ここの女性達というのは、とても逞しくていらっしゃる。
私も元々対人格闘術はある程度嗜んでいた。元の世界の組織では強い方の部類で認識されていたのだが、この世界ではどうも違うらしい。
あくまで私が使うのは技である。少しの力で相手の体を投げるといった武術。筋肉や力の無い人間でも習得すれば戦える代物だ。
この世界では、こういった戦法は余程珍しいらしい。つまり、彼女達の逞しさは体力や筋肉量といった方面であった。
私はと言うと、体力やそういったものがほとんど無い。どれ程異能力に頼り切っていたのかと、力の無い今ではとても悔やまれる。ちょっと歩けば行ける距離を面倒がって瞬間移動をしてなければ、もう少しは体力があったのだろうか…
「ナマエ!ペースが下がってるよ!」
「は、はい…すみませ…」
まずは基礎体力のアップをメインにやる事となり、外を走らされている。
「いや、これ使用人のやる事では…」逞しい腕をした使用人に訴えるも、「つべこべ言うな」と私の意見は一蹴されてしまったのだ。悲しい。

「弟であるレオナ様は何故あんなに気難しいお方なのか…」
「シッ誰かに聞かれたらどうするの」
「はぁ…」
廊下から聞こえた声に、思わず死角になる所で立ち止まった。
レオナ?誰だそれは。
第一王子、未来の王を継ぐファレナ様の話はよく耳にする事はあった。まだここに来て数日しか経過していない為、実際に会ったことやお目にかかった事は無い。
レオナという人物は初めて聞く名前だ。使用人の話から予測するに、第一王子と呼ばれている後継者の弟、…となればここは第二王子と呼ぶのが正しいのだろうか。
未だここの常識などが分からないので合っているのか定かではないが、仮にここでは第二王子とでも呼んでおこう。
「ここで何してる」
「?ああ、失礼しました。」
「ふん」
ぶすっとした表情を浮かべている小さな子供が、端に寄った私の横を通ってズカズカと歩いて行く。
使用人では無さそうだし、身なりからして立場は高いのだろう。
「レオナ様!どちらに行かれていたのです!」
「何処でも良いだろ、俺に構うな」
「ですが、もし何かありましたら危険です!」
「煩い」
先程の子供の声だ。ああ、彼がレオナ様。成る程、彼には無礼な態度は出来ないようだ。先程の対応も気に障って無ければ良いが。
ここを追い出されてしまうのは色々と問題が出てきてしまうし、覚えておかなければ。

彼がレオナ様と知ってから、何故か彼の姿を見る機会が増えた気がする。
いや、今まで何度かすれ違っていたのだが、使用人の子供が出歩いてるのかと勘違いしていたのだ。彼が王子という立場を知ってから、彼の隣を素通りはせず立ち止まって会釈するようにした。
そんなある日
訓練の休憩中に日陰で休んでいた所に、レオナ様が建物から出てきた。目がバッチリ合ってしまったのでこのまま逸らして無視するのも些か気分が悪い。当たり障りの無い会話をして切り上げようとその場から立ち上がり、会釈をする。
「お出かけですか?」
「…だったら何だ」
「いえ。お気を付けて」
「…引き留めないのか?」
「え?」
「他の使用人は俺をあまり外に出したがらない」
王というのも案外肩身が狭いのだな。いつも付き人を従え、自由な時間なんてありはしない。
大人の姿であるならまだしも、彼はまだ子供であるし力ずくで誘拐出来そうた。王の子供ならば身代金でも奪おうという魂胆を持った盗賊が、彼を狙う可能性が極めて高い。
「ならば私が付き従いましょう。本日はどちらへ?」
「…チッ」
「おや」
うーん。気難しい性格というのは確かにそうかもしれない。ただ、彼の気難しい性格は、今までの来歴や境遇にもあるのかもしれないという考えに至った。
何故か?彼の目だ。
その目は見た事があった。喉から手が出る程渇望し、でも絶対に手に入らない。もがき苦しんでいるのに、差し伸べる手は一向に気やしない。いつの間にかもがく事も、何もかもを諦めたような目。
小さい頃の私の目と同じだった。
なんだか彼を放っておけなくなった。彼を突き放してしまえば、過去の私を見捨てるような気がした。
こんな小さな子供が諦めの色を見せる瞳をちらつかせるのは、何か理由がある筈だ。来歴や境遇だとある程度当たりを付けてみたが、答えという訳では無いかもしれない。
本質を見抜いて彼の杞憂を少しでも晴らす事が出来るだろうか。
彼と私の立場は違うけれども、身を焦がす程欲しているものを与える事が出来ずとも、少しでも救われる事があるかもしれない。帰るまでの間、少しだけ何かしてやれる事を探してみたい。
「私に教えて頂けませんか?ここの外がどうなっているのか」
「は?」
「知らないんです。ここの世界の事、何も」
「…だったら使用人に聞けば良いだろ。俺がやってやる義理など無い」
まあそう上手く行く訳無いわな。去っていった小さな背中を、追いかける事もなく見送った。