4.人間

「あー…暇だなぁ…」
鶴丸国永は退屈していた。
周囲には話せる人間も付喪神も何も誰も居ない。勿論暇を潰せる物も持ち合わせてはいなかった。退屈しすぎて地面に四肢を放り投げ、ぼんやりと青空を飛ぶ鳥を目で追いかける。

凡そ5年前、歴史修正主義者が現れてからもう何度も開催された展示会の時であった。帽子を深く被った男によって鶴丸国永は盗難された。
ショーケースにはきちんと鍵を閉めていたし、警備はバッチリだった筈だ。警報器がその場でけたたましく鳴り響き、警備員が慌ててこちらを追いかけてきた。
それでもこの5年、鶴丸は寂れた小さい神社に放置されて未だに発見されてはいない。
本霊であろうとも、その本体である刀剣からあまり離れる事は出来ない。行けるとしても一定の距離か自分の神域位であり、この5年本体から離れられる距離まで離れて探索を楽しんでいたのだが、本体を移動されない限りは行ける範囲は限られている。
それに、この周辺は何故か時間遡行軍が彷徨いているのだ。本霊である俺を討ちに来たのかと思っていたのだが、どうやらそうでも無いらしい。
遡行軍はどうやら1人の人間にご執心のようで、1度俺と会敵した事があるが迷った素振りを見せた挙句その女子を追いかけていった。
何故狙われてるのか理由は分からない。刀剣男士としては助けるのが筋なのだろうが、それは分霊である刀達の仕事だろう。
人間は愚かな部分も引っくるめて愛らしくて好きだとは思うが、俺が助ける義理は無い。
そもそも、俺は本霊であり誰の霊力も注がれてない霊体、自分の本体を持つ事はおろか何も触れる事は出来ないし何なら壁をすり抜ける事だって出来るのだ。
余談だが、空中浮遊する事だって出来る。そんな俺が何を出来ると言うのだ?助ける以前の問題である。

この寂れた神社は誰も寄りつく事は無い。
人間は勿論の事、時間遡行軍も来る事は無かった。この近辺を彷徨いている時間遡行軍が厄介なのでこの場でただただ自分が見つかるのを退屈しながら待って居る。
時間遡行軍と会敵した所で霊体である鶴丸を斬れる事は無いのだろうが、用心するに越した事は無い。刀の在処がバレてしまった場合、兵力を減らそうと刀自体に攻撃を加えてくるかもしれない。
本体が折れてしまったら分霊諸共消滅する可能性だってあるのだ、その危険は出来るだけ避けたかった。
そんな時であった。この神社に人間が訪れてきた。
その人間は歴史修正主義者に狙われている女子だった。
最近ここを彷徨いて気づいたが、ここ4年程は遡行軍も女子を観察しているだけで手を出そうとはしていなかった筈だ。
離れた所からも感じる遡行軍からの殺気の乗り方からして、恐らく本格的に彼女を殺そうと本腰を入れてきた遡行軍を撒こうとここに迷い込んで来たのだろう。
女子はキョロキョロ辺りを見回してから本殿の裏に身を潜めた。
だが、今回は逃がさないとする遡行軍が彼女を見過ごすはずも無く、隠れ場所を探してはいるが無自覚にもジリジリと距離を詰めていた。
「さて、きみはどうするんだい?」
「嗚呼、少しは退屈が凌げそうだ。」
「まだ目は死んでないな、人間にしては肝が据わってる。」
「敵はそんなに強くは無いが、それでも打開策が無ければここでぽっくり死んじまうだろうなぁ。」
「ここできみは呆気なく死ぬのか、それとも抗うかい?」
「っ…!?」
「おっと、俺を見つけたようだな」
鶴丸は退屈凌ぎに隣で息を潜める彼女に話しかけた。
否、話しかけた所で彼女に鶴丸の姿は見えては居ないのだが、あまりの退屈さに思わず話しかけてしまったと言う方が正しい。
たまたまであるが、彼女の指先に鶴丸の鞘が当たったが故に本体に気づいたのと同時に、鶴丸の話し声で本殿の裏に何かが居るのを察知した時間遡行軍が、刀を構えて静かに目配せでどう動くか確認していた。
「さあて、お手並み拝見っと」