演練の話

審神者の仕事の1つに、演練というものがある。
本丸という閉鎖的空間によってコミュニケーションが取れない審神者からの苦言により初期の方に出来た合戦場だ。国ごとに設置された大規模の演習場であり、基本的に審神者が刀剣男士を引き連れ話題的にも比較的交流しやすい場所として設置されたものである。
勿論コミュニケーションを取るだけの場では無い。戦闘系の審神者ならまだしも、そんな心得を持って居る人間が多数という訳でも無いので基本的には合戦場に赴く事が出来ない審神者が刀剣男士の戦法などを知る場でもあり、どういった編成が1番効率が良いか勉強する場でもある。刀種によって相性といものもあるが、本丸によっては刀剣男士の仲の良さなども違うのでここで学んでいく方が良いだろうが、そういった勤勉な人間は極めて稀なもので演練に参加する人間は出会いが目的で行くのが大半である。刀剣男士側からしたら演練というものは連携の確認をしやすいし、例え斬り殺されても元通りに戻る上に経験値が入るので大変ありがたいシステムであった。

そう思うのは現在演練に参加している石切丸も例外では無かった。リーチの長い大太刀は火力が高く一気に遡行軍を倒せる事が利点だろうが、どうしても間合いに入られると弱い。それに足が遅いときた、俊足の遡行軍に狙われては反応出来た所で既に斬られてる事もあり、小回りの効く短刀や脇差に助けられっぱなしである。そこで今回、何か自分にも出来る事はないだろうかと仮想合戦で自分の可能性を見出すべく演練に参加させて貰った。その本丸では自分の活躍を主に見せる場だと演練が大人気であり、その枠を勝ち取るのに大変苦労したがそれを無駄にしないよう頑張ろうと決意し、現在演練が開始されるのを待っている時である。
どうやら演練の相手は自分の主の練度よりもだいぶ低い、恐らくここ数日前に入った新人の審神者であろう。それに対しその本丸は中堅と言うにはいささか練度は高くなく、かと言って初心者と言うにはそれなりに経験はあるといったどっち付かずの所であった。演練には1回で5枠参加する事が出来、4枠は基本的に同じ程かそれ以下の練度の審神者と組まれているがもう1枠はいわゆるチャレンジ枠といった高練度者と戦えるものである。恐らく相手の本丸からしたら石切丸の本丸はチャレンジ枠の高練度者に見えるのだろう。
「あの、本日対戦する白鶴です。宜しくお願いします」
「あ、ご丁寧にどうも」
そういって石切丸の主に近づいて来たのは白鶴と名乗る若い娘であった。人間から見れば、少し活発そうに見えるがこれといった特徴は無い、至って素朴な娘であろう。ただの人間から見たら、だ。
彼女を一見して石切丸は背筋が凍る思いをしていた。それは他の刀剣男士も例外では無いようで、彼女から視線を逸らす事は出来ないまま冷や汗を流して身体を硬直させている。恐れているのは彼女ではない、彼女を加護している神様に対してだ。
「お、挨拶は終わったかい?主」
「うん。演練は初めてだから緊張するなぁ」
「なに、この俺が勝利を収めてぱっと驚かせてやろうじゃないか」
「頼りにしてます」
背後からニュッと現れては彼女と言葉を交わすI丸国永に刀剣男士の間で緊張感が走る。I丸は興味が無いのかこちらを見向きもしないで彼女と去って行く。それを確認してほっと胸を撫で下ろした。
「…ねぇ、彼…」
「ああ…本霊様だね」
隣に立っていた主の近侍が石切丸に声を掛ける。刀剣男士の間では察知しているようだが、人間である審神者はただのI丸国永にしか見えないようなので主には聞こえないように耳打ちする。
石切丸はI丸国永よりも先に打たれた刀である。霊格としてはI丸と同等、もしくは少し上であろう。ただ、それは本霊の石切丸であればの話だ。分霊である自分達では歯が立つ相手では無い。とりあえず失礼の無いよう逆鱗に触れないように振るまうしか他無い。嗚呼、胃が痛い。

演練が始まり、そして終わった。結果は相手側の審神者の勝利であり、瞬殺であった。
こちらは6振編成、負傷も無く全員の体調も好調であったにも関わらず、たった1振で参加したI丸国永に傷1つ付ける事が出来ないまま、否こちらが反応する間もなく斬り殺されてしまった。あの俊足である短刀や打刀でさえも反応する間もなく殺されてしまったらしい。意識が飛ぶ前に見た彼の重圧のある金色の瞳が脳裏に浮かんでは消え、身体が思わず硬直してしまう。当初の目的であった自分の可能性を見いだす事は難しいだろうと石切丸は意気消沈した。