス笑いながら「仲良いですね」と織田に声を掛けていた。
「そうだな」
「「仲良くなんかないッ!」」
「クスクス」
「喧嘩する程なんとやら、か」
反論すると太宰の野郎と被ってしまう始末で、これじゃあ仲が良いと思われちまうだろうがクソが。イライラしながら踵を返し、そういや紅葉の姐さんから呼び出された事を思い出す。そういや集合時間は…後10分しかない。急がねえと遅れちまう。
「彼、何しに来たんだろうね」
「どうしたんだろう?」
「何か用でもあったんじゃないか?」
「ちなみに僕はちょっかい掛けに来ただけだよ」
「そうか」
「もうっちゃんとお仕事しないと駄目だよ」
「はーい」
背後からそんな会話が聞こえながら、何であの太宰にタメ口なんだ、とか俺も今度ちょっかい掛けに行くかとかモヤモヤとイライラを胸中に抱え足早に向かった。

ある日の昼、俺は昼食を取りに外出しようとした矢先、同じように外に行こうとする名前を見つけた。名前を呼ぶと彼女は振り返り、手を軽く振る。そのまま待ってくれてる彼女に手を振り返しながら駆け寄り、彼女の隣に並んで少し会話をすると、どうやら彼女も外食しようとしていたらしいので一緒に食べに行く事になった。お互い忙しかったので一緒に居れるのも久しぶりだな、とふわふわした感情のまま何処に食べに行こうかと話を弾ませながら美味しいと評判の店に行く事になった。平日の一般の昼休憩の時間帯より少し遅かった為、結構スムーズに入る事が出来た。まあ、別に待つ時間もこいつだったら苦では無いのだが。
渡されたメニュー表を流し読みし、そのままうんうん悩んでる彼女に目線を変え運ばれてきた水を飲む。あまりにも悩んでいるのでまたいつでも来れるだろと声を掛けたらそれもそうか、と返事と共にたまたま通りがかった店員を呼び、その時開いてたページの料理を頼んでいた。自分は1番おすすめと書かれているものにした。それからは異能力は分かりそうか、今はどんな事をしているのかと彼女の近況を聞き出す。その間に料理が運ばれ、少しの沈黙が走る。そういえば少し聞きたい事があったのだ、と口に含んだ料理を飲み込んだ時、彼女に声を掛けた
「なあ、ちょっと聞きたい事があんだけどよ」
「ん?○△※□???」
「いや、別に飲み込んでからでいいんだけどよ」
「ん、どうしたの?」
「何つったら良いのか分んねぇんだが、お前が俺以外の奴と話してるの見たら腹立つんだがこの感情って何だ?」
「うーん…うーん…?何だろう…私が取られるのが嫌、って事か…家族が取られるのが嫌って感じじゃない?」
「あー成程な、納得したわ」
「まあそんなのも最初だけだよきっと」
「ふーん、そんなもんか」

など数ヶ月前に彼女と会話をして今現在、ポートマフィアの掟や襲撃方法、紅葉の姐さんに教えて貰い、それなりに成長したものの未だ彼女に対するモヤモヤやイライラは無くならず。むしろ日に日に増すばかりで、もしやこれは病気なのではないか?と思い至り半休を貰い病院に掛かれば恋煩いだと返ってきた。そもそも、恋煩いって何だ?医者には気持ちの問題だと言われ、病院から戻った自分に紅葉の姐さんが出迎えてくれた。問題無かったかと体調の心配をされ、恋煩いと診断されたと伝えると愉快だと笑われたのだが、自分ではよく理解していなかったので恋煩いって何だ?と質問するとそれはもう「何で今まで知らなかったのか」と物凄い顔でこちらを見られる。恋煩いというものを紅葉の姐さんから教えて貰い、顔に熱が集中する。
今この関係性も崩したくない、この感情はもう少し隠しておこう。集中する熱を冷まそうとするも遠くから中也、とこちらに走ってくる彼女に、平然を保てそうにない俺は帽子を深く被り、顔を背けた