決意
私の立っている位置がその子供にそれなりに近かったというのもあるかもしれないが、ぽっかりと穴の空いた更地に、飴色の髪を持つ子供はそれなりに目立っていた。大人に身ぐるみを剥がれたのだろうか、俯せに倒れてるその子は何も着ていなかった。毛色の違う人間、ましてや子供はそれなりに価値が高い。人身売買にかけられたら少し高値で売れるだろう。そのまま無視するのも良いが、捨てられた時の自分と重ねて見てしまい、放っておく事など出来ず私は倒れている子供に近づいた。
「どうしたの?大丈夫?」声を掛けてみるが反応が無い。まさか既に死んでいるのではないか、とだらりと投げ出された手の脈を測ると、一定の速度で脈が打ってるのを確認してほっと胸を撫で下ろす。良かった、まだ生きてるみたいだ。性別は男のようで、固く閉じられた瞳を見る事は出来ないがその目を縁取る睫は長い。きっと別嬪さんだ、とりあえず観察をやめて先程男から剥いだTシャツを頭から被せた。まだ子供な私は、意識の無い彼の腕を袖に通す事が難しくて出来なかったが、まあ全裸よりかはマシだろう。比較的小さいその子供は大人用の男性服は膝上までの丈でワンピースのようになった。なんとか彼を負ぶさり、先程奪った男の所持品を持ち拠点まで戻った
「ぜぇ…ただいま…」
「おかえ…どうしたその子供!?」
「わー!名前おかえり!何その子供!?」
「さっき凄い音なってたけど大丈夫だった?それより何その子供」
所持品を持ちながら子供を負ぶり、足場の悪い場所を戻ってきたせいで私の体力は限界に近かった。漸く盗んで両足揃えれた靴を履いているが、それなりに歩いた為足の裏はジンジンと痛み、脳が酸素が足りないと訴える。なんとか戻れたのはいいが、次は多方面から色んな言葉が投げかけられ、最終的にはこの子供は誰だという質問に落ち着いた。とりあえず息を整えさせてくれと手でストップをかけ、子供をその場に横たわらせ、私も隣に座る。戦利品の説明、謎の爆発と穴が開き、更地となっていた疎外地。その更地に倒れていた子供を拾ったという事を説明し、もしかしたらポートマフィアと交戦しに行った一部の子はその爆風に巻き込まれたかもしれないという事も伝えた。一時は通夜状態になりながらも、あくまで憶測だから、もしかしたら巻き込まれず戻ってくるかもしれないと元気付けながら戦利品の確認をした後、子供の処遇を決める事になった
「今までの俺達は拾ってきた奴が面倒を見るって取り決めだったぜ」
「そーそ、だから名前は白瀬が教育係だったの」
「つってもほぼ僅差でお前の安否確認したんだけどな」
「じゃあじゃあ!この子は名前が面倒見るって事かな!」
「それでいいんじゃなーい?名前って頭良いし、発言権高いしー」
「名前はそれでいい?」
「それは勿論、連れてきた以上私がちゃんと面倒見るよ」
すやすや眠る彼を見やり、まあざっくり話したとは言えどういう経緯でどういう状況で見つけたかも想像出来ない素性の知らない人間を、拾った人間以外が見るのはどうも抵抗があるだろう。彼が起きた時、どこからどう説明しようか頭を回した。
「んー」
彼が来てから早1ヶ月。私の頭の中で組み立てた説明がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。何せ、彼は言葉を知らなかったのだ。
彼が目を覚ました直後はただの無であった。話しかけても何も反応せず、瞬きはするが視線が交わる事が無い、勿論言葉も発する事は無く、動く事も無い。貧民街に居る人間は訳ありの人間達が流れ着く場所だから当然そういう人は多い。捨てられた子供、リストラされて家の無くした大人、色んな要因が重なってここに居る人間ばかりだからだ。人間不信に陥り、精神負荷によって全く動かない状態の人を何度も見、次に通りがかった時にその人が餓死しているのを見かける事も別に珍しい事では無い。彼を同じような運命を辿らせない為にも、何も映さない虚空の目でじっと空を眺めている彼の視界に入り、根気よく話しかけた。先程起こった出来事や今まで体験した事、出来るだけ楽しい記憶を掘り起こし、彼に話しかけた。
変化があったのは1週間位だっただろうか。朝起きて「おはよう」といつものように言葉を掛けると、いつも空を眺めて合わない視線がかち合ったのだ。じっとこちらを見つめ、わずかなものだったが、反応を示す彼の変化に嬉しくて今まで以上に話しかけるようになった。それからは、私が動くと彼の顔も動きこちらを見てくるという光景に、小さい頃使ってた首振り扇風機みたいでなんだか面白かった。
それからは少しずつ動くようになった。最初は歩く事が難しかったのか四足歩行で私の後ろを着いてきた。最初は俯き加減が絶妙に怖かったが、それも数日の間に立てるようになった為、すぐ見ない光景となった。ただ、バランス感覚が難しいのかよく尻餅をついたり、ズベシャとずっこけてよく膝に擦り傷を作り、私が補助して公園で足を洗う事となった。そんな中、二足歩行も慣れてバランスを崩す事も無くなった天気の良いある時、拠点の方に常備している廃材の強度がお粗末になってきた為、調達をしに彼の腕を引っ張って一緒に廃材探しをしようと拠点の外に連れ出した。「廃材を一緒に探して欲しい」と振り返り様に彼に言ったものの、何の言葉も発する事も無いままただ私の後ろに着いてくるだけで、まだ外の世界は怖かったのだろうかと猛省する。無の状態の時よりかは表現してくれる事に嬉しくなって連れ出してしまったが、いささか性急すぎただろうか。「いきなり連れ出してごめんね、先に戻ってていいよ」と声を掛けるも、彼はじっと私を見るだけで私の後ろを着いて回った。それからも、彼はどうすればいいのか分からないのか基本的に私の後ろを着いてくる。他の子達が金魚の糞みたいと言ってたのを聞き、言い得て妙だと感じた。
今の彼は「あー」とか「うー」とか、赤子が放つような言葉しか出さず、単語などは全く話す事が出来なかった。これはさすがの私も心が折れそうになった。彼は、言葉も文字も自分の感情表現も何もかも知らない。ただ私以外に人見知りをする喋らない子供だと思っていたのだが、このクーイングを聞いて恐らく今まで私が話していた事も理解していなかったようだ。そう考えれば彼の取っていた行動も頷ける。精神的負荷によって赤子返りしてるのか、それとも他の要因があるのか、かと言って最近の彼の行動はちゃんとしており、何かあるなら私を引っ張り、それを指差したり意味のある行動をする。基本的に廃材が少なくなった時や食べ物が少なくなってきた時、知らない人間が来た時、私を引っ張りそちらを指差す。たまに構って欲しいのか理由なくグイグイ引っ張ってくる時もあるが、要は私が彼の行動の意味をいかに汲み取れるかだ。言葉を知らない事に関しては全く検討がつかないが、行動で示してくれる事は結構助かる。意思疎通は出来るという事が証明されたからだ。私のやる事は1つ。私は彼を拾い、そのお世話係。
「やってやるしかない…!」
「…?」
「よし、やるぞ!」
「あー」
「いでででで!!!!!!次は何!?」
「ん」
「あ、そろそろ食料調達しないと。ありがとう」
頬を両手でパンッと叩き、まずは言葉を教えようと意気込んだ矢先、切るにも切れなくて伸びきったボサボサの髪を思いきり引っ張ってきた彼によって意気込んだ数秒で挫折しそうになった。それも彼が私を呼ぶための1つの手段だったようだが、正直痛いから止めて欲しい。駄目だと言っても分からないし、腕で×印を作っても真似をするだけなのでまずは言葉を教えねば、文字も教えないといけないし何処かで文房具の調達が出来れば良いのだが、とりあえずまずは今日食べる物を確保しなくてはならない。今日は誰が調達しに行くかじゃんけん大会が開かれ、1人負けした白瀬が行く事になった。ついでに未だに出会った当初のシャツを袖に腕を通してワンピースのように着てる彼の服の調達もお願いしといた