万屋の話

「あー…何か驚きは無いものか…」
鶴丸国永は暇をしていた。とても暇をしていた。暇すぎて間延びした声を出しながら自室で四肢を投げ打って怠惰を貪っていた。
顕現されてから数日の事であった。主は俺を視る事が出来ない人間であった。霊体である時から主に話しかけてもただただ一方的であり返事が返ってくる事など無かった。それが少し悲しくもあり、寂しかった。だがこの数日前に鶴丸にとっては転機があり、こうやって人の身体を持てる事になったのだ。主に霊力を流して貰って人の形を取る事が出来、認知して貰えるようになればきっと俺とたくさん会話をして関わってくれると思っていた。
現実はそう甘くは無かった。審神者という仕事は存外忙しいもので、初日に決めた執務室で業務に追われる日々であった。四角い機械に向き合っては文字を打ち、紙の書類と睨めっこをし、こちらに見向きもしてくれない。自分から話しかけた一応返事は返ってくるのだが、その言葉は聞いてるのか聞いていないのか分からない程適当なものであり、こういった返事が欲しい訳じゃないと鶴丸は臍を曲げていた。ぶーぶー言っていれば主が執務室から出てしまったので、ずっと彼女が占領し興味があったが触れる事が許されていなかった四角い機械の文字が書かれてる突起を押してみれば、画面上に押した文字が現れるじゃないか、その仕組みなどが気になりながらも押していれば画面が真っ暗になってしまい、眠ってしまったのかと四角い機械を持ち上げては揺り起こそうとしてみたものの画面が明るくなる事は無く、戻ってきた主にその姿を見られそれはそれは大激怒され頭に一撃を食らい、たんこぶを作った俺は彼女に引き摺られて執務室から追い出されたのである。全く、すぐに手の出る主だ。まあそんな性格のお陰で俺と出会ったというのも過言では無いだろうしそんな所もまた可愛らしいのだが、少しは手加減ってのは無いものか。
「暇だぁ…」
主から離れてもうどれ程経っただろうか。体感的には恐らく1刻は経過しているだろう。腹の虫が音を鳴らしてもう大合唱だ。ああ、腹が減った。
この数日で何振か仲間になった刀剣は、先程現在俺を除いた全員が遠征に行ってしまった。時間を潰すにしてもこの部屋には未だ何も無い。寝返りを打ちながらこの暇な状況を打破するにはどうすべきか頭を悩ましていた時であった。
「シロさん、シロさーん、何処ですかー」
「俺はここだぜ主!」
「うおっビックリした。」
廊下を歩いて俺を呼んでいた主の所に行こうと部屋から勢い良く飛び出、主の方に近寄る。俺の勢いに驚いたのか身体を跳ねさせて一歩後ずさる主の反応に笑いそうになるが、ここで笑って臍を曲げられるのも厄介だ。それよりも俺を呼んだとなれば何か面白い事でもするのだろうか、それとも飯にするのか。何より俺の事を呼んでくれた事が嬉しくて思わず高揚する。
「どうしたんだい?何処か行くのかい?それとも何か面白い事でもするのかい?」
「ちょっと万屋街?って所行ってみようと思って。シロさん着いてきてくれない?」
「万屋街!行こう!行こうじゃないか主!ちょっと待ってろ支度をしてくる!」
万屋街といえば確か多様な商品を扱っている所だ、資材や特売品などの本丸を運営するにあたっての必需品から、茶寮や屋台など飲食が出来る休憩所、暇潰しの娯楽商品まで幅広く展開されているらしい。こんのすけから説明を受けていた時からずっと気になっていたので大変嬉しい。それに、主から直々に声を掛けられたとなれば嬉しさというものは比じゃない。急いで内番服から戦闘服に着替え、門前に足早に向かったのであった。