教え

怪我した足や暴行を受けた身体を癒やすにしても、貧民街の子供がお金を持ってるはずも無く。病院に行って受診したり、薬局で薬を買う事なんて出来ず、ただただ自然治癒するのを待つしか無い。ダラダラ流れ続ける血を公園で水洗いし、地面に傷口が直接付かないよう自分なりに清潔に保つしか出来なかった。それでもお世辞でも清潔とは言えない環境で過ごしてる為、傷口から細菌が入ったのか、はたまた疲れが出てしまったのか、この場所に辿り着いた次の日辺りから体調を崩してしまい、あまり免疫力が高くない私は発熱した。それでもただ耐えるしか方法が無いので、毛布も何も無い環境の中、身体を縮こませ暖を取ろうと試み、早く良くなるように祈りながら少しでも体力を回復させる為に睡眠を取る日々が続いた。
体調を崩してる間、ほとんど眠っているだけであった。まあ、眠り続けているのも困難な話なのでたまに意識が浮上している時があったのだが、体調を崩しているにしても眠りすぎているという自覚はあった。たまに起きている時は決まって夜である。遠くで聞こえてくる大人達の怒号、誰かの悲鳴、助けを乞う声、色んなものが聴覚を刺激して起きざるを得なかった。それでも見て見ぬフリをして眠りに逃げた。まだ自分が捨てられ、貧民街に居る実感が沸かなかったのもあるが、自分が虐げられたあの時の事が忘れられず、精神的なストレスから自分自身を守る為か、ひっきりなしに眠気が来るようになり、そのまま夢の中。もう少し我慢すれば、いつか両親が迎えに来てくれる、自分は他の人とは違う、そう夢を見ていた。見たかった。
だが現実は残酷であった。両親が私を迎えに来てくれる事は無く、親に愛されない子供であった。それでも簡単に死ぬ事など出来ず、ただただ足掻いて生きるしかなかった。泥水を啜ってでも、生きる意味を見いだす事が出来なくても、死神が迎えに来てくれるまでは何をしても生きるしか無かった。ああ、早く迎えに来てくれたら良いのに。そう願うしか無かった。
その言葉は死神に向けられた言葉なのか、両親に向けられた言葉なのか。

劣悪な環境でも体調は回復に向かい、打撲痕は薄くなり、擦過傷もかさぶたが固まっていた。きっともう少しで治るだろう。身体を動かせば、色々刺さっていた足はまだ痛みが生じるが、それでもだいぶマシになった方だ。ただ、足の爪はそうもいかず、まだ少し見える程度しか生えていない。
「だいぶ回復したか?」
「うん、お陰様で」
「そうか、お前が熱出してぐったりしてるの見て死んでしまうんじゃないかと思ったぜ」
「そんなに弱ってた?」
「あぁ、実際死んだ奴も居るからよ」
ぼんやり足の爪を眺める私の隣に座った白髪の子供―――白瀬と会話をする。ここの環境は自分の想像するより遥かに過酷なものなのだと実感した。温室育ちでぬくぬく育ってた私の想像力は、この現実に追いつけていなかったようだ。
この世界は弱肉強食である。強い者は生き残り、弱い者は切り落とされる。強い者は弱い者を虐げ、搾取し、弱い者は傷を作り、搾取され、助けなんて来ずただされるがまま。ただ、ここに居る人間はお金に恵まれていない者ばかりだ、少しの細菌や体調の変化で簡単に命を落とす。子供でも大人でもすぐに死んでしまう世界。神様は平等に愛してなんてくれないが、死神だけは誰に対しても平等であった。

体調が回復し、走っても痛みがあまり感じられなくなってきた頃から盗みについて教わった。水分は近くの公園の水道水で賄えるが、食べ物も無ければ餓死一直線だ。お金も無く、年齢や不潔な見た目のせいで働くことも叶わない私達は、盗みを働いて生きていくしか無かった。
「まず店でも色んな所がある。大型スーパーは駄目だ、監視カメラはあるし出入り口に感知器があるからすぐに見つかる。感知器の無い露店を狙え、そっちの方が撒きやすい」
「人が多い商店街とかの方が良いよ、私達みたいな子供は大人に紛れ込みやすいから見失いやすいの」
「な、成程」
「あまり挙動不審になってたら怪しまれるから堂々と奪って逃げろ」
今までの生活と全く違うので混乱しながらも頭の中でイメージする。今まで親に連れて行って貰ったスーパーや商店街の違いや見つかりにくさなど子供なりに考える。
確かにチェーン店のスーパーやデパートなどは高い棚により死角は出来やすいが、それを補うための監視カメラが複数台設置されており、シャッターなども完備されている。警備員が配置してる所もあるし、店員が品出しをしている事が多かった。大人多数が対応して来たら子供の私達は足のコンパスも短いので勝ち目は無さそうだ。対し商店街は監視カメラも通路を塞ぐようなシャッターも無い。警備員も居ないしお店に1人、2人大人が居る位だ。そう考えたら確かに商店街の方が利便性は良い。今まで彼らが学習し、積み上げてきたものを粗方伝授して貰った。
「んじゃ、今から実践行くか」
「…え?」

場所は変わり商店街の入り口。そこに私は立っていた。
盗みに行く時、見窄らしい姿では警戒され怪しまれてしまう為、比較的綺麗な服を貸して貰った。と言っても、この服も近場で死んでいた女性の身ぐるみを剥いだものらしく、女性の血と他の子が何度も着回していた為、裾や色んな箇所が少し汚れているものだが、まあ泥水を吸い模様のようになって破れている布きれ同然の服よりかはマシだろう。大人用なのでサイズも合わずだいぶブカブカで、スカートを織り込んだりカッターシャツの袖を何重も折ってやっと着れたものだ。靴は同じ位の身長の女の子に貸して貰った。土や泥水を吸ったそれは、だいぶ汚いのだが片方しか持ってない私よりかは両足揃って破れも無い、比較的マシだろう。
「よし、行くぞ」
「ちゃんと着いてきてね!」
「う、うん」
盗みは私含め3人で行く事になった。とは言っても自分は初めての事なのでただ後ろに着いていくだけのようで、どのタイミングで、どうやって盗むのか手際を見させて貰う事になった。窃盗など初めての事で、もしバレたら、捕まったらどうしよう、お店の人にも申し訳無いと不安と罪悪感が襲い胸が潰れそうになる。それでもこうやって生きるしか道は残されてないのだから残酷だ。「今回はあそこで行くぞ」「りょーかい」どうやら盗む場所の狙いが定まったようで、1度通り過ぎて機会を狙っていた。普通に買い物に行くような軽い会話で気が緩みそうになるが、これからやる事は許される事は無い悪事だ。攻撃を仕掛けてきたから反撃するものでは無く、何の罪も無い、ただ商店街で商売をしている人間にだ。
「よし、今だ!」
「おっけー」
機会を伺いながらも一定の歩調で、人の波を潜り抜けながらじわじわと狙いを決めた場所に近づく。たまに他の陳列されてる店を覗き見ながらも、確実に奪う為、怪しまれないに計算されたような動きに見える。今だ!と小声で合図したと同時、皆が走り出してパンを奪って走り去った。後ろの方で盗まれた店の店主のおじさんが私達に怒号を浴びせてくるが、私達を追いかけてくる事は無かった。
おじさんごめんなさい。
走ったせいでまだ生えそろっておらず、容赦無く指に食い込む爪のせいか、罪悪感のせいか。涙が一筋頬を流れた。