if特務課
中也殺害計画が実行される今日、私は目的地まで走りながら中也に電話を掛けていた。その電話先は一向に繋がる気配が無く、舌打ちをしながら携帯をポケットにしまって走る事に集中する。人にぶつかろうが、段差に躓き地面に伏せようが、すぐさま足を前に動かして1秒でも速くその場を目指した。
だが、私が着いた時には一足遅かった。
既にその場は戦場と化していた。黒服のポートマフィア、武装されたGSS、その場に妙に浮いている武装も何もしてない羊の子供達。彼らの怒号や悲鳴が飛び交い、その間も放たれた銃弾で命は奪われていく。
目視出来る範囲では、その中に中也は居なかった。上手い事逃げたのか、或いは既に。この場に長い事留まっていれば私も流れ弾に当たって死ぬか、私に気付いた羊達に殺されるかの二択になるだろう。どっちに転んでも私に未来は無くなる。私は後ろ髪を引かれる思いで、その場を去った。
その後私は羊の拠点で数日を過ごした。生き残った誰かが来る可能性もあったが、その前に荷物を纏めて出ていこうと考えたからだ。
抗争真っ只中であれば羊達はすぐにこちらには戻らないだろうと踏んで侵入したが、彼らの荷物は既に無く私と中也の荷物はそのままで他は蛻の殻であった。推測するに、彼らは既にGSSの拠点に移動したのだろう。
そしてポートマフィアもすぐに来る事は恐らく無い。現状、内部情報を知らないポートマフィアが、危険を賭して探りに来るだろうか?答えは否だ。今現在の首領は合理的に考える人間だという事は耳にしたし、きっと情報を得てから行動に移すだろう。故に数日はこの場所を拠点として身を置いたのだが、ポートマフィアが攻め入るつもりであれば時間の問題だし、持って後数日であろう。そろそろ身の振り方を考え無ければいけない。誰も居ない静かな部屋のベットの上、私は目を瞑って頭を悩ませた。
そもそも、私が生きて善い理由などあるのだろうか?こんな人を殺すだけの異能力を持ち、挙句親に捨てられ、異能力を持っていないよう振る舞い嘘で塗り固めた人間が、生きていても佳いのだろうか?私は、生まれてこない方が。
膝の上で握った手でスカァトに皺が寄った。その時だった。
「両手を上に上げなさい!」
「!?」
部屋に入ってきたのは黒い特殊部隊と、中心には丸眼鏡の男だった。先刻言葉を発したのはその男のようで、恐ろしい目つきで私を睨む。余りの迫力に躰が硬直してしまうが、きっとここで従わないと背後で銃を構えている奴らに殺されてしまう。
殺されて、しまう。死だ。いつも身近にあった死が、漸く私を迎えに来たのだ。
「は、はは、」
思わず笑みが零れた。自分でも笑みが浮かぶ理由が理解出来なかった。ただ、死が私を解放してくれるのではないかと思った。こんな思いを続けて生きていくのであれば、いっその事この場で息絶えた方が善い。グルグル感情がせめぎあい、私は笑いを収めもせず両手を掲げた。
「名字名前と云うのは貴女ですね」
「・・・」
コツリ、コツリ。1歩1歩近づいて来る丸眼鏡の男をじっと見つめる。丸腰に見えてきっと銃を隠し持っているだろう。こちらは何も持っていないので反撃の仕様が無い。嗚呼、異能力があるか。
怖くはなかった。例え彼らに捕まったとしても、やっと私は解放され自由の身になれるのだという思考が頭から離れなかった。
男の手が伸びる。その手の動きがスローモーションに見えた。目を閉じてこれから訪れるそれを待つ。
何かが、私の腕を掴んだ。男の手だ。
「貴女を異能特務課にスカウトします。」
「…は、」
この男は何と云ったのか。私を、「いのうとくむか」にスカウトする?聞いた事の無い役職に気が逸れてしまい、腕を引っ張られるがまま男の後ろに着いていく事になったのだ。
異能特務課に配属している坂口安吾に回ってきた仕事は、とある異能力者の監視と保護であった。その異能力者は齢15という未成年者で、未だこの世界の事を一部しか知らぬであろう貧民街の育ちの孤児であった。
一見そこら辺に居そうである少女であるが、異能力がとても強力で危険らしい。報告書によれば、彼女に危害を加えた人間を指1本触れずに殺害出来るといったものである。未だ彼女の全ての異能を熟知している訳では無いが、使い方によっては国家規模の異能侵略に対抗出来る可能性があるその強さに、上層部の人間は異能特務課にスカウトし同時に監視するという結論で落ち着いたようだ。
もし上層部が考えてる程に強く無かったとしてもそれは別段問題無い。常に人手の足りない異能特務課からすれば1人でも仕事が出来る人材が欲しい所であるし、もし必要無いと判断すれば射殺を命じれば善いからだ。
そこで、横浜の一等地に構える羊の拠点に居る彼女を引き連れ出す任務に駆り出された。現場に赴き見た彼女は、資料で見た写真よりも幾分か若く見えた。暗い暗い闇を映したような何の感情も見えない瞳とは裏腹に、口角だけはゆるゆる上がって笑みを浮かばす。そんな彼女の異常性に、4年程長く生きその分色々経験しながらも背筋が凍るような何かが走った。今までの自分とは違った生き様を持った彼女の方が恐ろしいではないか。
それを悟らせぬように安吾は彼女の距離を詰め腕を掴み、乱暴に彼女を車に押し込めるのであった。
「あー、そんな事もありましたねぇ」
「そうですね」
安吾と彼の部下として働く名前は、記憶を掘り返そうと遠くを見つめながら昔話に興じていた。
「今では1番弟子です。そろそろ僕の事など追い抜かれこの席が奪われそうでなりません。」
「それは無いですね。私、上に立つのは向いていませんから」
何云ってるんだこいつ、安吾はそういった目で名前を見た。
彼女は気づいていないが、上に立つ資格を持っている。頭が善く肝が据わっている為冷静に状況を把握出来、的確な指示を出す事が出来る彼女をどう見たら立つ資格が無いと思えるのだろうか。彼女の欠点と云うならば、その自己評価の低さだろう。嗚呼、後破滅的な身体能力。
ただの監視対象から上司と部下の関係性になった坂口安吾と名字名前のタッグは、「こいつらやべえ」と異能特務課では結構な噂となっていたのであった。