転生の話

I丸国永は転生した。元々は刀の付喪神であり主である女を神域に連れ込もうと企んでいたのだが、既に女は事切れていて一歩遅かったのである。そのまま斬り殺された感覚があったので、恐らく本体が折れたのであろう。その影響か人間になれる事が出来、今は五条国永という名で主を探しながら高校生活を謳歌している。
五条国永はたいそう綺麗な顔立ちをしていた。キラキラと金色の瞳に、真っ白な肌。地毛だという白髪は思いの外似合っており、その毛質は細かく柔らかい。脂肪が付きにくい体質のようで骨は浮き出、スラリとした体型であった。ちなみに筋肉も付きにくいらしく一部では鶏ガラだと揶揄われている。そんな五条国永は現在愛想笑いを浮かべながら困り果てていた。
朝、下駄箱に「放課後校舎裏に来て下さい」と書かれた紙が入っていた。俗に言うラブレターというものである。別に至って珍しい事は無い。元々人が驚くような事が好きで誰にでも友好的に関わる性格で、教室内では中心人物、教室外ではビックリイケメンだと話題になっていた。彼の驚きに対する姿勢は凄いもので、例え先輩だろうが教師だろうがお構いなく実行する。見た目が相まって女に人気であり、基本月に一度は呼び出されては告白されていた。
今回はその女に問題があった。女の作戦なのだろうが、国永の目の前で泣き崩れては彼に迫っているのである。何の感情も持っていない彼からしたらただただ迷惑であった。彼の心中にはたった1人の女にしか映っていないからだ。
「すまん、俺には心に決めた子が居るんだ」
「私じゃ、駄目なの?」
先程から押し問答である。国永は主を諦めず、呼び出した女は国永を諦めず。もうかれこれ5分ほど経過している。人間というのは生の短い生き物だ。この5分があれば主とすれ違う可能性があるかもしれない。例え可能性が低かろうが、少なくともこんな所に突っ立っているだけよりかは可能性が広がっているだろう。国永は用事がある体でこの場を離れた。

「うーん、ここ一帯には居ないんかねぇ…」
国永は夜遅くまで街を歩いていた。すれ違う人々の顔をチラリと確認し、彼女では無いと判断していく。そもそも、彼女がここに住んでいるという事以前にこの現代に生きているかすらも分からないのだ、国永の心は焦燥していた。
「ねえお兄さん、1人?私達と遊ばない?」
「…」
「おにーさん?無視しないでよ〜」
「迷惑だ」
2人組の女が国永を話しかけるも、国永が焦がれに焦がれている女でない事に落胆し関係無い人間に不満をぶつけてしまう。一睨みすれば顔を強張らせる女を無視して足を動かす。睨みを効かせたお陰だろうか、どうやら追ってくるようなしつこさは持っていないようで1人繁華街を抜けていった。
「そろそろ帰るかぁ…」
うんと両腕を伸ばしては帰路に着く。今日も今日とて成果は無い。似顔絵でも描いて見せるべきだろうかと考えるが、そもそも国永に絵心など無い。美術の時間に描いた似顔絵が酷い有様だった事を思い出す。さて、明日は土曜日。どの辺りに行こうか。

国永は今日も今日とて人気の多い道を歩く。腹が空けば目に付いた飲食店で腹ごしらえをし、少し疲れたら近くの公園で足を休める。その間も人間観察は怠る事は無い。主は今頃何処に居るんだろうか。
人の間を縫っていれば、いつの間にか住宅街に来ていた。ここは生前彼女が住んでいた家の住宅街である。この世に産まれ自由に動ける身となった時、1番最初に彼女の家に足を向けたがそこは既に違う人間が住んでいたようで、あの家の前で人が出てくるのを待っては見覚えの無い人間が出てきて大泣きしたのを覚えている。そのショックで自然と疎遠になってしまっていた、たまにはこちらに行ってみるのも良いかもしれない。国永はまず主の家に足を向けようとするが、その場で足を止めた。
「…そういや、主の名前って何だっけか」
女の名前どころか名字すら分からないのであった。まあ良い、最悪道を聞きたいとか言ってインターホンを鳴らして家の主を見れば良い。その家に向かう前に長い階段を見てはそちらに足を向けた。
「ああ、懐かしいなぁ!ここで主と出会ったんだっけか」
階段を登った先にあったのは小さな神社であった。相変わらず寂れた神社で人の気配を感じられない。国永があった本殿の裏の隙間を見ればそこには何も無い、ふと台座の傷が目に付いた。これは確か時間遡行軍を討伐しようと振りかぶった主がI丸国永をぶつけた際に出来た物だ。あの時の主のやっちまた感溢れる顔は今思い出しても笑える。その傷を懐かしんで指先で撫でる。こういった跡は残っているのに。堪らず国永はその場で涙を零した。

「はぁ…ったくこんな場所で寝るたぁ自分でも驚きだぜ」
どっこいせと言葉を漏らして立ち上がる。泣いて体力が奪われたせいか、そのまま寝てしまったようだ。身体を伸ばしてストレッチをすれば、バキバキと骨が音を鳴らす。土の上で眠ってしまったのでいささか寒い。服に付いた土を払いながらそろそろ移動をしようとその場を離れた時であった。
本殿の正面には、女が立っていた。その女は国永に見向きもせず本殿をじっと見つめていた。国永は、その女に見覚えがあった。
「あ、るじ…」
ずっと、ずっと探しては焦がれていた女だった。女は国永の言葉でそこに人が居るのを初めてしったのか、少し身体を跳ねさせてこちらを見る。その顔を確認した時、驚愕の表情を浮かべた。
「…シロ?」
「あるじ、主、主!」
「ぐえ、ちょ、ま」
国永は女の方に駆け寄り、もう2度と離さないようその身体を抱きしめた。