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※「借り」エピソードが入ってます。そちらを先お読み頂けた上、本編をお読み頂いた方が分かりやすいです。
「名前、今夜暇か?」
「?暇です」
仕事をしている時、織田に声を掛けられた。
これまで仕事が終わった後の行動と云えば、基本的に直帰だ。寄り道をするとなれば、大体は食材を買い足しにスーパーに寄ったり、稀に時間帯が合えば中也と共に晩御飯を食べにレストランに往ったり。まあ、別段何かやるべき事がある訳でも無い面白味の無いものである。余談であるが、仕事がどうしても終わらず夜分遅くなった時は、織田が家の近くまで送ってくれる事もしばしばあった。
織田から声を掛けてきたとなれば急ぎの案件でもあるのだろうか。名前は織田の為なら仕事を頑張ろうと意気込んで彼の言葉を待った。
「なら飯でもどうだ?善い所を見つけたんだ」
「ご、ご飯?」
名前の予想は外れた。外れたからと云って何かある訳でも無いのだが、意気込んだ気持ちをすぐに消化出来ず名前はきょとんとした表情を浮かべる。
ご飯といえば、昼の誘いは織田からよくあったし自らも織田を誘っていたりする。時間が合う限り基本共にしている程度には織田と一緒に居るであろう。ただ、晩御飯の誘いは今まで無かった為、名前は織田の質問に少々面食らった。
「嗚呼。先日安吾に会ったと云っていたからな」
「あんご?」
「覚えが無いか?丸眼鏡の…ここに黒子がある…教授眼鏡…?」
たどたどしく外見に関する特徴を織田から聞いて合点がいった。
「嗚呼、あの人!あんごさんがどうしたんですか?」
「太宰を含んで3人でよく行きつけの店で飲んでいるんだが、名前も誘って今度飲もうと約束してしまったんだ。」
「成程、それで私を今回ご飯に誘ったと云う事ですか?」
「そうだ。飯を食った後にその店に連れて往こうと思ってな。」
3人で飲む事に抵抗は無い。むしろ既に乗り気である名前は、輪の中に入ってみたいという好奇心と問題無いだろうかという不安が入り混じっていた。それに織田と共に晩御飯を食べると云うのも楽しそうであるし、懸念があるとすれば帰りが遅くなった後の中也が面倒そうなだけだ。これに関してもあまり問題無いだろうと決断を出した時には、織田は少し眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「…すまない、勝手に約束を取り付けてしまって」
「あ、いえ!むしろ嬉しくて輪の中に入れるかなって考えてたんです。善ければご一緒して善いですか?」
「そうか、勿論だ。」
少し表情を明るくさせた織田に、名前も楽しみだと胸を躍らせた。
「あ、でも…」
「?」
「私、お酒飲まないですよ」
「…!嗚呼そうだな。…それが普通の感覚だ。」
太宰がいつも頼むから忘れていたと衝撃が走った表情で織田は名前を見つめたのだった。
時間は過ぎ去り、既に織田と名前は階段を降りた所にある地下のバーに腰を落ち着かせていた。名前はオレンジジュース、織田はいつも頼んでいる蒸留酒を頼み、時間を共有していた。
「皆さん遅いですね。」
「そうだな」
「本当にいらっしゃるんでしょうか…」
「・・・」
「織田作さん?」
しまったと云う表情を浮かべながら織田は気まずい雰囲気を蒸留酒で流し込んだ。やがて織田は純真無垢な名前の眼差しに負けて切り出した
「…約束をしていない」
「えぇ!?」
「すまない、いつもこうだからつい忘れてしまっていた。時間は大丈夫か?」
「それは大丈夫です!もう一寸待ってみましょう」
「すまない…」
額に手を当てて申し訳なさそうに哀愁漂わす織田に、特に責める気も無かったが慰めの言葉さえも云う事が出来なかった。
別に織田と一緒に居る事は厭ではない、むしろ波長が合うのか同じ時間を共有しても楽であるし織田の返答や反応が予想外でむしろ愉しい。名前は顔を出すか分からない他2名を時間ギリギリまで待つつもりで織田と話に花を咲かせた。
「やあ織田作…あれ、名前ちゃんじゃないか!居るなら連絡してよ〜すぐに駆け付けたのに!」
そう云って太宰は名前の隣の席に陣取った。
「皆さんお揃いで…おや?見かけない顔ですね」
それから数十分もしない内に坂口も店にやってきた。
太宰は元々顔なじみであるが、坂口とは以前廊下で少し関わっただけでほぼ初対面だ。そういえば改めて感謝の気持ちを伝えていなかったと名前は足の付かない丸椅子から降りて、太宰の隣の席に向かおうとしてる坂口に向き合った。
「初めまして、以前は助けて頂き有難う御座いました!」
「いえ、そんな大したことは…」
「えぇ〜安吾、名前ちゃんと会ってたの?隅に置けないなぁ〜このこの〜」
完全に揶揄うターゲットを坂口に決めた太宰は、隣に腰かけた彼の躰に肘をぶつける。対して坂口は「何ですかそのノリは…」と頭を抱えながら蒸留酒を頼む。
「何に乾杯します?」
「そりゃ彼女と共に飲めた記念にさ」
「「「彼女と飲めた記念に」」」
太宰、坂口、織田はいつものようにグラスを音を鳴らせて乾杯する。名前はその行動を見てどうするのが正解だったのだろうかと残り少なくなったオレンジジュースのグラスを両手で握りしめながら織田の顔を不安そうな表情で見つめた。
「ほら、」
「か、乾杯です…」
「名前ちゃん私も私もー」
「乾杯…えっと、坂口さんも」
「ええ」
ふへへ、愉しそうに笑みを浮かべる名前の様子を見ては、つい他の3人も笑みが移る。
「そういや名前ちゃんお酒、」
「飲みません」
「太宰君駄目ですよ。彼女未成年ですから」
「そうだぞ」
「私も未成年だけど???」
夜はまだ始まったばかりである。