乗っ取りの話

審神者になってから早数年が経過していた。
その頃には既に初心者という枠組みは卒業しており、中堅組と言える位には成長していた。一応成績も優秀な方に入っているようで特別ボーナスなども優遇されている。ただ、少し現世に帰省するのは厳しいのだがそれは何処の本丸も一緒であろう。
成績優秀とはいえ、鍛刀運というのは未だに全くと言っていい程無い。来るのは短刀・脇差・打刀の3種のみでありそれ以上の刀剣を狙おうとしたら必ず3時間20分が表示され、そのまま刀が消滅している。なので未だ鍛刀限定で来る太刀以上の刀剣は来る事が無く、刀帳も空いたままである。ごく稀にシールを規定数集めれば刀剣と交換出来るというイベントで引き換えたり、戦場でドロップするようになってからご縁があればお迎えするという感じであった。刀剣のレベルもめきめきと上がっており、今は一部極めては戦場で活躍して貰ってる。
そんな中、担当からメッセージが届いた。「職場体験として1ヶ月間審神者の見習いを派遣したい」という事であった。
私は高校卒業してすぐに就任したが、政府機関には審神者育成所という所があるらしく見込みのある人間を最低でも3年間指導するというものである。いわば専門学校のようなものだ。基本的に育成所に入れる人間は義務教育である15歳未満の時に何かしらの理由で保護が必要だという子や、霊力を豊富に持っている家系の子、審神者同士で結婚した子供などが主に通っているらしい。
私にそんな大役が務まるかどうか不安であったが、まあ担当さんが言うならばと承認の返事をし、見習いが派遣されるまでの1ヶ月マニュアル作りなどに精を出した。

見習いが私の本丸に来てから2週間が経過した。私が1ヶ月掛けて作ったマニュアルは、どうやら必要が無さそうである。それは決して優秀だからとかいう話ではない。悪い意味での話であった。
見習いとして派遣された女性は、真面目に話を聞く事も無く刀剣にうつつを抜かしていた。縁側で茶を飲んでいる三日月や鶯丸に媚び、庭で遊んでいる短刀達を眺めて保護者ぶる。真面目に研修を受けていたのは最初の2、3日だけだ、それもただ受けているフリをしているだけで真面目に聞いてすら居ない。
彼女は駄目だろうなと不可の判を押そうかと考えている中、私の心中は穏やかでは無かった。見習いが来てから刀剣の様子が可笑しいのだ。
短刀達が私に駆け寄ってきては「見習いさん」と呼び、見習いを「主」と仰ぐようになったのだ。彼らの中でも違和感が生じたのかすぐに訂正しては私の事を主と呼ぶのだが、記憶の混濁が当初より激しくなってきている気がする。それは短刀だけではなく、脇差、打刀とじわじわ浸食されているのだ。これは様子が可笑しいと報告書に記録を付けていれば、こちらに声を掛ける事も無くある刀剣がズカズカと執務室に入ってきた。
「シロ、どうしたの?」
「いやあ、主が暇してないかと思って構いに来た」
「見ての通りお仕事の最中ですー」
「そーですかー」
暇を潰しに来たのか何なのか何も置いてないスペースに寝転がってはゴロゴロ休憩し始めたシロを放置しながら報告書を書き上げていく。カタカタとパソコンを打つ音だけがこの部屋に鳴り響く。シロだけは記憶の混濁は無さそうでいつも通り接してくれる彼に少しホッとした。私よりもずっと長生きしている神様に少し話を聞いてみようとパソコンに向かいながら話を切り出した。
「ねえシロ」
「…ん?」
「最近さ、刀剣の様子可笑しくない?」
「あー…そうだな」
「何かシロ的に気づいた事ってある?」
「そうだなぁ、臭い」
「え?」
「臭いんだ」
何が臭いのか問うてみても欠伸をして目を瞑っては四肢を投げてその場で寛ぎ始めた。こりゃ多分昼寝コースだろうなとそのままパソコンに鶴丸国永の証言を書く。
「このまま彼らが見習いを主と勘違いしちゃったら、私どうなるんだろう」
「…」
ポツリと零した本音は誰も拾う事は無かった。

その日の夜、見習いは姿を消し担当の連絡では怯えた様子で政府機関の一室に現れたと報告が上がった。

鶴丸国永視点―――
あの見習いが来てから本丸が変わった。
まず見習いがこの本丸に入ってきた瞬間、汚泥やら汚物やら混ざった臭いが鼻を突いた。その臭いというのはどうやら俺だけにしか感じていないようで他の刀剣や主は至って普段通りだった。これは恐らく呪詛などの類いだろう。見習いが何をしようと考えてるのか俺には分からないが、主に危害を加えない限りどうでも良い。俺はこの臭いから逃げるべく1番遠い部屋に隔離されに行った。
最初に変化があったのは短刀であった。体格が小さいからなのだろうかすぐに影響されて主を見習いを勘違いしていた。見習いの呪詛はどうやら記憶の混濁させるようなものがあるらしい。なんと罰当たりな事か。それから2週間が経過し、短刀だけでなく脇差や打刀が記憶の混濁を見せるようになり、主の顔も次第に曇っていった。
主の傍は良い、1番霊力が身近に感じられこの本丸一帯に充満する見習いの臭いが少し薄れる場所だ。今日も今日とて主が居る部屋に向かってはそこで怠惰を貪る。主はこちらを見向きもせず報告書を書いており、俺はその背中を見守っていると主も刀剣の違和感に気づいていたのか俺に質問してきた。とは言っても俺は見習いが何を企んでるか分からないし例え見習いを主人と仰いだとしても俺だけは主だけの刀剣であるし、主の刀剣は俺だけで十分だろう?
「このまま彼らが見習いを主と勘違いしちゃったら、私どうなるんだろう」
「…」
主が言うなら仕方無いかぁ。
夜、見習いを俺の神域に連れて行き少し釘を刺してから政府機関の一室に帰した。