喧嘩2

勢いのまま部屋を飛び出し、怒りの感情をどう落とし込めばいいか分からず涙として込み上げる。決して流すまいとグッと口を結び目元を袖で乱雑に拭うが、止まるどころか勢いが増すばかりで袖がグッショリ濡れる。そのまま早足で拠点の外に出て壁にもたれ掛かり、その場にズルズル座り込んだ。
そうしてどれ位経っただろうか、まだ評議会はやっているのだろうか。拠点の壁にもたれ掛かって座っているとは言え、扉も窓も閉め切っている為中の音が聞こえず現在の状況が全く確認出来ない。それに、自分が重い空気にしてしまった以上のこのこ顔出す程の度胸も持ち合わせて無かった。先程まで流れていた涙も止まり、背後の壁以外隔たりの無いこの場所は少し肌寒く身体を縮こませ、膝に顔をうずくめながらぼんやりとした思考で彼らの話し合いで方針が決まっていなかった時の為にこれからどう動くべきかを考える。
こちらが反撃出来る程の人数も力も揃って無い以上撤退するべきだろう。私達の弱点を熟知されていたし相手の方が確実に上手だ。相手の連携の何処かを突くにしても、先程の襲撃でじっくり観察など出来なかったのでどういう戦法で来るかあまり分からない。中也のように圧倒的な力を持ってるならまだしも、ただ銃を武装してるだけの子供がどうこう出来る訳も無い。それに、彼自身にも弱点はあるっちゃあるので無敵という訳ではないのだ。他の皆の意見はどうなのだろうか。私のように体制を立て直した後に好機を待つか、中也のように反撃に出るか。
「ここに居たのか」
「…白瀬、」
ふと頭上から言葉を投げかけられ、ゆっくりと頭を上げる。こちらに笑みを浮かべながら「寒いだろ」と手に持っていた毛布を私の肩に掛けてくれる白瀬の顔が見れずそのまま膝にうずくめる。評議会で重苦しい空気にさせてしまった申し訳無さ、自分のせいで死なせてしまった不甲斐なさ、現実に引き戻され色んな負の感情が入り混じる。
「隣座るぞ」
「…うん」
「今後の方針が決まった。お前が言ってたようにここの拠点を捨ててどっか新しい所で体制を立て直す」
「…その方針で本当に良いの?」
「は?」
「いや、何でも無い。ごめん」
「…お前の作戦で失敗した事は少ないだろ。その失敗も作戦通りに動かなかった奴らが居たからだ。」
「…うん」
「お前の作戦は俺らを勝利に導いてくれてると思うぜ。」
「そうかなあ」
「そうだって。それに、中也の身勝手な行動に対して思ってる事があるのはお前だけじゃないんだぜ」
「そうなの?」
「そりゃそうだろ。…中也もちょっと反省してた」
「…そう」
「早く仲直りしろよな」
「へへ、ありがと」
「ん」
私の頭をガシガシ撫で、そのまま拠点の中に入る白瀬の背中を見送り、じっと前を見据えた。気持ちの整理は正直言ってまだついてないが、嫌いだと言った事に関しては謝らないといけない。もう今日は何もやる気が無い、毛布が落ち無いように両腕で端を持ちながら立ち上がり、自分の寝床に足を向けた

明け方より拠点の移動を開始し、夕方現在。拠点に置いていたもの全てを移動させ、私を含めた数人が先程まで使っていた拠点の痕跡を消しに向かう。新しい拠点の方でも荷解きや周囲の警戒などやる事はたくさんあるのだ、あまり人を割くことは出来ない。少しの人数であったが、特に滞る事も無く少しすれば痕跡も粗方消す事が出来たので撤収しようと他の子に声を掛ける。恐らくこれで追手が来ても見つかる可能性は低いだろう。ざっと拠点の周囲も見回し、特に異常も無いようなので新しい拠点の方に移動し、荷解きをしてる子達の手伝いに向かう。
ぐっと腰を降ろして一気に箱を持ち上げる。こういう時、大体彼が自分が持つと軽々しく持ってくれるのにそれが無い事に気がついた。いや、決して持って欲しいという訳ではなく、ただふと思い至っただけである。そういや、いつも何かと私の所に来るなり視界に入る程度には近くに居る中也が今日は1度も見ていなかった。拠点の移動の為忙しいとはいえ1度も姿を見せないというのははっきり言って異常だ。こちらとしてはまだ気持ちの整理がついておらず、どんな顔して会えば良いか分からなかったので好都合だと思ったが、明らかに向こうが避けてるだろう状況がずっと続くと面倒な事になるだろう。一緒に居すぎてにこいちを思われてるレベルの私達が一緒に居ないとなれば天変地異だとか明日は槍が降るだとか周りが騒ぐだろうし、お互い評議会のメンバーであり意見も対立しがちなので尚更空気が悪くなるだろう。何より、今までの経験上拗ねた中也を3日以上放置してたらそれはそれは物凄く面倒くさい事になる。早い事手を打たなければいけないが、とりあえず今は話し合いをするより荷物の移動が先決だ。今日は恐らく体力も無いだろうし話し合うなら明日にしよう。

そろそろ寝ようと誰かが言った言葉を皮切りに、適当な所を寝床にしてほとんどが就寝していた。今日は朝早く起きた上にだいぶ重労働だったので既に夢の中に居る人達ばかりだった。明日に響くであろう筋肉痛を少しでも無くなれば良いと足中心に揉んでいた手を止め、私もそろそろ眠るかと身体を倒し横向きにして身体を丸める。それにしても疲れたな、おやすみ3秒も夢ではないのだろうか?こんな事考えてる時点で既に3秒経過しているか。疲れすぎて逆にハイテンションになってる脳を落ち着かせようとゆっくり息を吸い、吐く。そうしている事数分、モゾリと何かが動く音が聞こえ、私の背中に何かが当たる。誰かが寝返りでも打って私の背中にぶつかってるのだろうか?丸めてる身体を少し伸ばすと足に何かがぶつかる。誰かが私の事を壁と思ってるのか、抱き枕だと思われてるのか、よく分からないがこれでは私が寝返りを打った時にぶつかるだとうと身体を動かして後ろの人に当たらないようにする。だが、それでも後ろの人は私に近づき、わざわざ背中に頭を預けてくるのだ。一体誰だろうか、なんとか身体を捻って相手を下敷きにしないように対面した。そこには、丸一日姿を現さなかった少し癖毛の飴色の髪を持つ彼が居た
「…中也」
「ッ…起きてたのか」
「うん。どうしたの、眠れない?」
「否、そういう訳じゃ、ねぇが」
頭1つ分下に居る中也の表情は私からは読み取る事は出来ず、ただ周りを起こさないように小さく喋る彼の言葉を拾おうと少し下に身体を動かす。彼の表情が見れる所まで下がると、彼の顔はなんとも言えない表情をしていた。
「昨日はごめん、言い過ぎた」
「ん、」
「中也の事嫌いじゃないよ」
「ッ…ん」
「泣かないでよ」
「泣いてねェ」
「ほんと?」
「ん。…俺も、悪かった」
なんだか泣きそうな顔をしている中也の額に自分の額をくっつける。きっと彼は私が嫌いだと言った事を鵜呑みにして顔を出さなかったのだろう。我儘で、変な所遠慮しいで、少し甘えたがりの彼をあやそうと両手を握った。
次の日の朝、そのまま寝落ちした私達の姿を見た子達が「ついに中也が手を出した」やら「事件だ」やらギャーギャー騒ぎ、その騒がしさで目を覚ました私は、先に起きて真っ赤な顔して否定している中也をいつもの機嫌に戻ったようで良かったと寝起きで働かない思考のままぼんやり眺めていた。