教育

「これが「あ」」
「あ」
「これが「い」」
「え」
「「い」だよ、ほらこうやって口角をあげて、いーって」
「ひー」
「そうそいべべべべ!!!!」
調達したノートとペンで一騒動を起こしながら、なんとか勝ち取り彼に言葉を教える。
ここでは文房具というのは大変高価なものだ。ほぼほぼ調達が不可能な所をなんとか入手した私は、どうしてもノートとペンを使いたい子達が虎視眈々と狙っているのを見越して、拠点から離れた比較的静かな場所で勉強会をする。
ご飯を満足に食べれないこの環境で、ひょろっこい腕の何処から出てるのか分からないが、彼の力はだいぶ強い。「い」という発音がよく分からなかったようなので、発音しやすいよう彼の口角を私の指で押し上げてみると、良い感じに発音は出来たのだが彼も私の真似をして私の口角を指で上げる。これがまあなんとも痛い事か。涙目になりながら次は「う」を教えようとするが、彼は別の事に気を取られていた。
「あ」
「どうしたの?」
「よお姉ちゃん、良いもん持ってるじゃねぇか」
彼は私の背後をじっと見て、私にそちらを見ろと指を差す。何だろうと後ろを振り返る前に誰かに話しかけられ、後ろを振り返るとニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた大人が3人、こちらを見ていた。文房具が高価という常識は貧民街の人間に例外は無く、子供達以外にも狙っている大人もたくさん居るようだ。このままでは2人纏めて虐げられる挙句、きっと文房具は奪われるだろう。もしかしたら前のように気持ち悪い事をしてくるかもしれない。他の子達が居る拠点とは距離がある為、今から走ってもすぐ捕まるのが目に見える。叫んだとしてもただの騒音程度にしか聞こえないだろう。全く反応を示さなかった彼が、やっと反応を示してくれ、前を向こうとしてくれてるのにここで虐げられれば全ての努力が水の泡になるかもしれない。
反撃する物を何も持ってきて居なかったので、どうにか生身で対抗出来る打開策をなんとか絞りだそうと思考を巡らせるが、返事をしない私の反応が宜しく無かったのか、相手の虫の居所が悪かったのか、元々暴行も加えるつもりだったのか。1人が私に近づき、思い切り足を振りかぶる。咄嗟の出来事で反応出来無かった私は、防御も何も出来ずガツンともの凄い音を立てながらこめかみを蹴られた衝撃で頭が真っ白になった。痛い、痛い、衝撃によりドサリと音を立てながら地面に倒れ込むと、調子に乗った大人2人が私の身体に蹴りを入れる。咄嗟に頭を庇い、身体を縮こませる。反撃をするにしてもこちらは子供が2人、相手は大人3人。少し力の強い彼が居たとしても、勝ち目が無い事は火を見るより明らかだ。文房具は渡せば逃げる事が出来るだろうか、それとも彼を拠点まで戻って助けを呼んで貰う方が良いか。絶え間なく暴力を加えられ、言葉を紡ぐ事が出来ない私は、彼の方を見て逃げろと目で訴える。だが、彼も既にもう1人の大人に捕まっており、彼の腕を掴んでる大人は「お前のオトモダチが虐げられてるぜ?嬢ちゃん」とシャツをワンピースのように着てる彼を女だと勘違いしながら笑って見物させるだけで、彼は険しい顔をしながらじっと私の事を見ているだけだった。だが、変化は突然訪れた。
「な、なんだこいつ!ぎゃあああああ」
「おい!どうs…」
「だめ」
「た、助けてくれ…!たすk」
「だめ」
大人が足を振りかぶったのを確認し、ぎゅっと目を瞑り身体を一層縮こませ衝撃を待つ。だが、それは一向に来なかった。優位に立っていた大人達がいきなり叫びだしたのだ。そして「だめ」という意味のある単語を発したであろう彼の言葉が鼓膜を震動させる。何かしらが起こってるとゆっくり目を開けると、そこには少し身体の周囲に赤い光を纏う彼だけが立っていた。大人が何かしらの衝撃を受け、地面に伏せていたのだ。状況の判断が出来ず頭が混乱してしまいその場でぽかんと口を開けたままの私に、彼は私の視界に入るように座り込み、眉を少し下げてこちらをじっと見つめる。既に彼に纏う赤い光は無くなっており、その表情は私を心配しているかのようだった。
「これは、貴方がしたの…?」
「???」
「えっと、うーん…これは、あなた?」
「っ!」
「そうなんだ…」
「?」
言葉で質問しても理解してくれなかったので、ジェスチャーで伝わるように大人を指差して倒れ込むフリをし、彼を指差す。すると彼は理解したのか、頭を上下に動かして同意を示した。どうだ、と少し得意げな顔をする彼を見て、考えを巡らせる。
大人達は全員俯せに倒れながら何か重たいものに押しつぶされたかのように床にめり込んでおり、四肢は骨が突き出ている部分も確認出来る。脈を測らずとも既に事切れている事が分かる程の惨状だった。彼が反撃をしてくれたという事は別段疑問は無い、彼を拾った後も何度か襲撃に来た大人達を、彼を除く子供達が反撃しているのを見ていただろうから、恐らくそれを真似をしたという事も理解出来た。それでも不可解なのはいくつかある。確かに彼は力は強いが、大人3人相手に私が目を瞑っていたたった数秒も経たない時間で勝利した事、何より殴って蹴るだけでは床にめり込むなど本来ありえない話だ、でもそれを可能にしている。それは何故か?私には思い当たる節があった。
彼は異能力を持っているのではないか?
貧民街には長年流れ続ける噂があった。普通の人間には持ち得ない能力を持つ人間が居り、その力で人を嬲り殺していると。その能力を異能力と呼ぶらしいのだ。そういえば、最近この貧民街にも布を自由自在に操る人間が居るという噂も流れている。それは恐らく事実だろう、火の無い所に煙りは立たないし、異能力を持ってる人間を実際知っている。
彼は使えると考えた私は、早い所言葉を覚えて貰おうと今は異能力の事については触れず、少し場所を変えて勉強会を続行する事になった。