再び6

「はい、目瞑って」
「…はい」
言う事聞かない俺の扱いが上手い彼女は昔も今も変わらず、別々に入る予定だった風呂も完全に彼女のペースに飲まれてしまい、現在シャンプーで泡だった俺の髪を彼女が流している所である。そういや、名前は俺が水嫌いと言っていたので結構初期の記憶の方なのだろうか、お湯なんて早々無い貧民街の暮らしでは、身体を流すにしても水しか無かったので驚いてよく逃げ出していたなと今の現実に目を背ける。現実から目を背けようが、7歳の彼女が22歳の俺の頭を洗ってるのは事実で、小さくため息を零した
「よし、次は身体を洗うよ!」
「待てそれは自分でやる」
早口で捲し立てながら、彼女が持ってるボディタオルを引ったくって「お前まだ髪洗ってねえだろ」と促す。「ちゃんと洗うんだよ」と言われるがこいつの中の俺ほんと成長してないんだなと少し落ち込む。まあ確かに7歳の頃なんかずっと名前にべったりだった覚えがあるし、仕方の無い事なのかもしれないが、まじで凹む。
「あ、背中流すよ」
「あ?…嗚呼、頼んだ」
「痒い所ありますかー」
「ありませんー。つーかお前もう洗ったのか?」
「ちび君が遅いだけだよ」
俺が凹みながら身体を洗っている内に結構時間が経過していたのだろうか、彼女は既に頭を洗い終えていた。否、俺が遅い訳ではなく、単純に彼女のスピードが速いのだろう。俺の背中を流してくれてる間に、名前の分のタオルにボディソープを付けて泡立ててやり、次に俺が彼女の背中を流してやる。
「わー、ありがとう」
「痒い所あるか?」
「無いよー」
小さい時はそんなに体格差なんか無く、ひょろいけど温かくて広い背中だと思っていたのに、こんなに小さかったのか。少し力を入れたらポキリと折れそうなこいつの背中を丁寧に洗えば、彼女はクスクス笑いながら楽しそうにしている。
「ん?どうした」
「んーん、なんもない」
「んだよ、気になるじゃねえか」
「ふふ、なんか変なのって思って」
「そうかぁ?」
「今まで私が洗ってたのに、今じゃ洗われる側なんだなーって」
待て、この歳で一緒に風呂なんか入ってねえぞ。入れる訳ねえだろうが色々問題ありすぎるだろ。「今は入ってねえよ」と言えばそれはそれは驚いた顔をして振り向き「ちび君1人で入れるようになったの本当なんだ」と言われる。12かそこらで既に入って無いのだが、うん。きっと信じて貰えないだろうしもう何も言わない。
お互い洗い終わり、湯船に浸かれば「久しぶりだぁ」と楽しそうにお湯で遊ぶ名前を眺めながら身体を休める。今日は疲れた。手が全く掛からないからこそ我慢しがちな彼女の要望に応えたいのに、こいつは泣き言1つ言わねえ。知識も無い俺が状況を理解していないというのであればまだしも、普通の餓鬼なら泣き叫んでもおかしくないだろ。つっても、こいつは頭がすこぶる良いが故に状況判断も早かったのだろうが。ったくもっと甘えても良いのに、甘えさせる対象である俺だから言いにくいのだろうか。これが白瀬や他の奴らだったら…否、今こいつを面倒見れるのは俺しか居ない。黙り込んで難しい顔をしてるだろう俺の顔を心配そうな顔つきでこちらを見る名前の頬を片手で挟めば、表情は一変してプスプス怒り出した。

風呂から上がってリビングに向かい、髪を乾かすべくドライヤーを彼女に渡して、タオルを使い頭をガシガシ拭きながら冷蔵庫から水を2本出し、テレビの電源をつけて1本の水に口を付ける。もう1本は彼女の分だ。テーブルに置けば「ありがとう」と笑みを浮かべながら髪を乾かす彼女の隣に座り、何か良い番組は無いだろうかとチャンネルを変えていく。
「あ」
「あ?…これが見たいのか?」
「あ、いや、ちび君が見たいので良いよ」
ったく、どんだけこいつは遠慮をするのか。俺が見たいので良いと言いながらも今まで興味も示さなかった彼女が、食いつくようにテレビを視聴する姿を見て、チャンネルはそのままにしてその番組を見る。
「ちび君…?」
「あ?んっだよ」
「テレビ、見たいので良いんだよ?」
「…これが見てえだけだ。」
「そっか、じゃあ一緒に見よ」
嬉しそうな表情を浮かべながらテレビを視聴し、そちらに気が向いて疎かになって機能してないドライヤーを彼女の後ろに移動して引ったくり、代わりに彼女の髪を乾かしてやる。既にほとんど乾いてる髪を丁寧に手櫛で整えながら乾かしてやり、そのまま自分の髪を乾かした。
「あれ、もうこんな時間なんだ」
「あー、ほんとだな」
「ちび君眠かったでしょ?ごめんね付き合わせちゃって」
「否、いつもこの時間帯起きてるから問題ねぇ」
「よ、夜更かしを覚えるだなんて…不良になっちゃって…!」
「うるせえさっさと寝るぞ」
オーバーリアクションで驚きましたと表現する彼女を抱き上げ、彼女用の部屋に向かう。「ここで寝ろ」とベットに下ろしてそのまま部屋から出て自室に向かい、ベットに寝転びながら明日から何をするか考える。元に戻る方法を姐さんは見つけてくれてるだろうか。そんな事を考えてると、俺の部屋の扉が控えめに開いた。
「ちび君」
「ん、どうした?」
「あ、の…一緒に寝てい?」
「…おー、来いよ」
「えへへ、ありがと」
顔だけ覗かせる彼女に、掛け布団を捲ってこちらに来いと促せば、嬉しそうな顔をしながらこちらに向かって隣に寝転んだ
「ちび君居ないと落ち着かなくて」
「あー、お前に引っ付いてたもんな」
「うん」
「近い内、何処か連れてってやる。何したいか考えとけ」
「やりたい事…」
「おう、何かあるか?」
「ん…とね…」
「眠いか?」
「ん…」
「もう寝ろ」
「…手を握ってね、ギュッてして……そばに、いてほしい…すてないで」
もうほとんど目も開いておらず、夢の中に入り舌っ足らずになりながらそう答える彼女に、何とも言えない気持ちになり、小さな彼女の願い事に答えるべく、絶対に離してやるかと小さな身体を抱きしめた。