この場に降り立ってから、7回分の夜を過ごした。
死にそうになるまで歩いた。太陽が近いせいで必要以上に汗を流し、髪や衣服に熱が籠もって熱中症間近な所まで来ていた。
数日は意識が朦朧としていてはっきりとした記憶が無いが、幸い湖を見つけて水分は補給出来た…らしい。その時の状況で判断しただけだが。
食料も何も無いので空腹は凌げないが、まだ数日は問題無い。親に捨てられた孤児という経験があったので空腹にはある程度耐性があるし、水を飲めば案外人は死なないよう丈夫に出来ていると知っている。
地平線に米粒程度のほんの小さく見える建物のようなものが見える方に、足場が悪い砂の上を歩いて行った。

それから、どうなったのだろう。
ああ、確か誰かと出会ったんだっけ。
ふんわり浮上する意識の中、誰かと会話をした内容を思い出す。
米粒大の建物の方に歩いていた時、先から誰かが何かに乗ってこちらに向かってきていた。
シルエット的に、馬か…砂漠と言うならラクダか?に乗って移動していた人物に声を掛けられたのだ。
『お前、ここで何をしている?』
『王子、下がって下さい』
『わか、わかりませ…』
『どうした、おい』
『水…みず…』
「干上がっているのか。これを飲むと良い』
革製の水筒を引ったくって水を飲む。一気に飲んで喉が潤った私は、その後の記憶は無い。恐らく意識を飛ばしたのだろう。
ならここは何処だ?砂漠地帯に放り出されているなら、こんな場所に居れば干上がって死んでしまう。パッと目を覚まして上半身を起こす。
「ッ!…ベット?ここは、」
私が寝ていた所は、簡素なベットであった。周囲を見渡すと、まあワイルドといった言葉が似合いそうな部屋。ガラスもはめ込まれていない吹き抜けの窓からは、砂漠が見えた。
ベットから降りて立ち上がる。部屋から出てみたら、使用人のような格好をした人間が2人背を向けて歩いていた。
「すみませ…!?」
「ん?ああ、目が覚めたか。体は問題無いか?」
「…」
「どうしたの?まだ体調が悪いのかしら」
2人の頭には、耳があった。
そういった趣味で耳のカチューシャでも着用しているのかと思いきや、そうでは無いらしい。ピクピク動くそれはちゃんと血が通っているのだろうと窺える。
ちょっと見た目が人外じみた異能力者なのだろうか?よく分からないが。
「い、いえ…問題ありません。えっと、ここは…?」
「何も知らんのか?世間知らずも良いとこだ。」
話を聞けば、夕焼けの草原というこの一帯の権限を持つ、キングスカラー一族の王室らしい。
たまたま私を見つけた王子が拾ってくれたと説明を受けた。
「私達と種族も違うみたいね。人かしら?」
「え?あ、はい。私は人ですが…」
「私達は元々動物なのよ。だからほら、私達はライオンの耳も尻尾もある」
「ああ、成る程…」
擬人化したのか、それとも先祖がライオンで、進化して人の姿を取ったのか。…それはさておき、これで2人の格好の得心がいった。
私の居た場所とはまたかけ離れた場所であるという事も理解した。これでどうやって帰り方を探せば良いだろうか。
「お前は何処から来たんだ?」
「え、えっと…それが覚えてなくて…」
「あらまあ…」
「とりあえず着いてこい。これからの処遇を王子と話し合う必要がある」
「分かりました」
うーん。処刑されないと良いけど。

異世界からやってきましたーだなんてとんでも話をした所で、変な人間と思われては厄介だ。ここは記憶の無い人間として振る舞った方が何かと都合が良いだろう。辻褄が合うように適当に話をしていれば、騙されやすい王子様はまあ私の話を聞いて涙ぐんでいた。
「そ、それはなんと嘆かわしい…!帰る場所も分からんのだな?」
「ま、まあ…」
「ならば記憶が戻るまでの間、ここに置いてやろう」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし!働かざる者食うべからず。使用人としてならここに身を置く事を許可しよう。」
「あ、ありがとうございます!」
面倒臭いが、まあ砂漠に放り出されるよりかはマシだ。
私は使用人として働く事を決意した。