発言

残酷にも時は流れ続け、ここに来てから1年が経過していた。足音の立てない歩き方、気配の消し方、食べ物の盗み方、子供だけが使える大人の騙し方、食べれる草と食べれない草の選別、土地の抜け道、全てが頭に叩き込まれ、その知識を利用し今日も姑息に生きる。この生活にもすっかり慣れてしまったもので、あんなに使い古されたボロ雑巾のようにヘロヘロだったのに、今では体調を崩す事も少なくなり、逞しく成長している。それなりに上手く生きていけているのか、私よりも先にここに来てる子供達でも、盗みに出かけた際に稀に大人達に捕まって何日も戻ってこない事がある時があるのに対し、未だに私は捕まったことが無いので、器用に回避出来てるのではないかと思う。子供達にはセンスがあると言われたが、全く以て嬉しく無い。まあ、捕まりにくいという利点は確かにあるが、それでもあまり良くは思わないだろう。
悪事に手を染めるのも今では罪悪感などほとんど感じなくなってしまった。慣れというものは恐ろしいもので、1年前は誰かの後ろについて回って色々聞いてたものが、今では子供達の中で発言力が比較的高い地位まで登り詰めた。発言権が高くなったのはいつだっただろう。確か、発端はここに来て1ヶ月位の事だろうか。まだ反撃を起こそうという発想が無かった時の事であった。

___
剥がれた爪も生えそろったと言っても良いだろう位の時の夜、それは唐突に訪れた。
「や、やめて下さい…!」
「ぃ…いたいいたいいたい!!!!あああああああ!!!!」
「やめて!!!!!おねがい!!!!」
「うっせぇな!ちったぁ静かに出来ねえのか!!!」
「おいおい可哀想になってくんぜ」
「憂さ晴らしがこんなに悲鳴上げられちゃあ興も冷めるだろ」
私達の縄張りに大人達が来たのだ。唐突の襲撃に抵抗をする間もなく、無慈悲に拳が襲ってきた。
ただの鬱憤晴らしという名目で、私達は大人達に暴力を振るわれたのだ。何度も、何度も、何度も何度も。やめて、助けて、そう叫んでも誰も助けてなんてくれず、何も暴力を受けてない子供達もただ見て見ぬフリ。ただただ自分に暴力が振るわれませんようにと、目を付けられないようにと、身体を縮こませ息を潜める。目が合って助けてくれと手を伸ばすも、全員が全員目を逸らし、俯き、見ないフリを続ける。勇敢に立ち向かう子供なんて誰1人居らず、ただただ早く終わってくれと願い、降り注ぐ暴力に耐えるしか方法が無かった。
「あ?こいつよく見りゃ上玉じゃねーか」
「はぁ?子供に盛るのかよ」
「でも女なんて彷徨かねぇだろ、ガキでも入りゃ良いんだよ」
「それは違いねえ」
「おいこいつちょっと向こう連れてくぞ」
「使えなくすんじゃねーぞ」
「おーおー安心しろ、回してやるから」
歯が所々抜け、口臭が漂い、気持ち悪い笑みを浮かべながら私の髪を引っ張り、顔をマジマジと見てくる男に睨むが、反抗的な態度が気に入らなかったのか頬を殴ってきた。周囲は「おいおい顔は台無しにすんじゃねえよ」と野次を飛ばし、ゲラゲラと下品に笑う。腕を掴まれ乱暴に立たされ、建物の陰まで連れてこられた。これから何をされるかも分からない無知だった私は、こんな所に連れてもっと酷い暴行を受けるのではないかと身を震わせた。
実際そうなった。女として、1番屈辱的な暴行を受けた。ズボンを脱ぎ、下半身を取り出して言ったのだ。「舐めろ」と。嫌だやめてくれと抵抗するが、抑えつけられ無理矢理口に入れられた。ただただ道具のように使われ、抜き取られた時に胃の中の物を全て吐き出した。その男は汚いと私を殴り脱がそうと服に手を掛けた。

気づけば朝だった。脱がされそうになった後、なんとかその手から逃れ、静けさを手に入れた男の身体は私に寄りかかってきたのでそれを蹴り飛ばし、誰も居ない方向に足を動かした。要は男から逃げ出す事に成功したのだ。口の中が、顔が、ベタベタして気持ち悪い。さっきから吐き気が止まらない。先程の場所で暴行を加え続けてるであろう他の大人に見つからないように一刻も早くここから逃げ出さないといけない。震える足を、硬直する身体を、未だ混乱してる頭を静めて別の場所に行かないといけない。この不快感を拭う為に、まずは公園に目的を絞って焦りで絡まってしまう足を前へ動かす。設置されてる水道で顔を洗い、口を濯ぐ。そのまま水を大量に飲むがすぐに吐き出してしまった。体力も尽きてしまったが、目を瞑ると先程の光景を思いだし、疲れ切ってる身体に反して妙に頭だけが冴え渡ってしまった。眠気など来るはずもなくその場に座り込み、ぼんやりしているといつの間にか朝だった訳だ。
縄張りに戻らないと、でもまだ大人達がそこに居たらどうする、他の子達が危ないかもしれない、私が彼らの前で使ってしまうかもしれない。もしそれを目撃されたらどうしよう。自問自答を繰り返しながら、グッと足を踏み込みその場から立ち上がる。暴行を加えられた痛み、睡眠不足による定まらない思考、鮮明に思い出せる先程の光景。抜けそうになる身体の力をなんとか踏ん張って縄張りに戻ると、大人達はもう居なくなったようで辺りは静かだった。
私が戻ってきた事に気づいた子供達は、私の方に寄ってきて大丈夫だったかと声を掛けてきた。怖かった、とても怖かった。私はその場で泣き崩れ、それにつられた他の子も泣いていた。
この経緯からここの世界についてもっと詳しく聞かせて貰った。たまに大人達が来て私達子供を虐げる事、たまにそのまま連れて行かれ、消息不明になる子供が居る事、暴力に耐えきれずそのまま死んでしまう子が居る事。
「私達の拠点を1つに絞るのではなく、他の所に転々とするのはどう?」
「駄目だ、縄張り争いでまた喧嘩になる」
「ならその隙間を探そう。ここに虐げれる対象の子供が居ると知られてる方が危ない。
後は人数を増やしたい。少人数相手だったらこちらが反撃出来る程度の」
「で、でも、どうやって増やすの…?」
「勧誘するの。子供故にどうしても力不足で、反撃したくても出来ないから成功させる為に一緒に手を組んで欲しいと。」
「それを利用してくる大人達が居るかもしんねーだろ」
「じゃあ、子供しか居ない所に限定しよう。きっと同じ思いをして、好き勝手してる奴らに鬱憤があるのは間違い無いだろうから。それに、この方法だと縄張り争いも無くなって一石二鳥じゃない?」
「まあ、それなら…」
色々聞いて打開策を考えた。他の子達を一緒に話し合った結果、私の考えが採用されたのだ。それから私達は定期的に居場所を転々とし、その間にも同じ思いをしている子供達に声を掛け、自分達の身を守る術を手に入れようとした。結果は今の所半々といった所だが、それでも子供達にとっては虐げられるだけだったのに、自分達でも反撃が出来るのだと自信が付き、良い巡り合わせになったように思う。それから私の発言権は高くなったという訳だ。

最初は不安もあったが、着々と良い方向に向かってるだろう。何より、子供達の目の輝きが変わったのだ。これまではされるがままだったのに対し、今では反撃出来る頭数も、武器も揃っている。武器と言っても、銃などの殺傷能力の高いものはまだ扱えきれずに基本的には武器庫と称した別の場所に、拠点に襲撃してくる奴には大体そこら辺に落ちてる廃材を拠点の1カ所に集めてるので、それを利用してるだけなのだが。
それでもまだ武器も、人数も、経験も足りないだろう。不測の事態に備えて別の作戦を考え無いといけないし、殺傷能力が高いものを扱えるようにならないといけない。人数が少しずつ増えてる事によって作戦の幅が広がったのだ、多い事に越したことは無い。そろそろ廃材が無くなってきた頃を見計らい、思考を巡らせるには丁度良いので1人で新しい武器や金品を調達し、別の拠点をどうするか確認する為に色んな場所を練り歩く。とりあえず近場で死んでいた男の身ぐるみを剥ぎ、服や所持品を拝借する。財布の中身がほとんど無いが、服を売れば金になる。雀の涙程度だろうが、私達にとっては高価だ。子供の身体というのは難儀なもので、1人分の所持品を持つだけで手一杯になってしまう。もう結構な時間を歩いてるしそろそろ戻るか。次の拠点になれそうな場所の目星も何個かついたし、文句は無いだろう。
踵を返そうと後ろを振り返り一歩踏み出した時、それは突然起こった。背後から表現出来そうもない叫び声と、真っ黒な大爆発、それにより吹き起こる暴風が私を襲った。もう数歩でも練り歩いていたら恐らく暴風に巻き込まれて死んでいた事だろう。吹っ飛ばされそうになるも、なんとか体制を立て直し踏ん張る事に成功した私は、風の抵抗を少しでも無くそうと身を屈め、風が止むのを待つ。そんなに遠くまで来た覚えは無いが、危険地帯に来てしまったのだろうか、もしくは銃などで武装した人間が貧民街に襲撃してきたのだろうか、もしそうであれば早くここから逃げないといけない、だが金品も何も無い貧民街なんか襲撃するだろうか?状況を確認したいのに暴風のせいで目を開く事が出来ない。
少しすると、吹っ飛ばされそうな暴風が止み、いつの間にか叫び声や爆発音が聞こえなくなった。ゆっくり身体を動かし、爆発が起こったであろう背後を見る為に振り返った。
「…え?」
そこには、ぽっかりと半円球状に開いた更地と、同じ位の年齢の子供が裸で横たわっていた。