9.移動

主達が本殿裏に来て彼女に警戒を解かせ、本殿の前に移動した。その間も本霊である鶴さんは楽しげに刀を膝に置いてる彼女の周囲を浮遊しては触れれもしないのにちょっかいをかけている。
この場では、まず霊体である鶴丸国永は刀剣男士にしか見えていない。主達である人間はこの場に鶴丸国永が何処かに居るという認識はあるだろうが、何を話しているのか何も理解しては居ない。否、刀を持っている彼女にはそもそも付喪神が居るという事すら理解していないようだが。
「今までずっとここに居たの?」
「ん?9年前に盗難されてからはそうだな。ずっとここに居たぜ。いやあ最初の5年は退屈でなぁ、このまま朽ちるかと思ったぜ」
「彼女が犯人なのかい?」
「お、なんだか事情聴取みたいだな。ちなみに犯人は男だったから違うな」
「もう、茶化さないで!…犯人は未だ見つかって無いんだよねぇ…」
「おっと、そうなのかい?こりゃ名探偵である俺の出番だな!」
「いつから名探偵になったの?」
「迷探偵の間違いじゃねえか?」
「お、言うようになったな薬研。久しいなぁ」
「そうかい?嗚呼、本霊の旦那にしちゃそうか」
「この戦争の説明の為に喚び出された以来だからもう100年ぶりになるな」
「懐かしむのは後にして、犯人について事細かに事情聞きたいんだけど、良いかな?」
「俺は別に良いぞ。どうせ暇だしな」
政府役人と名乗ったからなのか、はたまたスーツを着こなして威圧感があるのか、緊張している彼女の触れもしないのに頭や頬部分を愛おしそうに撫でるように手を添える鶴丸国永と話をする。それを聞いていたのか薬研藤四郎が加わりながら比較的和やかに会話を進めていくと、人間側でも一旦話が付いたのか移動を始めるようで、既に話に飽きたであろう蛍丸や髭切を筆頭に車の方に足を向ける。
「じゃあ移動しようか。とりあえずその刀は預かるよ」
「触るな人間。俺に触れて良いのは主だけだ」
薬研藤四郎の主である役人が彼女から刀を預かろうと手を伸ばした時だった。木々が厭にざわめき、ピシリとこの場が凍てつくような殺気が充満する。重苦しい気配を察知した野生の鳥が空に羽ばたいて逃げ、殺気を感じた刀剣男士は咄嗟に刀に手を掛ける。殺気は本霊である鶴丸国永から発されたものであり、彼を認知出来ない人間はこの殺気を察知していなかった。
「大将待った」
「どうした薬研」
「そいつは彼女に持たせた方が良い」
「…うん、僕もそうした方が良いと思う」
「分かった、じゃあこちらに」
薬研藤四郎が主である役人の腕を掴んでそれを阻止した。後少し遅れていたらきっと彼は…否、考えるよはよそう。彼女の後ろで浮遊している鶴丸国永を見やれば、もう興味が無いと言ったように欠伸を零していた。
それにしても…今、”主”と呼んだのか、本霊である鶴丸国永が、ただの女子高生である彼女を。鶴丸国永というのは確かに棘のあるような刀剣では無い、好奇心旺盛でよく人を驚かせては怒られているのを噂でもよく聞くし実際目にした。伊達家に居た時もワンパク坊主という表現がしっくり来るような性格で、よく伽羅ちゃんと僕は泣かされていた気がする。そんな当たり障り無く柔軟性がある彼だが、主人に対してはとても厳しい所がある。今までの来歴が来歴の為、人間に対してどこか警戒心を持っているのか、審神者を主として仰ぐ事は少ないらしい。分霊がそうであるのだから、本霊である彼も基盤である性格は同じな訳で、影響されてるその感情は恐らく分霊以上に厳しいものであろう。その鶴丸国永が、主と仰ぐこの子は一体何者なのだろうか。
悩んでも仕方無い、とりあえず車に移動しようと神社を後にした。

「えっと、何でここ空いてるんですか」
場所は変わって車内。2台ある車の内、1台に8人乗せて政府機関に移動していた。何も知らない彼女から見れば7人座席に座っているように見えるが、刀剣男士や付喪神を知っている役人からすれば4人と4振りである。
彼女の隣は1人分座席が空いている。そこには彼女が腕に抱いている鶴丸国永の本霊が腰掛けては車の中で大はしゃぎしている。窓から身を乗り出して…否、上半身を貫通しては凄い凄いと大騒ぎしている。そんなに身を乗り出しては落ちてしまうと危惧するが、そもそも霊体なので落ちた所で怪我などしないだろうが。
「君、神様って信じる?」
「宗教ですか?お断りしてます。」
「いや、違うんだけど。ああ、降りようとしないで、危ないから」
信号が赤になり車が止まったのを利用して降りようとする彼女を引き留める。鶴丸国永はというと「お、降りるのかい?じゃあ俺も着いていくか」と呑気に彼女に着いて行こうとしている。こりゃ彼女に説明するのは大変そうだなあと車内に居る彼女と本霊以外が遠い目になった。