ずっと、ずっと探していた。
あいつが消えてから、ずっと。あの小さくて、でも大きく見えた後ろ姿を。
大量の血痕だけを残して、姿を消してしまったナマエを。
地面に伏せていた男達とは違って、ナマエの姿だけは何処を探しても居なかった。
きっと何処か逃げ延びたに違い無いと、ナマエが戻ってくるのをずっとあの大きくて、でも小さい檻の中で待っていた。
ナマエがいつ帰ってくるか分からなかったので、俺はよく玄関の前に座っては彼女を待っていた。
いつものように、無表情で見つめる、あの異質な女を。
何も言わずに消えるだなんて酷いじゃないか。俺はまだ、何もお前の事を聞いちゃ居ない。
あれから考えていたのだ。
ナマエの部屋の前で話した時、あいつは面白いと言われたので2度目だと言っていた。
盗賊に狙われる前、自分自身を俺を重ね合わせていたと言っていた。
きっと、あいつは最初から記憶が戻っていたのではないかと思った。だから、何でそんな嘘を吐いていたのかも確かめたかった。
知りたいのはそれだけじゃない。好きな食べ物や嫌いな食べ物、楽しいと思えた事。あいつの事はもっと、もっとたくさん知りたかった。俺は距離を詰めるのがあまり得意じゃないし、照れくさかったから聞けなかった。
もっと、もっと聞いていたら良かった。もっと一緒に居たら良かった。
あの時、もっと俺が強かったら。もっと、もっと、もっと。後悔の念だけで押し潰されそうになっていた。
あいつが消えて5年以上経過し、15歳になった。
キングスカラー一族の体制も変わり、俺の兄貴が跡を継いで甥も出来ていた。
その頃には、あいつがどんな声をしていて、どんな顔で、どんな姿だったかさえも覚えちゃいなかった。写真も残っていない、それどころかあいつが最初に着用していた衣服さえ消えていた。ナマエを思い出す材料が、日に日に霞んで消えていく。虚無感や寂しさだけが蓄積し、満たされない心。
それでも、あいつと共に過ごしたという事実だけはあった。話題には出さなくなったものの、俺以外の奴らだって覚えている。それだけで俺は良かった。
俺がナイトレイブンカレッジに入学が決まっても、名前が帰ってくる事は無かった。
故郷から離れた寮生活。
俺以外、誰もナマエの事を覚えてるヤツ居ない環境。
だが、ここに居たらナマエが何処に行ったか手がかりが掴める可能性が高い気がするのだ。
突如その場から消えたように跡も付いてない血痕、彼女が最初身につけていた衣服の喪失…考えれば考える程謎が深まるばかり。まるで、この世界から突如消失してしまったかのようで。
そんな事は有り得るのか?
最初の数年、授業さえも放り投げて調べ事に尽くした。
教師に聞いてもそんな事例は聞いた事が無いと言われた。図書館で調べても、空間転移の魔法の知識だけが増えるばかりであいつの出身地を調べようにも何処か知らない。
最近は、もう調べる気力も沸かず、怠惰を貪って寮生をパシりに使う。
故郷の奴らからはナマエが帰って来たという報せは一向に来ない。
もう、会えないのか。あんなあっけない別れで、納得出来る訳が無いだろう。
「ナマエ…」
お前、今何処に居るんだよ。
20になった。
入学式では一悶着起こしていた。乱入してきたモンスターと、魔力を持たずどの寮も相応しくないと闇の鏡に結論を出された、フードを被ったやけに白い肌をした男。
まるでナマエみたいな肌をしている。人間というのはこうも貧弱なのか。
もう細かい所は覚えていないが、あの人間の衣服、ナマエが着ていた服によく似ている気がした。もしかしたら、ナマエと同じ故郷に居た人間かもしれない。ナマエの事、知っているかもしれない。
期待はするな、すればする程情報を得られなかった時に落胆するのは自分自身だ。
ナマエに会いてえ。あの時の事全部全部問い詰めて、納得したい。膨れ上がっていく気持ちを、どうにかして抑え込んだ。
俺がオーバーブロットをしてから、何故かオンボロ寮の監督生に頼まれ事をされる事が多くなった。
学生服の中にパーカーを着用して、決して顔を見せようとはしない監督生としか名乗らない男。変なヤツだし草食動物と戯れるのも面倒臭い。
が、そんな日々もたまには悪くないと思える程には絆されてしまったのかもしれない。こいつのやる事なす事が全て面倒事に直結してしまうのは少し頂けないが。
それに、まだこいつにはまだ聞き出せてない事がある。そろそろこいつからナマエの事を聞き出せる程には懐に入れた筈だ。昼寝していた時に姿を現したこいつと少し会話していれば、遠くの方でモンスターがこちらに向かって叫んだ。
「おいナマエ!さっさと飯に行くんだゾ!」
「ナマエ…?」
「はいはい先行ってな〜。それじゃ先輩、失礼します」
モンスターが言った、こいつを呼ぶ名前。あいつと同じ、名前。
隣に座るこの男は俺に会釈をして立ち上がり、モンスターの方に歩いて行った。
どういう事だ、こいつ、もしかして、
あの頃に見た大きいようで小さい背中が途端に鮮明に思い出した。いや、違う。この男と背中があの時と被ったのだ。
咄嗟に去って行く背中に手を伸ばし、フードを掴んだ。
「わっ」
振り返って見えたその顔、ずっと探していた、女の顔。
忘れていたこいつの声も、顔も、全てが走馬燈のように頭に駆け巡った。ああ、やっと…
「ナマエ、」
やっと見つけた。
俺はナマエの手を引いて、俺より小さくなったその女の体を腕に閉じ込めた。