2.邂逅

時は2340年某日。
中学2年の夏の日の事であった。雲一つ無い青空によって燦々と太陽の光が直射し、ジリジリとコンクリートに熱を与える。故に周囲の温度も上がり、何処からともなく蝉の鳴き声が聞こえ心理的にも余計暑く感じる。
夏休みに入っても部活に精を出している私は、いつも使用している第二体育館の工事が始まるとかで今日は昼前に帰らされた。よりにもよってカンカン照りの1番暑いだろう時間帯に住宅街を、だ。
ダラダラと汗が流れ、顎を伝って首に流れる。制服のポケットに入っているハンカチを取り出しては汗を拭い、肩から少しずれ落ちた部活の道具を音を鳴らしながら背負い直し、帰路に着く。
全く、何の工事なのだろう、どうせ中途半端な時間に帰すのであれば今日は休みでも良かったのでは?平然と工事の事を忘れていた顧問の教師に少し憤慨している時だった。
「はぁ、またか…」
背後から着けられてる気配を察知した。
相手からすれば身を潜めて気配を隠しているのだろうが、歩く度にカチャカチャ音を立てていては意味が無い。恐らく防具か何かが当たって鳴っているのだろう。
相手は気づいていないのか?とりあえずいつものように撒こう。そう考えて私は全力でダッシュした。

「はぁ、は、しつこ…」
走っても走っても後ろの気配が消える事は無い。
むしろ気配は後ろだけでなく、私よりも足が速い者は私の横に並んでいるようだ。屋根の上に浮遊している奴を目撃した。
何故驚かないのか、それは私が小学生の頃まで遡る。

私の家系はいわゆる特殊能力がある訳でも、神社や寺の娘という訳でも無い。
普通の家系に、普通の両親から産まれた子供であった。平々凡々と生きている特にこれといった特徴も無い娘である。ただ1つだけ誇れるものといえば剣道の腕だろうか。
小さい頃にテレビで見た剣道が物凄く格好良く見え、幼稚園の頃に習い事として剣道の稽古を始めた。
今では全国大会で連覇している程度には腕っ節があると自負している。
小学校低学年の頃は、想像していたより物凄く大変で飽き性だった私は、何度か辞めてやろうと思っていた。
防具は重いし臭いし身体中痛いし悪い事ばかりだ。それでもこれまでずっと続けているのは、空中を浮いては動いている刀を咥えた骸骨をエンカウントしたからである。
見た当初は、それはそれはパニックになった。骸骨の幽霊を見てしまったと家に帰っては泣き叫び両親に縋り、また見てしまうのでは無いかと登下校する度に怯える日々。
そんな中、何度も同じような骸骨と出会ってはまた泣き叫んで帰宅する。警察に相談しても宛てにならなかった。そんな事を繰り返している時だったか、習い事の帰りに出現した時があった。何を思ったのか私は竹刀の入った竹刀袋をぶん回し、それが幽霊に当たったのだ。その時私は思った。「あ、こいつ物理が効く」と。
物理攻撃が効くのであれば怖くない、それからその骸骨をぶちのめす為に殺意増し増しで習い事に励んだ。出現しては泣かされていた事が、小さいながらに頭に来ていたのだ。それから反撃に出るようになったのは良いが、次々と見た目が違う刀を持った幽霊や鬼が出るようになってしまった訳だ。
追いかけられる事は対して珍しい事でも無い。月に1回は必ずこの鬼達に着けられ、追いかけられるのだ。正直言って本当面倒くさい。
反撃に出るにしても、これまでの経験上最大3人が私に襲いかかってくる。
どうにかして撒こうとするのだが、今回はそれはそれはしつこい。走り続けているせいで酸素が足りず視界の周りが暗くなるのを感じる。自分の身体じゃないかのように重い。思考が定まらない。あの刀で刺されてしまったら終わりだ、どうする、どうしよう。
ふと左手に長い階段が伸びるのが見えた。その周囲は木々で囲まれており、いささか空気の違いを感じる。
何故だろう、この階段を登った方が良いと私の直感が言っていた。もう体力も限界なのに、この長い長い階段を登った先に、何かがある気がしてやまなかったのだ。
私はその直感を信じて階段を駆け上がった。

「ぜぇ、ヒュウ…ぜぇ…」
階段を登り切り思わず足を止める。こじんまりとした小さな神社だった。周囲に人は居らず、誰も手入れをしていないのか落ち葉は散らかり放題。手水舎の水も枯れきっており、苔が生えていた。
見た感じ幽霊が出そうな雰囲気があるのに少し過ごしやすいと思ったのは、周囲が木々に囲まれているからだろうか。長い木が太陽の光を遮り、いささか温度も涼しく感じる。風に靡いた木のざわめきの中、背後から足音が近づいて来た。咄嗟に神社の後ろに隠れて呼吸を整え、何処か隠れれそうな場所を探す。
だが、隠れれそうな場所は見つからなかった。このまま木の中を突っ切っていくべきだろうかと身を屈めながら辺りを見回していれば、指先に何か硬い物が当たった。
「っ…!?」
本殿の隙間に、隠すように置かれていたそれを引っ張り出してみれば、真っ白い綺麗な刀であった。